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第22話:朔の日 -9-

 だが目の前の相手はティンラッドの誘いに乗ってくれそうもなかった。

 黒いもやに包まれた影からは、殺気だけしか感じない。


「残念だな」

 ティンラッドはため息をついた。

 強要して仲間にしても仕方がない。無理やりについて来させても、それは彼の求める自由なパーティとは違う。

 ……オウルあたりから異論は出そうだが、少なくともティンラッド自身は本気でそう思っている。


「じゃあ、最後の交渉だ」

 ティンラッドは皓月を構え直して笑う。

「この勝負で私が君を殺さずに勝てたら、その時は一緒に来たまえ。そういうことでいいだろう」

 そう言って。

 返事も待たずに、斬りこんだ。


 二合、三合。激烈な打ち込みを、相手は短剣の刃と身ごなしでかわしていく。

 だが、ティンラッドも手加減はしない。息をつく暇も与えず、八方から打ち込み続ける。

 殺さずにとは言ったが。その実、殺すつもりで刀を振るう。そうでなければ、逆にやられる。

 それでも容易に決着がつかない。いいな、と思う。血がたぎる。


 九合目で短剣を弾き飛ばした。

「やはり戦いはいいな。そう思わないか?」

 ティンラッドは相手に切っ先を向けながら、言った。

「こうしているだけで分かることがある。君はおかしな術を使うようだが、それでもいろいろなことが分かったぞ」


 相手は黙ってこちらを見ている。

 突き刺すような鋭い眼光だと、もやに包まれていても感じ取れる。

「そうだな。たとえば」

 ティンラッドは笑った。

「君は人間だな。魔物ではない、私と同じ人間だ」


 視覚に頼らなくても。刃と殺気を交えるだけでそのくらい分かる。

 肌で。気配で。魂で。全てを感じ取れる。

 戦っていれば、それでティンラッドは生きていると思える。


 ただ。不安があった。

 なぜだろうか。今の自分の言葉で、何かを忘れていると感じた。

 とても大切なことだ。生存に関わることを忘れている。


 いや。

 忘れさせられている。

 この場所の粘りつくような闇は、敵の姿を覆い隠すだけではなく。

 彼の感覚にも思考にも蓋をして。

 何か、とても大切なことを忘れさせている。


 背後から視線を感じた。

 咄嗟に、振り向いて刀を振り払った。


 目が合った。自分の頭より大きな、巨大な一ツ目だった。

 目と口だけの頭部の周りには、蜘蛛のような八本の脚が生えている。

 その鋭い脚先がティンラッドの心臓めがけて繰り出されたのを、皓月の一閃が何とか弾き返したのだ。


 これか、と思う。

 そう。この場には自分と短刀使いの他に、まだ別の存在がいた。

 宿屋の主人を一瞬にして肉片に変えたモノがいたことを、すっかり忘れ去っていた。

 普段のティンラッドなら決して忘れないことを、この場の空気が絡め取り奪い去る。


 直感で、その元凶がコイツだと感じた。

 この一ツ目の魔物が、場の全てを支配する異様な感覚の出所だ。


 ティンラッドはすぐさま標的を変えた。

 容易ならぬ相手と分かって、背中を向けた。

 人間である背後の相手より、この魔物を殺す方が先だ。これを放っておくことは全ての事態を悪くする。


「魔斬」

 自身の内に眠る魔力を集め、皓月の白い刀身にまとわせる。

 白い刃が内から光を発して輝く。

「清明皓月!」


 一撃で終わらせる。それに賭け、跳躍し刀を振り上げる。


「ハダル!」

 後ろから、鋭い叫びがした。

 同時に、右の肩甲骨の下あたりに鋭い痛みが走る。


 短刀投げ。

 そんな小技もあるか。

 口許だけで苦笑いする。

 自分の失点だ。

 短刀使いが、一本しか武器を持っていない。そんなことは有り得ない。

 いくらこの場のねじ曲がった力で思考を制限されているとはいえ。

 そんなことにも考えが至らないなど、子供でもあるまいに。


 だが、それでもティンラッドは自分の動きを止めない。

 痛みを無視して渾身の一撃を魔物に向かって叩きこむ。

 

 魔力で増幅された斬撃とスキル「必殺」が合わさって相手に多大な損傷を与える、ティンラッドの奥義のひとつ。


 固い外皮を、刀が切り裂いていく感触がある。

 魔物の体から紫色の体液が噴き出し、落下していくティンラッドの体に降りかかる。

 手ごたえはあった。今の一撃で、相手は大きな手傷を負ったはずだ。すぐには動くことが叶わぬほどの。

 

 だが。

 地面に降り立ったティンラッドは、そのまま路上に倒れ込んだ。

 紫色の雨の中、意識が遠くなっていく。

 

 毒。それも、即効性の神経に作用するものだ。

 あの短刀の刃にでも塗ってあったのだろう。


 なるほど、オウルがすぐに倒れたのはそのためだったか。

 妙に冷静に、ティンラッドはそう思う。

 

 これは、いけないな。

 そう思った。

 グズグズしていないで、立ち上がってまた皓月を振るわないと。

 魔物にはとどめを刺していない。

 あの容易ならぬ敵は無傷だ。

 こんなことをしていると、自分の方が仕留められてしまう。


 オウルの手当てをしないと。そのために自分は立ち上がって、この敵を倒さなくては。

 膝に力を入れた。何とか片膝を立てた。

 立ち上がった。


 前に立つ黒いぼやけた影が。

 悔しげに舌打ちをしたようだった。


 そこまでで。

 暗闇の中、不意にろうそくの火が吹き消された時のように。

 全てが暗転した。

 

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