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第21話:白い街の姉弟 -3-

「弟のハールーンです」

 パルヴィーンに紹介され、彼は優雅に頭を下げた。しかし何も言わない。深い青い瞳が、無表情に旅人たちを眺めただけだ。


「ごめんなさい。弟はとても内気で、知らない人と話すことが出来ないの」

 パルヴィーンは肩をすくめた。

 それ、いい年した男として情けなくねえか? とオウルは思ったが。

 さすがにいきなりツッコむのは失礼だろうと思い、胸の内に収めておく。


「では、害意がないことを示していただけますね?」

 パルヴィーンはあでやかに微笑む。


「どうすればいい? 普通に武装はしているぞ」

 バルガスが唇を歪めて応じた。

「武装をしているだけで悪意があると断じられるようでは困るな。何をする気か明かしてもらおう」


「もちろん、砂漠を渡る旅人が武装をしているのは当たり前のことです。それだけで悪人と断じたりしません」

 涼やかな声が言う。

「では、どうする」

 ティンラッドが退屈そうに言った。

「裸にでもなればいいか?」


 直截な言葉に、パルヴィーンは少し頬を赤らめる。

「そんなことではございません。ただ、この街のしきたりに従い署名をしてもらいたいのです。この街の者に危害は加えないと、それぞれの血をもって」


「血?」

 オウルは眉をひそめた。それは不穏な言葉だ。

 バルガスも鋭いまなざしを女太守に向けていた。


「まじないと思ってもらっても構いません」

 パルヴィーンは微笑みを浮かべたままで言う。

「この街に古くから伝わる儀式です。血の署名は、あなた方の命を滞在の担保とするもの。自らの誓約にもし背いたなら、この街を守る精霊が牙を剥きその者に襲いかかるでしょう」


「いけませぬな。それは迷信ですぞ太守殿」

 後ろからアベルがしゃしゃり出てきた。

「神殿の聖典をお読みなさい。この世界を統べるのはただ神の理。神こそが絶対唯一の正義。街を守る精霊などは、人が作り出したおとぎ話に過ぎないのです。そのような無知を抜け出し、神の言葉の前に目を啓きなさい」


「ええ、神官様のお言葉はよく分かります。私たちも決して神殿の教えに背く者ではありません」

 パルヴィーンは穏やかに返す。

「それでも、このような砂漠のただなかに暮らしているといろいろなことが起きるのです。神様の目もここには届かないのかと思われることも多い。これは、そんな弱い私たちの心を守るための子供じみた儀式。そう思って協力してはいただけませんか」


「従わなかったらどうなる」

 オウルはたずねた。

「この街にお入りいただくことは出来ません」

 女太守はキッパリと言った。

「すぐに立ち去っていただきます。次の街までは十五日ほど。どちらをお選びになるかは皆さまの自由です」


 五人は互いに顔を見合わせた。

 しばらくしてティンラッドが言った。

「いいんじゃないか? 私は砂漠に飽きた。二、三日ここに滞在したいぞ」


「二、三日……」

 その言葉に姉と弟が顔を見合わせた。

 オウルは何となく不自然なものを感じる。

「何かあるのか?」

「いいえ。ただ」


「姉さま。朔の日が」

 ハールーン、と呼ばれた青年が低い声で言う。

 それを。

「しっ。お黙りなさい、ハールーン」

 姉は鋭い言葉で押しとどめた。


 不審に思うオウルと、同じいぶかしむ視線を向けているバルガスに、彼女は再びあでやかな笑顔を向ける。

「お気になさらず。この街では、朔の日に不吉なことが起こるという言い伝えがあるのです。けれど、よそから来た方にその禍が及ぶことはございません。心に疚しいことがないのなら署名をなさり、安心してご滞在ください」



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