第20話:砂漠の旅 -5-
砂丘を滑り降り、湖岸に広がる森に入る。砂地の上にはすぐ緑の下ばえが広がり出した。ところどころに小さな花が咲いているのも見える。
何日も砂と岩山の荒野を歩いてきた彼らにとって、そこはまるで楽園だった。
「うわー、水浴びしたい」
岸に打ち寄せる波を見てロハスが言う。
「寒いのは変わりませんぞ。この水に入ったら凍えますぞ」
やはり寒いのは苦手らしいアベルが、珍しく冷静にツッコミを入れている。
「うーん、そうだけどさ。ほら、オウルが呪文ですぐにお湯を沸かせるじゃん?」
ものほしげにオウルの方を見る。
「出来るけどな」
オウルは苦笑した。
「けど、風が冷たいぜ。これだけ水があるなら、町に行けば風呂くらいあるだろ。屋根と壁のあるところでゆっくり温まらせてもらった方がいいんじゃねえのか?」
「うーん。町にはサッパリしてから入りたかったんだけどなあ。こんな砂だらけ垢だらけじゃなくて」
ロハスは、砂まみれでべっとりとした自分の前髪を引っ張る。
「ほら、どこでどんな美女とのオイシイ出会いがあるか分からないじゃない? やっぱりそのためには清潔にしておかないと」
「出会いがあっても続かねえよ。どうせ、すぐに旅立つんだから」
「いいんだよ、一夜の縁でも。そういう彩りが人生には必要じゃん?」
オウルのツッコミに、色男気取りで返すロハス。
出会いさえあれば自分はモテると言いたげだ。
実際にモテているところは見たことがないが、とオウルは意地悪く考える。
酒場や宿屋の女の子に軽口をたたいているところはよく見るが、うまくいったという話はついぞ聞かない。
「あそこはどんな町だ?」
バルガスがたずねた。
ロハスはうーん、とうなって腕を組む。
「覚えてない。大きな町だから覚えていそうなものなんだけど、全然記憶にない。おかしいなあ、やっぱり旅の後半のことは記憶が飛んでるみたいだなあ」
「何を売って何を買ったかも覚えてないのか?」
オウルは聞いてみた。
金と商売が命のロハスである。商売に関することなら何か思い出せるのではないかと思ったのだが。
「ダメだ、思い出せない」
返って来たのは意外な返事だった。
「何にも覚えてない。どんな町だったのか、何があったのか、何が売れ線で何が安かったのか、滞在にいくら費用がかかったのか……ひとつも思い出せない」
自分でもその異様さに気付いたのか、表情が険しくなる。
「何てことだ。このオレが宿屋の値段も思い出せないなんて。商人として失格だ」
もはや苦悩の表情になっているのを見て、オウルは気の毒になって来た。
「まあ。暑気あたりにでもなってたのかもしれねえし」
「うーん、それすら覚えてない。オレ、倒れてたのかなあ。気付いたらまたラクダに乗ってソエルの近くまで来てたんだけど」
ロハスも怪訝そうだ。
「そんなことはどうでもいいぞ」
ティンラッドが怒鳴り出した。
「実にけしからん。ここに来るまで一匹の魔物も出なかったじゃないか。しかも、ここまで来ても魔物の気配すらない。こんな話があるか!」
「そんなこと、俺たちに言われても知らねえよ」
オウルはげんなりした。
「アンタ的にはどうだか知らねえが、一般的に言って魔物に遭わないで済むのはいいことなんだよ。平穏無事でいいじゃねえか」
「良くない。面白くないぞ」
「面白い面白くないで何でも決めるから、こんな変なヤツらしかパーティに集まらねえんだよ!」
なぜか言い合いになってしまったオウルとティンラッドを眺めてから、バルガスは陰鬱なまなざしを対岸の街に向けた。
「いい予感はしないな。あそこでは警戒を解かない方が良さそうだ」
呟いた言葉は、誰も聞いていなかった。
「寒いですぞ……」
アベルは横で震えていた。