第18話:酔っ払い放浪記 -2-
「うう……オウル殿。無防備と見せかけて一番手痛いしっぺ返しを企てていらっしゃるとは、性格がねじ曲がりすぎておりますぞ。これではパーティの信頼関係にも関わります」
何度も何度も侵入を試みて、ようやくアベルは諦めた。酔っぱらっているだけにかなりしつこかったが。
「皆さん冷たすぎますぞ。我がパーティは、ちょっと問題がある人ばかりなのでは。もう少し普通の人と旅をしたいですぞ」
オウルが起きていたら『お前が言うな』と全力でツッコんだに違いない独白をして、アベルは次はどうしようかと首をひねる。
とりあえず飲もう。……十秒でその結論に達した。
確か酒瓶を持ってきたはずである。どこかにないかと暗闇の中きょろきょろする。
あった。葡萄酒の瓶が三本。だが全てハルベルの体の下になっていた。
「何という悲劇。ハルベル殿、ハルベル殿。起きて下され」
ぺちぺちと頬を叩いてみるが、こちらも泥酔している。まったく起きる気配がない。
「困りましたな。しかし、この酒瓶を救出してもハルベル殿の体温であたたまっていそうな」
色っぽい女性の体温ならまだしも、むくつけき軍人の温もりが移った酒。
それはイヤである。
神官はまた、しばし思考した。そして結論に至った。
酒がないなら、もらってくればいいじゃない。
宴会をやっていた広間の近くに厨房があった。酒蔵もそこにあるだろう。
この時間では誰もいないだろうが、ちょっとくらい失敬しても構わないだろう。
神官というよりコソ泥の思考回路である。
思い立ったが吉日、とアベルはすっくと立ち上がった。
急に立ち上がりすぎて、クラクラと眩暈がした。(飲み過ぎ)
しかし、そこで『もうやめよう』という方向には考えない。それは泥酔状態だからなのか、単にアベルだからなのか。それは永遠の謎である。
「よし。行きますぞ。お城のとっておきのお酒をちょうだいいたしましょう」
節度ある客人が言うべきではないことを呟いて、アベルは歩き出した。
厨房のある階下に通じる階段とは、全く逆の方向へ。
結果として、十歩ほどで突き当りに行きあたる。
「むむ。何の邪法か。階段が消えうせましたぞ」
単に自分の方向感覚が狂っているだけなのだが、酔っ払いにはそんな理屈は通用しない。
「おのれ邪魅。私の神言で打ち払ってくれましょう。そーれ、パパルボン! ポンゴルン! パップンポルテ・トッポリーナ・プラポンタ!」
何も起きない。
当然である。前から体力回復神言、魔力回復神言、魔物排除の封印発動神言である。
立ちふさがる壁をどうにかする役には立たない。この廊下に魔物が侵入しないようにする役には立ったかもしれないが。
ちなみに虚しく神言を唱える彼の後ろで『ビックリドッキリルーレット』が律儀にグルグル回っていた。結果は1、-2、3だったが、元々役にも立たない魔力の浪費に過ぎない行為だったのでどんな目が出ようと関係ないと言えば関係ない。
「我が神言にも屈せぬか。これはかなりの強敵。さては魔王」
酔っ払いが何か言っているが、所詮たわごとである。
お前が相手にしているのは壁である。と、誰かにツッコんでほしいところだが。
生憎、この階に起きている人間はいなかった。