第2話:北への道 -5-
その数時間後。
「何だよっ、この天気はいったい!」
正面から吹き付ける雪と風に、オウルは悪態をつき続けていた。
休憩を取った場所からしばらく進むと、雪がちらつきだした。
秋も終わりとはいえ、雪にはまだ早い。
だが、その時にはまだ、「こんなこともあるか」と思うくらいだった。
そこから一時間も歩いた頃。
ある地点から、まるで違う世界に入り込んだように辺りは雪景色に変わった。
振り返れば、秋の草原。
なのに、前に広がるのは、何十センチもの雪が積もった、一面の銀世界。
驚いているのも束の間。
様々なモンスターが前に立ち塞がる。
雪ウサギ、雪オオカミの群れ、雪グマ。
どれも、草原に出るものより凶暴性が強く、攻撃力も高い。
それでも、ティンラッドは涼しい顔で倒していく。(オウルはその間、荷馬車の影に隠れている)
だから。魔物よりも、また降り始めた雪と、激しい風の方が難敵と言っても良かった。
「方角はこれで合っているのか?」
ティンラッドが尋ねる。
オウルは、風に対して自分自身を盾にしながら、地図に魔磁針を当てた。
通常の磁針では、強い魔物が近くにいると影響を受け、正しい方角を指さなくなる。
この魔磁針だけが、旅人の味方と言っていい。
「大丈夫だ。それにしても」
魔磁針と地図を懐にしまい、オウルは凍えた自分の肩を抱く。
「この季節にこの雪嵐。どう考えたって、おかしいぜ。おい船長、この天気じゃあ、十分歩くごとに方位を確かめなくちゃ進めねえ。そして、そんなことをやってる間に、俺たちもそのロバも凍えてくたばっちまう」
「そうだな。やはり、このコートではちょっと寒いな」
ティンラッドはコートに積もった雪をばさばさと下に落とす。
「アンタはまだいいよ、曲がりなりにも『秋の』コートだろ! 俺なんかなあ、『オールシーズン用』だぞ? 夏でも大丈夫な素材でこの雪嵐の中って、絶対間違ってるだろ」
オウルの文句は聞き流して、ティンラッドは問うた。
「それで。どうする?」
聞き返されて、オウルも怒りを収めた。
今は、そんなヒマがあったら何か行動をすべき時だ。
そうでなければ、凍えるばかりである。
「考えがある。今、倒した雪オオカミの死骸を持ってきてくれ。少し時間をもらう。で、その間に雪洞……はムリでも、雪で風よけの壁か何かを作ってくれないか。それだけで、俺もロバもずいぶん楽だ」
「わかった」
ティンラッドは委細を聞かず、雪オオカミの死骸を引きずってきた。
その間、オウルは魔術の準備をする。
「子供の頃は、雪だるま作り大会で優勝したこともあるが!」
やけに嬉しそうにティンラッドは言った。
「これほどの雪で、何かを作ったことはないな! なんだか楽しくなってきたぞ」
「うちの船長は、お気楽でうらやましいこと」
ブツブツぼやきながら、オウルはかがみこんで、雪オオカミの死骸にナイフを入れた。
手がかじかんで動かないので、先に寒さ除けの呪文を自分にかける。
それでやっと、作業が出来るようになった。
「さてと。この呪文が切れる前に、最初の仕事をやっちまわないと」
オウルはつぶやいた。
地図で見た、目的地トーレグ村はまだまだ先だ。
雪道に入ってから、明らかに移動速度が落ちている。
「寒さ除けの呪文をかけて、荷車の車輪にも雪道を行くための呪文をかけて」
必要な呪文を数え上げる。
「俺の魔力が尽きる前に村にたどり着かないと、ヤバいことになりそうだな、これは」
焦っても、状況が変わるわけではないが。
後ろから聞こえるティンラッドの笑い声が、何だかひどく遠いもののように思えた。