第17話:ソエルの影 -6-
宴会場になっている場所に向かいながら、ルデウス四世は言った。
「五年前、町を襲う魔物と戦って私の父は死んだ。王位を継いだ時の私はまだ十六で、父の遺してくれたものを失わぬようにするだけで精いっぱいだった。その間に魔物の害は広がり、領内は王国とは名ばかりに荒廃している。私は何も出来なかった」
オウルは黙っている。それについて、何も言えることはない。
確かにソエルの領内は荒廃している。かつては交易で栄えた町々も、今はそれぞれが孤立して魔物の害に耐えている。それがこの国の現状だ。
「叔父上にとっても、私は不甲斐ない王だったのだろうな。あの人は幼い頃から私に優しく、よく一緒に遊んでくれた。だが、それだけだ。私はあの人の王になれなかった。あの人にとって私は小さな甥のままでしかないのだろう。今日のことは私の責任だ。あなた方には迷惑をかけた」
「まあ、あんまり自分を責めてもよ」
オウルは呟くように言う。
彼自身は親や親族との縁は薄かったが、年上の人間というのは大体そんなものだとも思う。
それに、今回のことは。
「あの魔術師の悪だくみのせいもあったんだから」
ルデウス四世はゆっくりと首を横に振った。
「いいや。バルガス殿もおっしゃった。初めからないものは、魔術でも作り出せないと。叔父上の中に、不甲斐ない私を押しのけて政権を獲ろうとする思いはあったのだ。そして、そんな隙を見せたのは私だ。国王として情けない」
いや。
後ろからついて来ている不愛想な闇の魔術師のせいもあるし。
と思うと、オウルは内省的な国王に申し訳ない気分になるのだった。
「オウル殿。バルガス殿」
そんなことも知らず、若い国王は青い目を二人の魔術師に向けた。
「このままではいけないと、そう思った。国土を魔物が蹂躙するに任せ、得体の知れない何者かに実験に使われる。そんなことに対処できない国王ならいない方が良い。その点では叔父上は正しい」
若々しい声に決意がこもる。
「私はこの国に差す影と戦う。必ずそれを払ってみせる。魔王がいると言うのなら、その城まで攻め込み、この手でとどめを刺してくれよう」
盛り上がった様子だが、その握りしめられた拳にオウルは苦笑した。
国王は心外そうにオウルを見る。
「なぜ笑う、オウル殿。私の決意はそんなに滑稽か? 私にはその力がないと言いたいのか」
「い、いや失礼。そういうわけじゃねえ」
オウルはあわてて笑いを誤魔化す。相手は剣を抜きそうな勢いだ。そうなったら、とてもじゃないが相手が出来ない。バルガスが助けてくれる保証は全くないし。
「ただな。アンタがそんなことを言い出したら、うちの船長が怒ると思ってよ」
「ティンラッド卿が?」
ルデウス四世はきょとんとする。
オウルはうなずいた。
「あのオッサン、ケンカ好きだから。暴れるのが大好きだから。アンタに美味しいところを取られたら、それはもう烈火のように怒る。手が付けられなくなる」
「そ、そうなのか」
国王は目を丸くする。そういう存在がいることが理解の範囲外なのだろう。無理もない。オウルだってそうである。
「そうなんだ」
とりあえず厳粛にうなずいておく。
「それに、俺にはよく分からないけどよ。王様の仕事ってのは魔王を倒すことだけじゃないだろう。とりあえず、そういう雲をつかむような話は変なオッサンに任せておいて、アンタはアンタが出来ることをやった方がいい。街道を整備して魔物の害から人を守ってくれるだけで、助かる人間もずいぶん出てくる。本当に魔王が見つかって、倒すのに人数が要りそうだったらさ。その時はアンタに声をかけるよ。だからさ」
「その時までは足元を固めることに専念しろと?」
ルデウス四世はたずねる。表情が硬くてオウルはヒヤリとしたが。
話の流れ的にもう否定も出来ないので、そのままうなずく。
青い瞳が厳しく、貧相な若い魔術師を見据えて。
それから、国王は笑った。
「国王に指図するとは君も面白い人だ、オウル殿。忠告、しかと承った。確かに、どこにいるとも分からぬ魔王を探す旅に兵を連れ出すなど、王たるもののすることではないな。だが助力がいる時はいつでも使いを寄越せ。私は君たちの友だ」
手袋をはめた手を無造作に差し出す。それが握手を求めているのだと気付いて、オウルは慌てて自分の汚れた手をローブの端でぬぐった。
「ティンラッド卿だけでなく、パーティの皆それぞれが面白い人物だな。こんなに自らを恥じた日もないが、こんなに痛快な日も初めてだ。君たちに会えて、本当に良かった」
握手をしながら。
やはりこの国王は人が良すぎるのではないか。そう思わずにいられないオウルだった。
彼らのパーティの面々。それは『面白い人物』なんてモノじゃないのである。
それだけは知っておいた方がいいんじゃないかなあ、とルデウス四世の笑顔を見ながら、オウルはずっと考えていた。