第15話:再び城下町へ -4-
「船長」
思わずオウルは舌打ちした。
「ちょっと待て。返事をする前によく考えろ」
「考える必要は別にない。ソエルを狙っている者がいるなら、王城に攻撃をかけてもおかしくない。敵がいるならそこへ行く」
ティンラッドの論理はそれだけだ。
「いや待て。あやしいことがあると言ったって、魔王が関わっているとはとは限らねえし。お城の家来同士の単なる足の引っ張り合いかもしれないじゃねえか」
そんなことに巻き込まれても面白くないとオウルは思う。
そして、どうしていつも止めようとするのは自分だけなのか。
他の連中ときたら。
「船長の好きなようにしたまえ。私の立場ではついて行くことしか出来ないのだからな」
とか。
「もちろん請われれば参りますぞ。大神殿の威光に従う者に神の奇跡を見せるのが、私の使命なのですからな」
とか。
「じゃ、城下町での滞在費用はハルベルさん持ちで。お礼、いや特使様へのお布施の額は別途相談で。もちろん王様からもいただけるんですよねー」
とか。
何でこんなに行く気満々なのか。
オウルとしては、それを問いたい。
「もういい。知らねえぞ、後で来なけりゃ良かったなんて言っても」
四対一では抗する気もなくなり、オウルは横を向いた。
「来ていただけるのか」
ハルベルは嬉しそうになった。
「ああ。では行こうか」
ティンラッドは立ち上がる。ハルベルは怪訝そうな顔になった。
「む? どこへ行かれる、ティンラッド殿」
その言葉に、今度はティンラッドが首をかしげる。
「城下町へ行くんだろう? さあ、急ごう」
「行くって。もう日が暮れているではないか」
ハルベルは仰天し、目の前のまだろくに口をつけていない食べ物と飲み物を困惑したように見下ろす。
「君の住む町と大切な人たちが危険にさらされているんじゃないのか。だったら行こう。すぐ行こう。さあ、立ち上がる!」
ティンラッドはイライラしてきたらしく、命令口調になった。
「いや、それはそうなんだが。待て、夜は魔物が多いし」
「魔物を恐れていたら魔王退治などできない! 君は私たちに来てほしいのかほしくないのか、どっちなんだ!」
何だか雲行きがあやしくなってきた。
魔物と戦う前に、ティンラッドとハルベルの間で一戦起きそうな雰囲気である。いや、ティンラッドが一方的に襲い掛かりそうと言うべきか。
やはりこの二人、根本的に相性が悪いのかもしれない。
オウルはティンラッドが城下で暴れたことをハルベルが思い出すのではないかと思ってドキドキした。
「まあまあまあ、船長。タダメシはたっぷり食べないと。そしてタダのお風呂とタダの寝床も堪能しないと罰が当たるよ」
幸いロハスが仲裁に入ってくれた。
「そうですぞ船長。今夜はハルベル殿と我々の出会いを祝してとことん飲み明かしましょう」
アベルも尻馬に乗る。
ことタダの食事に関する限り、この二人は本当に息が合っている。
「君たち。そんなことでいいと思っているのか。それじゃあ百年たっても魔王を倒せないぞ」
普段はのんびりしているくせに、ティンラッドは怒りはじめた。早く戦いたいのだろう。
「あきらめろ、船長。腹が減っては戦は出来ねえだろ」
オウルも口を添える。
ティンラッドは機嫌を損ねた。
「君までそう言うのか。君たちは、なんて食い意地が張っているんだ。私は今すぐでも戦えるぞ!」
「戦えるじゃなくて、戦いたいだろ」
オウルは口の中でつぶやいた。
何でこんなに暴れたがるんだ。昼間、小さいとはいえ舟に乗せてしまったのが良くなったのかもしれない。何しろ相手は陸地で堂々と船長を名乗る人間だ。舟に乗ったことでで調子づいて、早く魔王を倒したくなったのかもしれない。
これからは出来るだけ、ティンラッドを舟に近付けないようにしよう。オウルはそう心に誓った。
風向きはこちらと見たのか、バルガスは一言も言わずに酒を飲み始める。
それを見て、
「君もか、バルガス。君たちはなんて我がままなんだ。愛想が尽きるな」
ティンラッドは非難めいた言葉を向け、もう一度腰を下ろすと不機嫌に酒をあおり始めた。
宵の出立は、何とか諦めてくれたらしい。
目を白黒させてその様子を見つめているハルベルに、
「いいか。アンタが来いってこのオッサンに言ったんだからな。アンタがわざわざ呼び寄せたんだ。それだけは忘れるなよ」
オウルはしっかりと釘を刺したのだった。