第15話:再び城下町へ -3-
「申し訳ない。決して底意があるわけではなかったのだが」
ハルベルは骨太の指を組み、五人を見つめた。
「そう解釈させたなら謝る。大神殿の特使に都へ来ていただきたいのは私の本心だ。大神殿と陛下の間に誼を通じることが出来るならソエル全体のためになるし、もちろん魔物を遠ざけることが出来るというその術の力にも興味がある」
「術ではありません。神言で……」
口を出したアベルの言葉は、ふぎゃっという悲鳴になって消えた。卓の下でオウルが思い切り足先を踏んだのだ。
ハルベルはそれへ不可解そうな視線を向けてから、また話を続けた。
「だが、それ以外に私には思惑があったことを認めよう。もちろんこれは私個人の疑惑であり、証拠も何もない、思い過ごしでしかないかもしれない話であることは承知しておいてもらいたいのだが」
「いいからさっさと言えよ」
オウルは促した。
「前置きが長いぜ、警備隊長さん。本題に入ってくれませんかね。そうしないと、うちの船長が眠っちまう」
ティンラッドを指さす。
彼は腕を組んで目を閉じたまま、ゆっくりと体を前後に揺らし始めていた。既にうとうとしているらしい。
オウルはこっそりため息をついた。
「これは内密に願う」
ハルベルは声を低めた。
オウルはうなずく。そういう話であろうことは予想がついている。
ただし、他の面子については責任が負いかねる、ということについては黙しておいた。
「近頃、都に不穏な気配を感じる」
ハルベルは言った。
「少し前、大規模な盗賊団の侵入もあった。都の付近は常に警備団が警戒している。大勢の盗賊がやってくれば目につかないわけがない。なのにどうしてそんなことが可能だったのか分からぬ。それだけではない。長年勤めた高官が病気で仕事を務められなくなったり、ありえない失敗をして失脚するようなことが続いている。城の中の雰囲気も落ち着かない。私は常に誰かに見張られているような気がする。守るべき城の中におりながら、敵地にあって挙動をうかがわれているようなのだ。油断してはならぬ、気を抜いてはならぬ。私の感覚が常に自分にそう訴えてくる」
そう言って、彼は神経質な笑いを浮かべた。
「おかしいと思うか。私がおかしくなっている、功を焦って事件を欲しがっていると言う者もいる。そうであってくれればむしろ喜ばしいのだが。私は今の状況が落ち着かない。ソエルの民に、国王陛下に、いつか悪いことが起こるのではないかと思わずにいられない。だから君たちに城に来て、直にその様子を見てもらいたいのだ。大神殿の特使を擁し、魔物を倒してトーレグを救った君たちならば、私が感じているものの正体を見極めてくれるかもしれない」
「なるほど」
オウルは短くつぶやく。
それが本当なら、分からないでもない。疑いともいえない疑い、苛立ちに近い感覚。そんなものでは城の他の人間に助力や助言を仰ぐことも難しいだろう。
そしてアベルには(内実はともかくとして)『大神殿の特使』という立派な肩書きがある。
ハルベルがそれにすがりたくなるのも無理はないかもしれない。
ただ。
ここには魔物を倒してトーレグの町を(一応)救った者もいるが。
その魔物を召喚して町を窮地に陥れた張本人もいる。
ついでに、魔物から解放されて心が緩んだ町の人々の心の隙に食い込んでダニのように金をせびり取っている人間もまじっている。
つくづくまともなパーティじゃねえ。自分たちを省みてオウルは思った。
そして、この依頼は受けない方が良いのではないかと思った。
バルガスの正体や、ロハスの所業や、ついでにアベルの人間性が相手にバレたら、ろくなことにならない予感しかしない。
何とか断ろう。そう思った時。
「分かった、行こう」
という声がした。
眠っていたはずのティンラッドが片目を開けて、ハルベルを見ていた。