第22話:朔の日 -2-
「ところで、この街で商売するのにはどこに行けばいいのかな」
ロハスが気を取り直した様子で、宿屋の主人に声をかけた。
「いろいろ、いい物を持って来てるんだよ。ここじゃキャラバンが来ないと珍しい物は手に入らないだろ? ソエルの酒や調味料、飾り物や布地、何でもあるぜ。バザールは開店休業かもしれないけど、商売出来るところはあるだろう。いや、どこでもいいんなら今ここで取引を始めたっていいんだ。泊めてもらってるから、アンタには特別にお安くするよ」
などと言っているが。
特別に安く、というのはロハスの客引きの常套文句だ。
そしてその内実は大概ぼったくりである。
宿の主人は無表情にロハスを眺めた。
そして言った。
「よそ者は太守様の許可がなければ商売は出来ない。太守様に願い出ろ」
それだけ言って、また厨房に戻ってしまう。
「あら。空振り」
ロハスは気が抜けたように呟く。大概、今の文句には誰でも引っかかるのだが。
大量購入は見込めなくても、うまい酒の一本くらいは出して見せろという話になる。
「お前みたいなぼったくり商人に慣れているんだろ」
オウルは言った。
「わざわざ苦労して砂漠を越えてまで商売しようってヤツだ。ドイツもコイツも金の亡者みたいなヤツなんだろうさ」
「女の子はいないのか」
満腹したらしいティンラッドは周りをきょろきょろし始めた。
酒を飲みながらはべらせて、旅の話を聞かせる女の子を探しているのだろう。
「あたしがいるよ」
宿屋の娘が寄ってくる。
「君は少々年が若いな」
「何で。女は若い方がいいって、よくお店に来るお客さんが言ってるよ」
「若すぎるのも問題なんだ」
「難しいね」
「そうか。言われてみるとそうだなあ」
ティンラッドは考え込む。
「よし! 今日は君に酒の相手になってもらおう。何でも好きなものを親父さんに頼みなさい、払いは私たちが持つから。ただし、酒はダメだ。お眠になるまで、旅の話に付き合ってもらおう」
「何でもいいの?」
娘は目をキラキラさせる。
「じゃあ、あたし、糖蜜パンが食べたい。いいかな」
「いいとも。親父さんに頼んできなさい」
娘はぴょんと飛び上がり、嬉しそうに父親のところへ駆けて行った。
「まったく、船長はすぐ女の子にいいとこ見せたがる」
ロハスがぶつぶつ言う。
「金儲けの基本は、ムダ金を遣わないところからですよ」
「別に無駄じゃない。私も楽しいし、彼女も楽しい。問題ない」
「ずいぶん若い相伴役だな」
バルガスが冷笑する。
「確かに、あれ以上若くなると赤子でも連れて来るしかなかろうが。変わった趣味だな」
「たまには子供の相手も面白い。私は子供と遊ぶのは好きだぞ?」
ロハスからシタールを受け取り、ティンラッドは音を合わせ始める。
閑散とした酒場に、豊かな音色が響く。
「私は妙齢の美女がいいですぞ」
アベルは不満そうに呟く。
「色っぽい美女がひとりもいない酒場など、面白味のかけらもないではないですか。こんなことで経営が成り立つのですかな」
「家庭的な店なんだろう。キャラバンが通らなきゃ地元民しか来ねえんだし、客の相手する女も仕事がねえよ」
オウルが軽く答えると、アベルはますます面白くなさそうな顔になった。
「砂漠越えの道には美女が多いという評判を聞いていたのですが。とんだ肩すかしですぞ」
「いたじゃねえか、女太守。アレは美人だった」
「確かに、太守様は美女でしたが」
アベルはため息をつく。
「太守様では一緒に酒を酌み交わしたり、あわよくばという展開に持ち込んだり出来ないではないですか。いかに美女でも、それでは絵に描いた餅です」
「アンタなあ」
オウルは呆れた。
「本当に神官かよ。前から疑ってたが、実はニセ神官なんじゃねえのか。どれだけ不埒なこと考えてるんだよ。見るだけで我慢しろ」
「失礼な。私は六歳の時から大神殿で修業を重ねた……」
アベルの苦労語りが始まったが、全員が無視した。
「パルヴィーン様かあ」
アベルと違い、ロハスの方は女太守の話題で顔を輝かせる。
「太守様に許可もらわないと商売できないってことは、また会えるってことだよね! 今度こそは最高にカッコいいオレの姿を見てもらうんだあ」
「アホか。お前が着飾ってもなんとも思われねえよ。考えてみろ、いつもあのキラキラしい弟の顔を見てるんだぞ?」
「アホはそっちだね。だからモテないんだよ、オウル」
ロハスは見下すような目でオウルを見る。
「いいか、考えてもみろよ。弟は弟。弟など姉にとっては空気! むしろ厄介者か便利に使える下僕! 顔がどうとか、いちいち考えるわけないでしょ。あんな付属物、オレとパルヴィーン様の愛の第一楽章の前には何の障害にもならないね」
「お前な」
よくそれだけ自分勝手な夢を描けるものだと感心しながら、オウルは聞いてみた。
「兄弟は?」
「ん? 姉ちゃんが三人いるけど」
「そうか」
不憫なヤツ、とオウルは思った。