第17話:ソエルの影 -3-
仕方なくオウルは口を開いた。
「魔物を遠ざける力を持ったうちのクサレ神官を遠ざけたがる理由なんかひとつだろ。この場所を魔物に襲わせたいからに決まってる」
「何ですって」
ルデウス四世は顔色を変えた。
「ヨウル殿。いや、ロウル殿だったか。貴公は」
「オウルだよ」
オウルは厳粛な声で訂正した。
「失礼、オウル殿。貴公は叔父が魔物を操ってこの城と街を襲う気だったと言うのか」
「さあ。知らんよ。俺はこっちの人たちとは今日知り合ったばかりだし」
灰色の目で拘束されたグロウルとセルゲを見やる。
「けど怪しさで言えば、魔術師の方が怪しい」
「何だと。分かりもしないくせにふざけたことを言うな」
セルゲが血走った目でオウルをにらみつけた。
「若造の地付き魔術師の分際で。大した魔力もないくせに」
「その彼にしてやられたのは君ではないかね、セルゲ君とやら」
バルガスが皮肉めいた穏やかさで口をはさむ。
「それに彼はサルバール師の門下。れっきとした都で学んだ魔術師だ」
「サルバール師の?」
セルゲの表情が変わった。訝しむような懼れるような、おかしなまなざしだった。
「本当か?」
オウルはためらった。恩師のサルバールは魔術師の都で汚名を着せられ、自ら命を絶った。
その門下生だった者たちは師の無実を信じながらも、その名を堂々と口に出せない状況に追いやられている。
オウルも今まで、自分が魔術師の都にいたことについては口を閉ざして生きてきた。
それをわざわざここで言うのは、いつものバルガスの嫌がらせという気もするが。
セルゲの表情の変化を見ると、それだけではないような気もした。
それにバルガスの言うとおり、この魔術師が都から来たのなら。
杖を見られれば、自分がサルバール師の門下生であることはすぐに分かってしまう。
彼は腹を決めた。
「ああ。そうだよ」
無造作に、今まで隠してきた過去を認めた。
「俺はサルバール師の門下生だ。そして師の名誉のためにはいつでも戦う覚悟がある」
大した術は知らないけどな、と付け加えておく。
「因縁を感じないかね、セルゲ君」
バルガスが嬲るように言った。
「あの、非業の死を遂げられたサルバール師の弟子が君たちの前に立ちふさがるとは。天の配剤というものかもしれんとは思わないか?」
「貴様は誰だ」
セルゲはうなった。
オウルは、バルガスが深くフードをかぶってまだ顔を見せていないのに気付いた。
「どんな邪法を使っているのか知らぬが。観相鏡を誤魔化しても、その身より出ずる禍々しき気は隠せはせぬぞ。正体を明かせ。貴様は一体いかなる魔術師だ」
再び、ルデウス四世たちの視線がバルガスに集まる。
彼は肩をすくめた。
「君に命令される筋合いはないのだが。確かに、私だけこうしているのは非礼だな」
そのまま、黙ってフードを外す。
その顔にセルゲは再び息を呑んだ。
「アルガ師門下の……バルガス殿。あなたが何故このようなところに」
「知り合いか?」
ルデウス四世が訝しげに尋ねる。
バルガスは首を振った。
「見たこともない顔だな。魔術師の都と言っても広い。皆が知り合いなわけではない」
さっきは知っているようなことを言っていたくせに。
オウルは思った。
このオッサン、真正の嘘つきだ。
しかし、ここでバルガスの正体を明かすと話がややこしくなる。
善良な国王とその臣下には悪いが、その件については黙っていようと心を決めるオウルだった。