第14話:封印と魔法陣 -8-
「大体、何のためにあんなとこに行ったんだよ」
落ち着くとロハスが文句を垂れ始めた。
「ちゃんと説明してくんないと、こっちだって納得いかないよ」
オウルは火の傍に胡坐をかいて座る。洗濯物が乾くには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
意思を問うように、灰色の目でティンラッドを見る。船長はその視線に気付き、眠そうに眉を上げた。
「言いにくいことなのか?」
オウルは黙って首を振る。
「だが、俺の言葉でパーティに居心地が悪くなるヤツが出て来るかもしれねえ」
「言わないとオウルの居心地が悪くなるよ。オレがイヤガラセするから」
ロハスが口を出す。
うるさい。ひと睨みしてから、ティンラッドに視線を戻す。
「構わないか?」
「必要だと思うならハッキリさせた方がいい」
ティンラッドの言葉にオウルはうなずいた。
「俺は、前にあの洞窟に来た時から気になっていた。前に来た時にはあそこは一面の氷に覆われていたが、魔物が氷を崩した時に一瞬だったが壁に何か描いてあるのが見えたんだ」
言葉を少し切り、一座を見回す。
「俺はそれを召喚陣だと思った」
誰も何も言わない。オウルは話を続けた。
「気になったから、魔物が消えた後で壁に近寄って見たんだが。岩壁は粉々になって、もうどんな陣が描かれていたのかは確認できなかった。ただ赤い顔料で人の手によって何かが描かれていたことだけは分かった」
この中で、自分の話の意味が分かっているヤツがどのくらいいるのか。
話しながら思う。あまり期待できない。
だが、一人だけは分かっている。そのはずだ。
その一人をまっすぐに睨みつけながら、オウルはまた口を開く。
「ところで、トーレグを離れてから俺はその赤い顔料を何度か見かけた。最初はシグレル村の境界を示す碑、全ての端に。そして、それだけじゃない」
その視線に、相手の黒い目が物憂げにオウルを見返した。
「西の砦のアンタの住まいでも、アンタはいつも赤い顔料を使っていたな。境界標から採取したものと、さっき岸壁から採取したもの」
オウルは二つの瓶を懐から出し、全員の前に示す。
そして長身の魔術師に向かい。
「中身を比べて見れば同じ調合かどうか確認できると思うが。何か言うことはあるか、先達」
挑戦状をたたきつけた。
バルガスはオウルの灰色の目を見返し、
「回りくどいな、オウル君。言いたいがあるならハッキリ言え」
魔術師の塔で先達の徒弟が後進を指導する時のように、厳しい口調で言った。
オウルも負けていない。
「じゃあ、はっきり言うぞ。トーレグの街でアンタを見かけたことがある気がするってヤツがいたな。アンタはあの町に初めて来たわけじゃない。いつの頃だか知らんが、西の砦を抜けてここまでやってきた。そして、あの広間で魔物を召喚したんだ。そうじゃないと言えるなら証拠を添えて反論してみろ」
睨み合うオウルとバルガスを、ロハスとアベルは驚いて見比べた。
その横でティンラッドは眠そうに茶色の瞳を閉じる。
だがその見た目ほどには、彼の気配は気を抜いている人間のものではなかった。
焚き火の周りの空気がぴんと張りつめる。
それを破るように乾いた音がした。
バルガスが大きな手を打ち合わせていた。
「おめでとう。たどり着いたな、オウル君。君の言うとおり、あの場所で魔物を召喚したのは私だ」
莫迦にしたような口調に、オウルは思わず絶句した。バルガスの考えが読めない。
「認めるのかよ!?」
怒鳴る。バルガスは訝しそうに彼を見た。
「何をあやしむ? 私がそういう存在だということは、君たちは十分承知していると思っていたが」
確かにバルガスは闇の魔術師であり、何らかの目的で魔物を使って西の砦を占拠していた人間だ。
魔王とのつながりも、認めてはいないがほのめかしたことはある。
「認めるのかよ?」
オウルは半信半疑でもう一度つぶやいた。