第20話:砂漠の旅 -2-
砂漠の中を終日歩く。風が前から吹いてくると舞う砂が眼球を傷付ける。
オウルは常に全員に防護魔法をかけ続けなくてはならず、それでもいつの間にか服の間に入った砂が汗ばんだ体に付いて不快感を与えた。少しでもそれを塞ごうと目の周り以外は顔も布で覆うが、大した違いはない。
街道はほとんど砂に埋もれ、見る影もなかった。
夏季には河になる乾いた川床と、魔磁針の指す方角を唯一の頼りとして歩み続ける。
ロハスの話によると、街道は川筋に添って伸びていたはずだとのことだった。
砂漠では水分は貴重である。小さな集落も川沿いに出来るし、旅をするにも川沿いの方が何かと便利であるからそうなったのだろう。
どこまでも続く砂の荒れ地には冷たい風を遮るものもない。時に四方八方から荒れ狂う風に視界を塞がれ、立ち止まることもある。旅路はなかなか進まなかった。
日が落ちると一気に温度が落ちる。
「今夜はこの辺で休もう」
少なくとも一方の風からは守ってくれそうな砂丘の陰で、オウルは足を止めた。
「大丈夫かね」
バルガスは小山のような砂丘を懐疑的に見上げた。
「これが崩れてきたら生き埋めだぞ」
「アンタの術で穴を開けてもらうさ。後はコイツの運に頼ろう」
オウルはガタガタ震えているアベルの背中をバンと叩いた。寒いのは苦手らしく、ガタガタ震えている。
「岩山まで行ければ良かったんだがなあ」
遠くを眺める。
彼方にそれらしい影がだいぶ前から見えているのだが、ほとんど近付けないまま太陽は西に沈んでしまった。
「じゃ先達。とりあえず、この辺に大きい穴を開けてくれ。俺たち五人がくつろげるような広さのヤツ」
オウルが言うと、バルガスはじろりと彼をにらんだ。
「私にどうしろと?」
「あの雷の術でも、ドカンと一発落としてくれよ。そうしたら穴が開くだろう」
バルガスは肩をすくめて、空気の匂いを嗅ぐように上を見上げた。
「残念だが水分が足らんな」
「ロハス、水を出せ。水なら売るほどあるって言ってただろう」
「売るほどって言うか、売り物として持ってきたんだけど」
ロハスは気が進まない様子だ。
「どうせ、水がタダのところで汲んできただけだろうが。ほら、グダグダ言ってないで出さねえか」
急かされて、仕方なさそうにロハスは『何でも収納袋』から水の入った瓶を出す。
「これでいい?」
バルガスが首を横に振った。
「足らんな」
更に渋々とロハスは二本目の瓶を出す。バルガスはまた首を横に振った。
「鬱陶しいな。樽で持ってるだろ、まるごと出せよ!」
すごく嫌そうに、ロハスは樽を袋からのぞかせた。そこからはロハスひとりの力では持ち上げられないので、ティンラッドに手を貸してもらう。
「何だ、君たち情けないな。男だろう、これくらいひとりで持ちたまえ!」
「水が並々と入った樽は重いからな」
バルガスが皮肉っぽく言った。
「船長殿が力仕事が得意で助かる」
バルガスの指示に従って、樽の中身の半分ほどを砂の上にぶちまけた。
砂に吸収されてそれが乾き切ってしまわぬうちにバルガスは黒檀の杖を構え、砂上に魔方陣を描き呪文を唱える。
「モロット・グローマ!」
稲光が閃き、雷鳴が轟いた。
その一瞬が去り、ぴりぴりした感触の大気の中再び目を開ける。
砂の上に、ちょっとした部屋ほどの広さの丸いすり鉢状の穴が開いていた。
砂の表面が黒く焦げている。
「よし。今度は残りの水で縁を固めろ。崩れて来ねえようにな」
そう言って、オウルは率先してその作業を始めた。砂に水をかけ、泥にして叩いて固める。そうやって穴の縁を固めていく。
「子供の砂遊びみたいだねえ」
ロハスが嘆息した。
「ま、同じ理屈だな」
「寒いですぞ……」
アベルはぶつぶつ言いながら、仕方なさそうに作業をやっている。
ティンラッドもバルガスも、面白くもなさそうにその作業を進めた。
完全に辺りが暗くなる前にその上に支柱を立て、布の天幕の上に雪オオカミの毛皮を張り巡らせ、更にその上にオウルが防御魔法と寒さよけの魔法をかけて何とか夜の備えを終えた。
ロハスが火をおこし、煮炊きを始める。
「やれやれ。これでもう魔力切れだ。ひと眠りするまで何の役にも立たねえからな」
そう言って、オウルは火の傍に座った。
「わざわざ私の術を使わせたわけをお聞きしたいのだがね」
バルガスが不機嫌そうに問いかける。
「このくらいのことなら、人力で掘っても良かったのではないか?」
「ああ? そんなの。その方が手っ取り早いからに決まってる」
オウルもぶっきらぼうに返した。
「砂の中に魔物がいねえとも限らねえしな。こうやってぶっ飛ばしてもらえば、魔物も一緒に吹っ飛ぶだろ。楽でいい」
バルガスは大変不満そうに、
「サルバール師の門下は、神秘を安売りする傾向にあるな」
と呟いたが、オウルは聞こえないフリをした。