第17話:ソエルの影 -5-
「お、お待ちください国王陛下」
セルゲが声を上げた。
「お待ちください。だまされてはなりませぬ。その男バルガスこそが、この国を乱そうと遣わされた魔術師に他なりませぬ。その男は……」
「黙れ、下郎!」
ルデウス四世が大音声を張り上げた。
その凄まじさにセルゲも口を閉ざす。
「このバルガス殿は、トーレグの町を魔物から救ったティンラッド殿の盟友。大神殿の特使たるアベル殿とも同じパーティに属する方だ。そのような方が、どうしてそんな愚劣な企みに加担するか。言うに事欠いて罪のない他人を誹謗するとは。見下げ果てたぞ、魔術師」
若い国王は怒りを込めて、拘束された魔術師をにらみおろす。
「お前のようなヤツからは、どんなことをしても全ての情報を搾り取ってやろう。覚悟するがいい。魔術師の都にもお前の罪状を知らせ、都で得た全ての称号も剥奪してやるから、そう思え」
それは残酷な為政者の声だった。
セルゲの表情が哀れっぽいものに変わる。
「そんな。お信じください。本当のことなのです。その男は本当に……」
「黙れ! それ以上言うと首を落とすぞ」
一喝されてセルゲはガックリと肩を落とす。
本当のことなのに信じてもらえない。
その気持ちは分かる、とオウルは少しばかり同情した。
まあ普通、魔王を倒すと言っている人間と、敵の手下だった人間がつるんでいるなんて思わないし。大神殿の特使たる男が、あんな根性のクサレたヤツだなどとは更に思わないだろうし。
ティンラッドのパーティの内情など、話しても誰も信じないに決まっている。何から何までバカバカしすぎるのだから。
「バルガス殿」
魔術師セガールだけは、年若い主のように盲信することなく、確認を取るようにバルガスを見上げた。
「こやつの申していることは嘘。それで間違いないのですな?」
老いた澄んだ青い目が真実を見抜こうとするように、長身の魔術師の黒い瞳を見る。
バルガスは無造作に哂った。
「魔王などというものの手下になった覚えはないな」
よく平気でそういうことが言えるな! とオウルは心の中でツッコんだが。
セガールはそれを聞いて深くため息をつき、
「信じましょう」
と言った。
オウルは、この国の中枢を担う人たちのことが心配になって来た。彼の見たところ、ずいぶんなお人好しばかりで構成されているようである。
「老婆心だが。その男は口に出しているより多くのことを知っているようだ。国王陛下の言うとおり、どんな手を使ってでも全ての情報を吐き出させた方が良いだろうな」
別に心配しているわけでもないだろうが、バルガスは平静な表情のまま、そう忠告する。
このオッサンも本当にひでえな、とオウルはつくづく思った。
憎々しげに床の上から彼を見上げるセルゲに、バルガスは嘲るように声をかける。
「私を憎もうが、蔑もうが好きにするがいい。だが、君は敗者だ。敗北の責任はその身で引き受けろ。その上で、自分の力で活路を探すことだな」
言い捨てると、もう用は済んだとばかり背中を向けて歩き出す。
「後は我々宮廷魔術師が」
セガールが、オウルにも丁寧に頭を下げた。
「ご協力、感謝いたします。オウル殿、バルガス殿」
「ああ、いや」
事情が事情だけに、オウルはかなり居心地の悪い思いをしたが。
「これ以上、こんな陰気な場所にいることもないだろう。行きましょう、オウル殿。あなた方を歓迎する宴の準備が進んでいる頃だ」
ルデウス四世もバルガスの後を追って歩き出したので、それと一緒に地下牢を離れた。