第19話:王の決意 -2-
「それで、いつ出発するつもりだ?」
重ねて王は問う。
「そうだなあ」
オウルはちょっと考える。ティンラッドが寝ているから勝手なことは言えないが、多分この船長は少しでも早くと……。
「今だ」
不意に、すごくハッキリとティンラッドが言った。
いつの間にかパッチリと目を開けている。
寝ていると思ったら、的確な場所で口をはさんでくる、これ何とかしてくれないかとオウルは思った。
心臓に悪い。一種の特殊能力ではないかと思えてくる。
「すぐ行くぞ」
立ち上がり、伸びをしながらティンラッドは言った。
「面白いことがなくて退屈していたんだ。ああ、君。あの天井が落ちてくるヤツはなかなか面白かった。今度来ることがあったら、またああいうのを用意しておいてくれ」
などと言っている。
ルデウス四世は複雑な表情をしたが、冗談だと思うことに決めたようでそのまま流した。
「しかし、すぐとは。せめて別れの宴なりと」
「飽きた」
一言である。ひどい。とても一国の王を相手にする口のきき方ではない。
「ロハス。用意は出来てるな?」
物資調達担当はうん、とうなずいた。
「でも船長。タダメシ」
「行く」
「タダ酒」
「行く」
もう、食事や酒でも釣れない段階まで来ているらしい。
ここに滞在している間は支払いの心配もなく豪華な料理を飲み食いし続けていたのだから、これ以上たかるのは人間としてどうなのかとオウルも思い始めていたところだった。
「船長。それはいけませんぞ。国王陛下もこうおっしゃっているのです。ご厚意はありがたく受け取って、最後にパーッとやりましょう、パーッと」
『遠慮』という人間の徳目を知らないオクレ妖怪が何か言っているが、これは空耳として無視しておく。
「ということだってよ。悪いな陛下。世話になった」
そう言う自分も、国王にすっかり対等な口をきくようになってしまったが。オウルは内心、苦笑する。
だがこの国王の内心に、同等に口をきき腹を割って話せる友人を求めているような感触を彼は感じていた。
一国の国王と一介の旅人。お互い、真の意味で胸襟を開いたわけではないけれど。
束の間そんな気分にひたれたのなら、それはそれで良かったのかもしれない。
「分かった。そこまでおっしゃるのなら、止めるべきではないだろう」
ルデウス四世は落胆したようにため息をついた。
同時に、ロハスとアベルがもっと深くため息をついた。
「ハルベル。例の物を」
横に控えるハルベルを振り返る。は、と返事してハルベルがいったん下がり、すぐに革袋と巻物を持って戻ってくる。
「これは皆さんへのお礼だ。我が国にひそむ影を払い、街々を魔物の害から守って下さった。これからも民の安寧を守る旅の足しになればと思う」
ティンラッドはそれを片手で受け取り、ふむと軽く首をかしげた。
それからロハスに向かって、
「しまっておきなさい」
と軽く投げた。
受け取ったロハスは、その衝撃でしりもちをついた。
「重! お、重! 何が入ってんの、コレ?!」
「約束の金貨だ」
ハルベルは苦々しい顔で言った。
「陛下が約束は違えてはならぬとおっしゃって下賜なさるのだ。ゆめゆめ、くだらぬことに使わぬよう」
酔った勢いで、ロハスの作ったぼったくり契約書に署名してしまったことを今も後悔しているに違いない。というか、彼らを王城に入れたこと自体を今も悔やんでいるのだろうなあ、とオウルは思った。
「それともう一つ。旅立つ前に、皆さんに見届けてほしいことがある」
とルデウス四世は言った。