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第22話:朔の日 -5-

「アンタは、取引には口をはさまないんですかい。太守さま」

 黙っているのも無礼な気がしたので、適当に話を振ってみる。

 パルヴィーンは笑顔のまま答えた。

「ええ。こういうことは弟にすべて任せています。ハールーンは外の人と取引をするのが上手ですから」


 ふうん、とオウルは思う。

「あの弟。アンタと幾つ違いなんです?」

 ついでに聞いてみる。

「年子ですよ。ひとつ違いです」

 パルヴィーンは答える。

「体でも悪いんですかい?」

 女太守は不審そうに、青い目を見開いた。

「誰がです? ハールーンが、ですか?」

 オウルはうなずいた。


「昨日、弟さんが成長すれば太守の仕事を譲るみたいなことをおっしゃってたが。あの弟だって、もう十分大人に見えるし、ウチのごうつく商人とあれだけやり合えるんなら能力的に特別問題があるようには見えねえです。未熟なところがあるって言うんなら、アンタや他のご家来衆が補佐してやればいいことじゃないですか。アンタが女の細腕で、無理して太守を務めることはないと思うんですけどね」

 

 ソエルの王だって、同じ年頃だった。

 そう思ってから、さすがに失礼だったかなと思い直す。

「いや、失礼。育ちが悪いんで口のきき方を知らねえんです。忘れて下さい」


 パルヴィーンはしかし、怒った様子はなかった。

 ただ美しい顔に陰りが落ちる。

「お話は分かります。でも、この街にはこの街の事情があるのです。今はまだ、ハールーンに太守の職を譲ることは出来ません。今は、まだ……」

 呟きは、砂漠を抜け湖を渡ってくる風にさらわれる。


「ご忠告ありがとうございます、旅の方。でも、あの子は私が守ってあげなくてはならないのです」

 そう自らに言い聞かせるように繰り返してから、彼女は付け加えた。

「お礼にひとつ、私からも忠告をさせていただきます。今夜は朔です。夜には決して、宿を出ることのありませぬよう。朔の夜が旅人に害をなしたことはありませんが、それでも何が起こるか分かりません。御身が大切なら、このことを忘れませぬよう」


 オウルは眉を上げる。

「それ。前にも聞いたが。いったい何が起こるんだ」


 深い青の瞳が悲しげに彼を見る。

「この街は呪われているのです。朔の夜が巡るたびに、一人が必ず犠牲になる。そんなことがずっと続いています。原因は分かりません」

 彼女の声は深く沈みこむ。

「きっとこの街は、魔物に魅入られているのです」


 それだけ言うと話は終わりだと示すように彼女は立ち上がり、弟とロハスが声高に交渉を続けている方に歩いていった。

 オウルはそれを険しい目で見つめ続けていた。



 ロハスと太守の弟の商談は、日暮れまで続いた。というより、日が暮れたのでいったん中断になった。

 要するに終わらなかった。


「つ……疲れた。あの美形坊ちゃん、しつこくて居丈高で変なとこ細かくて、その上ケチで面倒くさい。何だよ、もう。ああいう地位の人っていうのはもっとこう、鷹揚でのんびりしてて細かいことに気を遣わなくてさあ」

 愚痴を言うロハス。丁々発止のやりとりに相当消耗したらしい。


 確かに。

 はたで見ていてそれは、思わず手に汗握るほどの激しい戦いだった。

 互いに押しては引き、引いては押しの目の離せない攻防戦。

 二人が使う武器が剣であれば、吟遊詩人が歌にする歴史に残る名勝負になったかもしれない。


「まあ、日暮れまで言い合って酒瓶一本の値段も決まらねえんだから、お前もお前だがあっちもあっちだな」

 とオウルは論評した。

 ある意味、壮絶な戦いだったと思う。

 そして、勝負が明日に持ち越されていることを考えると今から頭が痛い。

 しかしまあ。

 ソエルのルデウス四世のような、お人好しばかりが権力の地位にいるとは限らない。というか、むしろあちらの方が特殊な例な気もする。


「アイツ玄人だ。オレは今夜は徹夜で対策を練る。悪いが邪魔しないでくれ」

 思わぬ好敵手の出現に、表情を引き締めるロハス。

 その言葉で、オウルはパルヴィーンの忠告を思い出した。


 仲間たちに会話の内容を伝える。

 と。

「ズルい。オレがあのメンドくさい坊ちゃんの相手をしていた時にオウルばっかりパルヴィーン様と」

「そうですぞ。何を話されているのか実は気になっておりました。抜け駆けはヒドイですぞオウル殿」

 

 何故か思わぬ方向から反撃が来た。

「あのなあ。アホか。別に色っぽい話をしていたわけじゃねえよ」

 むしろ真逆だ。

「内容なんか関係ないよ。二人で話したという事実が大事なんじゃないか」

「そうです。一対一で美女と話すなど、許し難い」

「オレなんかさ、オレなんか。顔は似たようなもんでも、致命的に違うヤツに午後中食いつかれて……」

 悔し涙をぬぐうロハス。

 本当に、コイツらアホか。

 とオウルは思った。


「そうか。今夜は魔物が出るのか」

 そして別方向から、予想外の方向の感想を述べる者が約一名。

 いや、ある意味予想通りだが。というか、当然予想をしておくべきだったが。

「皆、準備しなさい。魔物を退治に行こうじゃないか!」

 砂漠を横断し始めてから一番というくらいに機嫌が良くなって、ティンラッドは早速愛刀の手入れを始めた。


「いや待て船長。俺が言いたいのは逆だ。今夜は絶対に宿を出るな、という」

「君は進歩がないな」

 ティンラッドは見下げ果てた、というようにオウルに言う。

「私たちは魔王を倒すのだぞ。魔物の一匹や二匹に怯えていては、そんなことが出来るわけないじゃないか。だから魔物の評判を聞けばそこへ行く。前からそう言っているだろう」


 オウルはガックリと肩を落とした。

 繰り返すが、『船長には説得は通じない』。これが、このパーティにおける唯一にして絶対の真理なのである。


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