第22話:朔の日 -1-
兵士に案内され、街の宿屋に着く。
建物に入る前に、着物に着いた砂を出来るだけ払うように宿の主人に指示された。
男五人が往来で上半身を露わにして砂だらけの服をはたいている姿というのは、実に情けない。
もうもうたる砂埃が上がり、ロハスは涙目になりオウルも咳き込んだ。
ようやく宿屋に入ることが許され、すぐに風呂場に直行。
石造りの大きな浴槽のある共同風呂だったが、湯は綺麗で温度もちょうど良かった。
「はあー、極楽極楽」
「生き返りましたぞ」
体を洗い温かい湯につかり、のんびりとする仲間たち。
オウルも体を洗ってさっぱりした。やはり砂まみれ垢まみれの生活は心が荒む。
こうやって心地よい湯の中で手足を伸ばしていると、常識はずれの仲間たちの存在も少しばかり許してもいいような、そんな寛大な気分になる。
「ああー。天国だなあ、ここ。もう一生ここで暮らそうよ、船長」
とロハスが言うのは。おそらく、あの美貌の女太守のせいだろう。
「たまに来るのはいいが、一生は嫌だなあ。面白くない」
と、ティンラッドは真面目に返す。
ちょっと聞けばごく普通の返答なのだが、その裏に隠れているもの(面白くない=魔物と戦闘できないから)を思うとやはり暗澹とした気分になるオウルだった。
「ここに一生いたら、ソエル王からの賞金は手に入らないぜ」
別に魔王を倒したいわけでも何でもないが、暗くなった気分を八つ当たりで晴らすためだけにロハスに絡む。
「商売の種もすぐに尽きそうだな。この辺り、自給自足できそうなものだけはありそうだが、通るキャラバンも少なそうだし取引する物も少なそうだな。ああ、金まみれの価値観を捨てて新しい人生を始めるのか。頑張れよロハス。あの女太守に振り向いてもらえる可能性は少ないと思うが、ささやかな幸せを見つけてくれ」
「うっ。金貨一万枚」
ルデウス四世の気前のいい約束を思い出したのか、ロハスが眉根をギュッと寄せる。
金か女か、どちらを取るか悩んでいるらしい。
どちらも手に入っていないのによくこんなに真剣に悩めるな、とオウルは呆れた。
風呂から上がり、さっぱりした衣服に着替える。
汚れた服は有料で宿屋で洗ってもらうことにした。ロハスは厭な顔をしたが、汚れ物の数が多い。たまには人に任せるのもいいだろう、と他の仲間の意見は一致した。
その後はパンとスープの食事。串焼きの肉と唐辛子入りの蒸留酒が出る。
「なかなか面白い取り合わせだな」
とバルガスが評した。
「うん。ピリッとしてうまいな」
ティンラッドは蒸留酒をがぶがぶと飲んでいる。
「いや、私はちょっと。普通の酒はないのですかな」
アベルは唐辛子入りはお気に召さなかったらしく、違うモノを所望した。
宿屋の主が麦酒を持って来る。
「オレもそっちもらおう」
ロハスも麦酒に手を出した。
全体的に悪くはないが、ものすごく美味しい食事というほどでもない。食材もそう多くなさそうだ。
この環境では仕方ないだろう、とオウルは思う。
宿の主人の娘らしい、十歳くらいの女の子がぱたぱたと走り回って給仕をしていた。
「おかわりはいかがですか」
もらおう、と誰かが言う前に。
「ちょっと待ったお嬢ちゃん。追加注文は別会計になるのかな? それともそこまでコミで夕食代?」
素早く確認するロハスは、やはりオアシスの街での安穏な生活には向いていなさそうである。
「お酒は新しいの開けるたびに別料金だよ」
少女ははきはきと答えた。
「食べ物は、残ってる分は食べてもらってかまわないけど。新しい料理を出せとか、もう一回作れとか言う注文だったら別料金」
「食べる。スープお代わり!」
即座にスープの碗を突き出すロハス。元は極限まで取らないと、気が済まないのであろう。
「パンがあったらいただけるかね」
「私は串焼きをいただきたいですぞ」
そして、一斉にそれに乗る仲間たち。
オウルはため息をつき、
「残り物があったら全部持って来てくれ。綺麗に片付けるから」
と少女に言った。
「分かった。お客さんたち、すごくおなかすいてるんだね?」
と少女はたずねる。
「まあな」
オウルは肩をすくめる。
「砂漠越えの道がきつくてよ。食料はあったんだが、食欲がわかなかったというか」
「なんでわざわざこんな時期に砂漠越えしようと思ったの?」
少女は無邪気にたずねる。
「冬の砂漠の風は魔物より恐ろしいって、私でも知ってるよ」
「案内人がアホでな」
オウルは聞こえないフリをしているロハスをにらみながら言った。
「この季節なら、夏と違って気温が上がらないから楽な道のりになるって言われたんだ」
「へえー」
女の子は同情をこめたまなざしを一行に向けた。
「ひどい案内人をつかまされたね。オアシスの民だって、この時期にはよっぽどのことでもなければラクダを出さないのに。これにこりたらオジサンたち、人は良く見て選んだ方がいいよ」
「まったくだな。肝に銘じるよ」
オウルはしみじみうなずいた。