第22話:朔の日 -4-
太守の館からは、昼前に使いが来た。午後に、街の広場で商品を公開せよとのことだった。
ようやく起きて来て欠伸をかみ殺しているティンラッドとアベルも連れ、全員で出かける。
噴水の周りでロハスが商品を並べている内に、楽隊の音と共に太守姉弟が現れた。
今日のパルヴィーンは袖口と裾に豪華な刺繍が施された黒い布地のチュニックに、鮮やかな桃色のズボンという出で立ちだ。暗い色合いの服も、彼女の柔らかい金色の髪によく似合っている。
弟が同じ布地と意匠で仕立てられた男用の服を着ているのも昨日と同じだ。似た服装をすることで、二人の顔立ちの相似がより強調される。
並んでいると双子のようによく似て見える姉弟だった。
「こんにちは、旅の皆さま。今日は素敵なものを見せて下さるのですって?」
心地よい、鈴の音のような声が言う。
ロハスはうなずいた。
彼は念入りに髪型を整え手持ちのうちで一番立派に見える服装をしていたが、それでも太守姉弟の華麗さには到底及ばないと、オウルは意地悪く考えた。
長い金髪を風にたなびかす姉と弟が一対の玉ならば、横に立つロハスはどう見てもただの旅の商人である。要するに身にまとう雰囲気からして、完全に位負けしている。
「は、はい。太守様に気に入っていただけるものがあればもちろん、街の方々にも喜んでもらえそうな物を各種用意してまいりました」
緊張しているのか、しゃちほこばって受け答えするロハス。
いつも傍若無人な彼も、パルヴィーンの美しさと威厳の前では調子が狂うようである。
「あ……この布」
太守の弟が低い優しげな声で呟き、ロハスが並べた織物の一つを手に取った。
「上質の絹だね。これで姉さまの新しい夜着を作ったら、きっととても美しいよ」
「派手じゃないかしら」
「そんなことない。姉さまには美しいものなら何でも似合うのだから」
同じような顔をしてそんなことを言い合う姉弟を、オウルは『気持ち悪ィ』と思った。
「えーと。それはもちろん高貴な方々がお召しになるのにふさわしい品質のものですが」
ロハスが揉み手をしながら言う。
「この街の商人の方々はいついらっしゃるのでしょう? もっと一般向けのものもいろいろありますが」
むしろそちらが商売の主力である。
ロハス程度の規模の商いでは、太守姉弟を満足させられるほどの品質の商品はそう多くは持てない。
「ああ。異国の商人との取引は全て、私と弟が行います」
パルヴィーンはあっさりと言った。
「私どもが貴方と取引をし、それを適正な価格で街の商人たちに売り払います。申し訳ありませんが、街の者たちとの直接の取引は許可しておりません」
ロハスは目を丸くする。
太守が全ての取引を独占することで中間利益を搾取しようという考えなのかもしれないが。
それにしても妙なやり方だ、とも思う。
確かに、旅人自体が少ない今の時代はそれも可能かもしれないが。
そんな風にしていると、自由に商売できない街の商人たちからはどんどん活気が失われ、やがては街の存亡にも関わってくるではないだろうか。
そのようなことには頓着しない、街が滅ぶ時は財産を持って自分たちだけ別の街に移り住む、というくらいの考えなのかもしれないが。
何となく、そんな欲と権勢だけに偏った考え方はこの姉弟に似合わない気がする。
いや、彼らの何を知っているわけでもないのだが。
どことなく浮世離れしたこの二人からは、そんなギラギラした欲望が感じられない。
そんなところだろうか。
「この布はいくら?」
太守の弟がたずねた。ロハスが値段を言うと、彼は秀麗な顔に縦じわを寄せる。
「冗談でしょう。そこまでのものじゃない」
「いえいえ。これは、ソエルの有名な絹の産地、グジエールの村で一番の織り手が、数年がかりで織り上げた逸品でございまして」
ロハスの立て板に水な商品説明が始まる。
そこから二人は、腰を据えての本格的な商談に入った。
横から見ている限り、かなりの熱戦である。
あの弟は、姉の後ろに隠れるばかりのおとなしい印象しかなかったが。
今日の様子を見ると、ロハスとの売り買いの駆け引きを結構楽しんでいるようでもある。
ダメ弟かと思ったが、商売には案外才能があるのかもしれない。
オウルは近くに日傘を立てさせ座っているパルヴィーンをチラリと眺めた。彼女は、弟が繰り広げている舌戦に関わるつもりはなさそうだ。
深い青の瞳がふと彼の方を見て、赤い唇が蠱惑するように微笑んだ。
オウルは慌てて目をそらす。こういういかにも女、女した相手は苦手だった。