第22話:朔の日 -3-
翌朝。
ゆうべ遅くまでティンラッドの話を聞いていた少女は、朝早くからかいがいしく両親の手伝いをしている。厨房を担当している母親と、少し不愛想に接客する父親。
温かい家庭だと感じさせられて、他人事ながら穏やかな気分になるとオウルは思った。
食事は相変わらず少し単調だが、砂漠の真ん中でロハスが調理したものよりは格段にマシだ。
ついでに言えば昨日深酒をしたティンラッドとアベルがまだ部屋で大いびきをかいて眠っているので、なおさら穏やかな気分の朝だった。
「ねえ、ご主人。商売の許可を太守様に取るのってどうすればいいのかな」
ロハスが早速聞いている。
金と美女、二つの目的が一つに収斂しているので目の輝きも尋常ではない。
「急ぐなら話を通しておこう。後で太守様の館から使いが来る。それまでここで待て」
宿の主人は不愛想に言って水差しを机に置く。すぐに厨房へ戻ろうとするのを、オウルは引き止めた。
「魔術に使う薬草なんかを扱っている店はあるかね。こういうところだから珍しいモノが手に入るだろう。いくつか教えてくれたら助かるんだが」
主人はオウルをちらりと見る。
「よそ者が街で勝手に取引をするのは禁止だ」
「は?」
オウルは目を丸くする。
こういう街は、行き交う旅人が落とす金でにぎわうものだ。
それを禁止とはどういうことなのだろう。
「街を見て回るのは自由かね」
バルガスが訊ねた。
宿の主人はそれに厳しい視線を向け、すぐに目をそらす。
「自由だが、街の人間にあまり話しかけるな。不審な行動をとれば兵士に拘束されるぞ」
三人は顔を見合わせる。
「ずいぶん閉鎖的な街だな」
オウルが感想を言う。
「この街にはこの街の事情がある」
主人は不愛想に言った。
「それから、今夜は朔の日だ。命が惜しければ日が沈んだ後は街をうろつかないことだな。忠告したぞ」
そのまま背中を向けて、家族のいる厨房に戻った。
しばらく沈黙が落ちる。
「変わった街だな」
オウルは言った。
「深い事情がありそうだな」
バルガスは油断のない表情で、出された香草茶に口をつける。
「ロハス。その辺のことも何も覚えてないのか?」
オウルは聞いた。
うーん、とロハスはうなった。
「まったく心当たりがない。それどころかパルヴィーン様にだって初めて会ったと思う。あんな美女、一度会ったら忘れるわけないもんね。やっぱりオレ、この前ここを通った時は熱でも出して倒れてたのかなあ」
「とにかく、この街では単独行動をしない方が良さそうだな」
バルガスは言った。
「常に二人か三人で行動し、連絡を密にする。戦闘力のないオウル君、ロハス君、アベル君だけでの行動は厳に慎むべきだろう。警戒は怠るな」
「へっへ、頼りにしてます。バルガスさん」
ロハスが手をすり合わせながらへらへらと笑った。
「情報収集もしねえとな。朔の日がどうとかっていうのが気にかかる。余計なことは聞くなという言い方だったが、こっちも命がかかってる。何とか聞きだそうぜ」
と、オウルが締めくくった。