第16話:王城の戦い -5-
アベルとハルベルの表情が変わった。
「グロウル卿。言って良いことと悪いことがある。この方々は私がお連れした客人。卿は私がだまされているとでも言いたいのか」
ハルベルの叫びに、グロウルは冷笑する。
「失礼だが、ハルベル殿は少々単純でいらっしゃるからな」
ハルベルの顔が真っ赤になった。
「何と無礼なことを。大神殿の権威をないがしろにするにもほどがありますぞ」
アベルはもっと顔を赤くしていた。
「この私の身分を疑うなど。失礼極まりません。船長殿、バルガス殿。容赦はいりません、あの狼藉者に思い知らせてしまいなさい」
お前は何様だ、とオウルは思った。
同時に、アベルがパーティ内で誰を頼りにしているかがよく分かる発言だった。
グロウルの横について来た、フードをすっぽりかぶったローブ姿の男が何か耳打ちをする。
それを聞いてグロウルは声を上げた。
「動くな。そこの男、お前が最も怪しい」
指さしたのはバルガスの長身だ。
「陛下の御前で、ステイタスをあらわにしないとは何事だ。そう出来ないわけでもあるのか?」
ほら。だから問題になると思ったんだ。
オウルは内心、舌打ちする。バルガスは表情を変えない。
グロウルの声と同時に、広間の壁沿いに何人ものフードの人影が現れた。
「この部屋は包囲した。全員、腕利きの魔術師だ。それだけの人数で対処できると思うなよ」
「叔父上」
ルデウス四世の声が硬くなる。
「そんなに多くの魔術師をどこから。王城に仕える魔術師はセガール師と、そのお弟子殿たちだけのはず。貴方は何をなさろうとしているのです」
「陛下」
グロウルは高圧的に言った。
「ソエルに忠誠を誓う人間だけを傍に置き、ソエルの領域だけを守っているようでは未来はない。この国だけが世界ではない。世界は広いのです。外とも交流を持ち、外の流れを知ろうとしなければ、大きな流れに押し流される」
その言葉にルデウス四世は唇をかみしめる。思い当たるところがあるのだろうか。
「貴方はまだ若い。私の指図に従っていなさい。この者たちは私が信頼する友人です。外の情報を教えてくれ、私の手足となって働いてくれる」
「グロウル卿。それは叛乱ではないか」
ハルベルが怒鳴る。
「私は若く経験の浅い国王陛下を補佐するため、動いているだけのこと」
グロウルはそれを嘲うように言った。
「ならば、なぜ陛下に剣を向ける」
「異なことを。私はその狼藉者どもを排除しろと命じただけだ。陛下を傷付けるつもりはない」
もっとも、と付け加える。
「陛下がその者どもから離れてくださらないと、思わぬ怪我をする危険はありますが」
「叔父上。この方々を客人として遇すると私が決めたのだ」
ルデウス四世はきっぱりと言った。
「それを翻すつもりはない。剣を収めろ」
兵士たちを見回して命令する。
二人から異なる命令をされ、兵士たちに躊躇いが走る。
「貴方には何もわかっていないと申し上げただろう!」
グロウルが苛立った声を上げた。
「もういい。陛下に多少の傷を負わせても構わぬ。良い教訓になるだろう。皆、一斉にかかれ!」
兵士たちが剣を構え直す。
「あれは倒してもいいのか?」
ティンラッドが刀の柄に手をやりながら、少し退屈そうに尋ねた。
「私の兵だ。出来れば手荒なことは避けたい」
ルデウス四世は固い表情のまま言う。
「そう言っている場合ではありませんぞ」
ハルベルも剣を抜いた。
「さて。我々はどう出るかね、オウル君」
バルガスが目だけをオウルに向けて言う。
うるせぇな、とオウルは思った。
今、準備中なのだ。気をそらさないでほしい。
広間にグロウルが現れ、彼らに敵意を向けた時から。傍に寄り添うフードの男が魔術師だということは分かっていた。
だからオウルは彼なりに対策を立てたのだ。
頭の中に複雑な術式を展開する。
小声で呪文を詠唱し、準備動作を進める。
この状況では道具を使っての術展開は望めない。だが広間の中という閉ざされた空間で短時間なら、必要な効果を得られるだろう。
全ての用意を終え、オウルは月桂樹の杖を握る。
広間は緊張状態にある。
数では勝るものの、ティンラッドの剣気とバルガスの眼光に押されて敵はこちらの出方をうかがっている。
劣勢なこちらも、打って出るための機会を待っている。
張りつめた均衡。
それを破ってやろうじゃないか、とオウルは思った。
「メルンプハン・シアヒア!」
効果を顕す呪文を唱えるその声が、広間に響き渡った。