第16話:王城の戦い -10-
また軋み音がした。天井が音を立てながら少しずつ下がってくる。
「どうにかならないのかね」
ぐったりした二人を背負ったバルガスが近付いてきて言った。
「なるか」
オウルは乱暴に答える。
「仕掛けが見えていればまだしも、壁の中じゃあ手の出しようがねえ。先達、アンタはどうだ」
「そうだな」
バルガスは陰鬱なまなざしで、近付いてくる天井を見上げた。
「破壊してみるか?」
薄笑いを浮かべる。
「やめてくれ」
オウルは即座に却下した。
釣り天井が謁見の間に集った人間の圧死を狙ったものなら、それなりの重量と厚みがあるはずだ。
仮に破壊できたとしても、それだけの重量の物質が落下してくる事実に変わりはない。動きが予測できない点で、ある意味現状よりも危険かもしれない。
「では急げ。とは言っても」
黒い瞳が広間の出口と自分たちが今いる場所を測る。
「先程のように、急激に落下してきたら全員ここで終わりだな。いや、アベル君だけは助かるか」
また陰鬱に嗤う。
その言葉を聞いて、
「おいっ、そこの兵士!」
オウルは叫んだ。
「そのクサレ神官をこっちに向かって蹴り飛ばせ! 今すぐにだ!」
広間の外の兵士たちが戸惑った様子を見せる。
「オウル殿、なんてことを!」
アベルがひとり憤慨しているが、オウルは構わず繰り返した。
「いいからさっさとやれ、今すぐだ!」
その断乎とした調子に乗せられたのか、アベルの後ろにいた兵士の一人がためらいがちに、しかし容赦なく神官の背中を広間の中に向けて蹴り飛ばした。
「死ぬならパーティ全員でということか」
バルガスが冷たく言う。
「心中希望かね」
「なんであんなクサレ神官と心中しなくちゃいけないんだよ」
オウルは言った。まあ、アベル一人だけが生き残るということになればそれはそれで腹が立つが。
「アイツの幸運値は人間離れしてるんだ。アイツがいるだけで生存の可能性が上がるかもしれない」
「神頼みだな」
「相手が神官だけにな」
言い返してオウルは考える。これは時間稼ぎの気休めに過ぎない。アベルのことだから、他の全員が圧死してもひとりだけ何かの隙間に挟まったりして生き残りかねない。
オウルはもう一度広間と、ガタガタ軋みながら下がってくる釣り天井を眺め、そして気付いた。
少しずつ下がってくる天井の少し下の壁に窪みがつくってあり、昔の王の青銅像が安置されていた。青銅の国王は左腕を前に突き出し、笏を握っている。
「あれだ」
つぶやいて杖を握りしめ、距離を測りその像めがけて呪文を唱える。
「ムンプルクワット!」
手ごたえはあった。
そのままオウルはロハスを叱咤しながら、兵士を引きずりひたすら出口を目指す。
「今のは何かね」
バルガスがたずねた。
「あの王様の腕が、天井が落ちて来る時に邪魔になるだろう。それで、少しでも長く支えてもらえるように補強した」
オウルは答えた。
「といっても、どれだけ持つか分かったもんじゃないが。何しろ、本来は吊り棚の棚受けを補強する呪文だからな」
それを聞いてバルガスは莫迦にしたように眉を上げ、そのまま彼らを追い越して出口に向かってしまった。アベルもとっくに広間を這い出して外に戻っている。
「急げ、君たち! ぺしゃんこになるぞ」
ティンラッドがなぜか嬉しそうに二人をせかした。
ようやく広間の端にたどり着き、倒れた兵士を仲間の手にゆだねたところで青銅の像の腕がぽきりと折れた。
少しの間をおいて釣り天井が一気に床まで落ち、もうもうたる埃とともに轟音と震動が響き渡った。