第23話:朔の翌朝 -1-
オウルは目を覚ました。
ひどく頭が痛い。おまけに背中も刺されたかのように痛い。
寝台の上で身を起こすと、とんでもなく眩暈がした。
昨夜、いったい何があったのだったか。この激烈な痛みと、嘔吐感さえ感じる眩暈は尋常な状態ではない。
思い出そうとしたが、気分が悪すぎて無理だった。
「オウル、起きてるー?」
明るい声がして、ガチャリと部屋の扉が開きロハスが顔を出す。その脳天気な声と扉のきしむ音が、思い切り脳髄に突き刺さる。
「やめろ」
オウルはかすれた声で抗議した。
「頼む。もうちょっと静かに」
「あれ? オウルもへばってんの? 情けないなあ、飲みすぎですよ。このオレを見なさい。大切なお金を守る義務に燃えているしっかり者の商人のオレは、今日も元気で体調管理もバッチリだよ」
「飲みすぎ?」
オウルはぼんやりと呟いた。
「俺、昨夜、そんなに飲んだか?」
「へ?」
ロハスはきょとんとする。少し首をかしげて考えてから。
「ううん、実はオレもあんまりよく覚えてないんだけど。何か、そんなことなんじゃない? 何しろ、船長もぶっ倒れてるからね」
「船長も?」
オウルは驚いた。出会ってこの方、ティンラッドが飲み過ぎで二日酔いなどという場面に遭遇したことがない。
「そう。頭が痛い、節々が痛い、今日は動けないから酒を持って来いとか老人みたいなこと言っちゃって」
「迎え酒を要求する老人とかいねえよ」
オウルはぶつぶつ言ったが。
そうなのか、とも思う。
さっぱり思い出せないが。そういうこともあったのかもしれない。長い砂漠越えの後、ようやくこの街にたどり着き、少し羽目を外しすぎたのかもしれない。
「だいたいよ。あのオッサン、断っても断っても人に飲めって勧めて来るし。ありゃ悪い酒癖だよ。どうにかならねえかな」
「なれば、とっくにどうにかしてるって」
ロハスは肩をすくめる。
「まあ、昨夜はオウルが犠牲になったんだね。ご愁傷さまでした。珍しくバルガスさんも飲み過ぎたかとか言ってるし。何かさ、うろ覚えなんだけど、昨夜は朔の日だから魔物よけにいっぱいお酒を飲んだ方が、とか言われたような」
「朔の日……」
オウルはぼんやりと呟く。
その言葉には何となく聞き覚えがあった。
そう、朔の日だから。不吉なことが起こるから、と。誰かが。
「あー。そうだったかな……」
「深刻だね。まあ、そういうわけで今日の出発は延期になったから。それだけ言いに来たんだ」
その言葉にオウルは眉をひそめる。
「出発? そんな予定だったか?」
「それも覚えてないの?」
ロハスは驚いた様子で言う。
「ゆっくり休養したし、ここにいても魔物が出なくてつまらないからさっさと次に行こうって話になったんじゃん?」
そうだったろうか。
そんな気もしないでもないが。
いかにもティンラッドが言いそうなことではある。
「アベルは?」
「船長と飲んでる」
「アイツは元気だな」
「元気だねー。うらやましいくらいだね」
朔の魔力も、あの幸運値だけはやけに高い神官には効かないのか。
そんなことを思って。
朔の魔力っていったい何だ、と自分で首をひねる。
「じゃあ、まあそういうわけで。ゆっくり休んでて。辛かったら、おかみさんにここに食事を持って来てもらうよう頼むから」
「おかみさん……」
ぼんやりと繰り返す。
「そう。この宿の女将さん。あの人も偉いよね、女手一つで娘を育てながら、宿を取り仕切ってさ。もう少し若かったら、オレが口説くんだけどなー」
「そうかよ」
いい加減ロハスのおしゃべりに耐えかねて、オウルは眉間を強く揉んだ。
聞いていればいるほど、頭痛が激しくなってくる。
「んじゃ、ごゆっくりー」
それを察したのか、ロハスはさっと背中を向けて部屋から出て行った。
オウルはまた寝台に横になる。
水差しの水を飲む気にもならない。
本当に、尋常でなく調子が悪い。今日の出立がなしになって良かったと思う。
ゆっくり休む。確かにそれが必要そうだ。
今日は一日、ゆっくり眠ろう。
そうしたらもう少し記憶も戻って、考えることも出来るようになるだろう……。