第2話:北への道 -3-
その後もティンラッドは暴れ続け。
最終的に、酒場に集まっていた客全部を倒してしまった。
「まあ、運動にはなったな」
服のホコリを払い、
「騒がせたな。これを取っておきたまえ」
軍からもらった銀貨の袋をぽん、と店主に渡し、すたすたと店を出る。
オウルはあわてて後を追った。
そして、今、酒場に置いてきたのが正真正銘、ティンラッドの有り金全部という厳粛な事実を知った。
が、全ては後の祭り。
金を取り戻すなど、「みっともない」と言ってティンラッドは承知しなかったし、交渉してもムダだろう、とオウルも思った。
オウルが店主なら、一度もらった金を返そうなどと思わない。
もちろん、こんな騒ぎを起こしたティンラッドと一緒に旅立とうなどという物好きはおらず。
オウルは、自分のわずかな貯金で船長の宿代を精算し、旅立ちのための水や食料、薬草や毒消しなど必要な物を買い集めることとなった。
費用の点では、完全にマイナスからの出発である。
縁起が悪いことこの上ない、とオウルは思った。
それから、縁起なんか最初から悪いに決まっていた、と思い直して、ますます暗い気持ちになった。
二年間、借りていた小さな部屋の持ち物を売った金で、なんとかボロボロの荷車と老いぼれのロバを買った。
唯一、救いだったのは徒手空拳と思われたティンラッドが、宿に装備を置いていたことである。
武器は、刀(新月)と刀(皓月)。
防具は、革の胴着。
オウルから見れば軽装に見えたし、片刃の見慣れない「カタナ」の威力には疑問を呈したが、
「私にはこれが一番戦いやすい」
というティンラッドの簡潔な言葉に、それ以上言うべきことはなかった。
所詮、オウルは戦闘については素人だ。
戦う本人の意見を信じるしかない。
ただ、問題なのはその「戦う本人」の技量と装備に、オウルの命まで委ねられているところだ。
それも、ほぼ強制的に。
だが、それはもはや、神とティンラッドのみ知るところ。
オウルには運命に抗うすべはない。
新しい武器や防具を自分の貯金から買い与えなくて済んだだけマシだった、と思うことにした。
そして、北へ向かって歩き出して数日。
途中、飛び跳ねウサギ(凶暴)や草原オオカミの群れや巨大ワシ、沼では泥人形や怪魚などが次々に襲ってきたが、全てティンラッドが難なく倒してしまった。
確かに、ティンラッドは強い。
おかげで、オウルのレベルも上がった。
ちなみに、「レベル」というのは魔物の登場と一緒にこの世に出現した概念だ。
その仕組みはまだ解明されていないが、この「レベル」というものは、魔物と戦えば戦うほど上がっていく。
そして「レベル」が上がれば上がるほど、魔物への攻撃が通りやすくなるのだ。
それは剣による斬撃でも、魔法による攻撃でも変わりはない。
レベルが高い者ほど、魔物に対しては強い。これは絶対の真理である。
だが、単純にレベルが高い者が歴戦の勇者かというと、そうでもない。
オウルのように直接魔物に攻撃をしない、戦士にくっついているだけの者でも、魔物に勝利したパーティの構成員であればレベルが上がるためのポイントにあずかれる。
攻撃呪文を使えない魔術師であるオウルが、そこそこのレベル持ちだったのもこの事情による。
生まれ故郷からソエル王国まで、オウルはあちらこちらのパーティに所属して放浪してきた。
人数の多いパーティなら、補助魔法要員としてオウルも仲間に加えてもらうことが出来たのだ。
旅した距離だけなら、自分はそこらの剣士より豊富な経験を持っているとオウルは自負している。
その彼も、たった二人であてのない旅に出るような心細い破目に陥ることになるとは、予想だにしていなかったが。
城下町を出てから何組目かの草原オオカミの群れをティンラッドが全滅させたのを片目で確認してから、オウルは傾きつつある太陽に目を移した。
「うう、寒い。何だか、風がえらく身にしみやがる」
北から吹いてきた風に、身を震わせる。
今の彼の装備は、通常の村人の服装の上に「魔術師のマント(オールシーズン用)」をまとっただけである。
ティンラッドは、オウルの貯金で「秋のコート」を買っていた。
新しいコートは長身の船長に似合っているが、それが自分の貯金から出たと思うとオウルは面白くない。
「雲行きがおかしいな。夜には降ってくるぞ、オウル」
ティンラッドは北に低く垂れこめる雲を見て、眉をしかめた。