第18話:酔っ払い放浪記 -3-
「困りましたな。これではお酒をもらいに行けません」
アベルはまた考えた。そして考えた末、
「これはもしかして幻なのでは。本当はここに階段がある。私の目にそれが映らないだけなのです。そうに違いない」
また頓狂な結論を導き出した。暗闇の中、ありもしない階段を求めてアベルは手探りを始める。
「ここは……壁ですな。ここも……壁ですな。こっちも……壁ですな」
どこまで探っても、なかなか階段を見つけ出せない。無理もない。ないものはない。それがこの世の真実である。
「こちらも壁ですな。これも壁ですな。むむう」
しかし彼は持ち前のしつこさで丹念に壁をなぞり続ける。意外と細かいことを気にする性格なのである。
「む?」
その指が何かを探り当てた。石造りの壁に微妙な段差があった。
「何ですかな、これは。手抜き工事ですかな。私はこういういい加減な仕事が我慢ならないタチなのです。困りますな、仕事はしっかりやってくれなければ」
呟きつつ段差を細かく探っていく。その中に一カ所、指が数本入れられる部分があった。
「むむ。何でしょう」
警戒心もなく指を突っ込んでみるアベル。幼児並みの危機管理能力である。
「むむ、これは? 何やら突起のようなものが?」
そして、何のためらいもなくそれを押してみる。何でも口に入れてみる赤子の時代から、進歩していないのかもしれない。
石壁の奥で、きしむような不気味な音がした。石造りの床が細かく振動する。
「おや。何やら世界が揺れているような」
アベルは首をかしげた。
「いけませぬな。少々飲み過ぎたのでしょうか」
違う。いや違わないが、違う。
そんな彼の前で、ゆっくりと石壁が左右に開いた。
冷たい風が、ぽっかりと空いた暗闇から立ち上ってくる。
「おお。やはり階段がありましたな。あると思ったのです」
そして、この展開に何の疑問も持たずに闇の中に足を踏み入れる酔っ払い。
彼の足は暗闇の向こうに続く床の感触と、段差を感じ取り。
三歩ほど歩いて足を踏み外して、落ちた。
どれだけ落ちたのか。
転がり続けているうちに意識は遠くなり、そこから先ははっきりと覚えていない。
水音を聞いた気がした。明かりが揺れていたような気がする。
「これは……。王の客人、それも大神殿の神官殿ではないか」
誰かが言っているのが聞こえた気がする。
それに答えて別の誰かが何か言う。
アベルの上にかがみこんでいる人影が、首を横に振る気配がした。
「いや。今は事を荒立てる時ではない。幸い意識もないようだ。上にあげておけ。全て夢だった、そう思わせるのだ」
その言葉に続いて、口に何かが流し込まれた。
上質の葡萄酒の味がした。
ありがたい。飲ませて下さるとは親切な。
そう思ってアベルはがぶがぶとそれを飲み下した。それを最後に彼の記憶は途切れる。
気が付くと翌朝で、彼は王城の酒蔵の中、大の字になって寝ていた。