第17話:ソエルの影 -1-
アベルの『ちょっとしたいたずら心』はソエル王城の謁見の間を当分の間使用不能に陥れたが。
グロウルに加担した兵士たちの毒気を抜き、あのような状況下で自分に逆らった兵士を助けようと奮闘したルデウス四世に対し固い忠誠心を抱かせる結果になった。
兵士たちは改めて国王の前に頭を下げ、好きなように処罰してくれと進んで武装を解いた。
ルデウス四世は彼らを立たせ、
「君たちは隊長の命令に従っただけだ。これは私とグロウル卿の間にあったすれ違いが招いたこと。罪があるとすれば、それを問われるべきなのは私たち二人だ。君たちが自分を責めることはない。職務に戻ってくれ」
と静かに言った。
兵士たちはその言葉に感動し、この先はルデウス四世ただ一人に命をなげうってでも仕えると熱狂的に誓ったのだった。
そんな光景の横で。
「もう無理です~。お願いだからオレをパーティから外してください」
泣き言をいう男が一人。
「ダメだ。君がいなくなったらつまらないじゃないか」
そして涙の嘆願を無慈悲にはねのける男。
「何でも小さな袋から出て来て面白いじゃないか! 君はとても面白いぞ、自信を持ちなさい」
「それって」
ロハスは絶句する。
「オレじゃなくて『何でも収納袋』の存在価値じゃない? 袋があれば、オレいなくても良くない? それなら袋あげるから……いやいや、あれは家宝だし便利だし、オレの全財産入ってるし。ああ、でも相応のお金を積んでくれたら譲っても。いやいや、船長は貧乏だからお金持ってないってば」
なんか勝手に思考の袋小路に入っている。
アホらしいのでオウルは観察するのをやめた。
ハルベルは気を失ったグロウルを縛り上げていた。セルゲについても、轟音を聞いて駆け付けた宮廷魔術師・セガールがやって来て拘束のまじないをかける。
「グロウル卿が外部から魔術師を引き入れていようとは」
セガールは驚いていた。ソエルは西方から離れ、山脈や砂漠などで隔てられているので『魔術師の都』で正式に修行した魔術師の数は少ない。大体がこの国に住みついた魔術師から魔術を継いだ、『地付きの魔術師』と言われる者たちだ。
セガール自身もそういうソエル生まれ、ソエル育ちの魔術師である。
「この男は魔術師の塔、ルガール師の門下だ」
バルガスが言った。
「ルガール師の門下は他人の思考への介入を良くする。身体に着けている呪具をすべて取り上げ、その目には目隠しをしておいた方がいい。言葉にも気を付けたまえ。こちらの質問には最短の単語で答えさせること。韻を踏むような言葉遣いをし始めたら要注意だ。魔術を学んだあなた方ならともかく、無防備な人間は心を操られやすい」
「叔父上も操られていたのだろうか」
ルデウス四世がすがるような目をこちらに向けた。
やはり血のつながった叔父が自分に叛意を抱いていたと思いたくないのだろう。
「さあな。ある程度介入され、誘導されていた可能性はある。だがルガール師といえども初めから存在しない考えを他者に植え付けることは出来ないと聞く。彼らは他人の裡にある種に水をやり、自分の思う方向に育てるのだ。ハルベル殿は、最近高官の理不尽な隠退が相次ぐとおっしゃっていたが。それはグロウルに反対する者どもだったのではないか?」
ルデウス四世は黙り込む。その反応が、バルガスの言葉が正鵠を射ていることを示していた。
「ルガール師っていったら魔術師の都でも名の通った方だ。その人の門下がこんなことをするかね」
オウルの疑問にバルガスは薄ら笑いで応える。
「さあな。本人に聞きたまえ。事情があったのかもしれんぞ?」
そう言っている本人が魔術師の都で最も勢力のある塔の出身者だと思いだして、オウルはそれ以上ツッコむ気をなくした。確かに事情はあったのかもしれない。知りたくもないが。