第14話:封印と魔法陣 -9-
「たどり着けば認めると初めから言ってある」
バルガスはそっけない。
「君はたどり着いた。だから認めた。それだけの話だ」
言われてみればその通りなのだが。
「何のためにそんなことをした」
声が尖る。問い詰めようと灰色の瞳を怒らせる。
バルガスは腕を伸ばして焚火をかき混ぜた。
「それにはまだたどり着いていないだろう。安易に他人に答えを求めるとは堕落しているな、オウル君。それでも魔術師を名乗る人間か?」
そう言われてオウルは言葉を失う。なんという返答だろう。
「それで済むと思ってるのかよ、アンタ」
「そういう約束だと思っていたが。それで困ると言うなら、私はこのパーティを離れざるを得ないな」
暗い瞳はティンラッドの方を向く。
「船長」
オウルはわめいた。
「こんなの許すのかよ。あの災厄の張本人だぜ。このまんま大きな顔をさせておくのか」
「そうだなあ」
ティンラッドはのんびりとあごをなでた。
「だが、確かにそういう約束だったな。バルガスが正しい。過去のことは詮索しないという話だったからな」
「だ、そうだ」
バルガスは肩をすくめる。
「どうする? 君の方が出て行くか?」
オウルは黙り込んだ。このパーティを離れること自体はやぶさかではないが、追い出されるとなるとまた話は別である。
まるで自分が悪いようではないか。それでは筋が通らない。
子供の頃から筋が通らないことには我慢がならない性分だ。厄介なことに。
だいたい、このパーティーにはろくでもないヤツしかいない……そんなことはとっくに骨身にしみていたはずだ。
バルガスがどんなにろくでもないヤツであっても、だからと言ってオウルが出て行かなければならないことにはならないではないか?
どうせ他のヤツらもろくでもないのである。
「そんなことは言ってないだろ」
オウルはそっぽを向いて、
「ロハス、何か食うもの出せよ。焼いて食べよう」
と催促した。
「この場合、オレは誰に怒りを向ければいいんだろうねえ」
ロハスは肩をすくめてから『何でも収納袋』を探った。
「バルガスさん? オウル?」
「じゃ、間を取ってクサレ神官にしておけ」
自分とバルガスの間に座っていたアベルに目を向ける。
「そ、それは理不尽ですぞ?」
アベルがあわてた。
「まあいいや。この貸しは二人につけておくから」
ロハスはニヤリと笑って、小枝に刺したチーズを焚火で温める。
何となく背筋が冷たくなるような笑い方だった。
オウルはバルガスを睨む。
「アンタのせいだぞ、先達。俺の分のツケも払えよ」
「知らんね。自分の負債は自分でどうにかしたまえ」
バルガスは素っ気ない。
「それにしても、何のためとは。質問ももう少し考えてするものだ」
威嚇するような笑い方をする。
「魔物を召喚するような業が、町の人々の安寧を祈ってやるようなことではないことくらい分かりそうなものだが。あんなことを口にするようでは、魔術師としての程度が知れるな」
「なんだと?!」
オウルは言い返しかけて、その言葉の意味に気が付く。
その通りだ。魔物を召喚するような行為の意味することは一つだけだ。
ここに住まう人たちに災厄をもたらすこと。
バルガスは意図してあの禍をトーレグにもたらした。
あの砦で彼は何と言っていたか。
「自分の役目は、国境を封鎖してソエルを孤立させることだった」
そう言っていたのではなかったか?
孤立させて、どうするつもりだったのか。その点をオウルは今まで考えて来なかったが、国境の封鎖に加えて新たな魔物を召喚していたとなると、ぼんやりと見えて来るものがある。
ソエルを今以上に魔物の跳梁する場所に。
他に答えはない。
何のためにそれを。
誰が望んで。
それを問うても、黒髪の魔術師は答えてはくれないだろう。
莫迦にしたように嗤うだけ。
彼は示唆は与えても答えは教えてはくれない。
何様だよ、とオウルは腹立たしく思った。
ティンラッドが手を伸ばし、ほどよくとろけて焼き目のついたチーズを手に取った。
「食べ終わったら町へ戻った方がいいな」
そう彼は言った。
他の者もつられたように、チーズに手を伸ばす。
「バルガスさん、封印はうまくいったの」
湯気の出るチーズを息を吹きかけて冷ましながら、ロハスがたずねた。
「当然だ」
バルガスはこともないといった調子で答えた。
「我が師の遺志は果たした。あの研究室は封印された。再び開かれることはない」
それからその黒い瞳がさまようように秋の青い空を見上げる。
「時が来るまでは、ということになるのだろうな。マージョリーの言うとおり、永遠に破られることのない封印などないのだから」
その言葉の意味を、今度はオウルも問いかけはしなかった。