第20話:砂漠の旅 -1-
ソエルの北の辺境を通り過ぎて三日後。
陸に上がった船長ことティンラッドとそのパーティは、砂漠のただなかにいた。
「寒い」
オウルは呟いた。
砂漠といえば灼熱のイメージだったのだが、初冬の風が吹きすさぶこの場所は体の芯まで斬りつけてくるような寒さである。
「オレが前に通った時は死ぬほど暑かったんだけど。まあ、あれ夏だったからなあ」
顔をこわばらせて笑うロハス。
「しかし! トーレグの町の人の言葉を信じて、ちゃんと冬装備を用意していたオレにみんな感謝してください! そして篤い尊敬を!」
確かにロハスが用意していた雪グマの毛皮のコートやブーツ、手袋やえりまきがなかったら今頃はパーティ全員で凍死していたと思われる。
「けどなあ」
オウルは手をこすり合わせながら言った。
「だったら、何でラクダは用意しなかったんだよ」
ラクダなしで砂漠を渡るなど自殺行為だ、と何度も言われたのだが。
砂漠を越えてきた経験者であるロハスが『大丈夫大丈夫』と言うから、それを信じてこの場所に足を踏み入れたのである。
初めは良かった。砂漠とはいっても荒れ地が広がるばかりであり、足元はしっかりしていた。
しかし、いつの頃からか次第に砂が多くなり、今では一歩歩くごとにサラサラと流れる砂に足が沈み込み、前に進むだけでも多大な労力を必要とするようになっている。
「いやあ、だってさ。ラクダで越えられるものなら人間の足でも越えられるかなって思って」
明るく言うロハス。笑って済まそうという魂胆が透けて見えている。
「まさか、ここまで歩きにくいとはさ。予想外だったなあ」
「笑って済ますな。それで済むと思うなよ」
オウルはすごむが。
「だってねオウル。ラクダっていうのも、そんなに乗り心地のいいものじゃないよ?」
とロハスは反論する。
「アイツら人を見るし。バカにしてくるし。言うこと聞かないし」
「それは、お前がラクダにバカにされてただけだろうが」
「違うんだ。アイツらはみんなが思っているような従順な動物じゃないんだ。その上、飼い葉まで用意してやらなきゃいけないんだよー! お金がもったいないじゃないか!」
ロハスは叫ぶが、どう聞いてもロハスがラクダを苦手だったからというようにしか聞こえない。
「船長、どうする」
ため息をついて、オウルはティンラッドに声をかけた。
「一度引き返すか? このままだと遭難しかねねえぞ」
「引き返す?」
ティンラッドは振り返った。その顔を見ただけで、オウルは自分が失敗したことを悟った。
「バカバカしい。そんなの面倒くさいじゃないか。どうせ進むなら、後ろに下がるより前に向かった方がいい。進むぞ君たち」
後退する、などという言葉は彼の脳内には用意されていないらしい。
補給係の思いこみによる物資調達不足と、指揮官の状況を顧みない前進命令。
ここに部隊が全滅する要素は完全にそろっている。
魔物に殺される最期と、砂に埋もれて死ぬ最期。どっちがマシなのだろうか、と暗い気持ちになるオウルであった。