第14話:封印と魔法陣 -5-
ティンラッドは慎重に小舟を岸壁に寄せた。岸壁の近くには崩れ落ちた岩がいくつも転がり、岩礁を作っていた。
オウルはルミナの呪文で杖の先に灯りをともし水面をのぞきこんだ。暗礁に乗り上げたらこの古舟にはたやすく穴が開くだろうし、衝撃が新たな崩落を呼びかねない。
「左に大きな岩が沈んでる。もう少し右。行き過ぎだ。そっちにも岩が落ちてる」
水中の様子を報告するオウルの言葉にロハスが、
「もうやめようよ~。お願いだから、帰ろうよ~」
と泣き言を上げた。
舳先がコツンと音を立て、岸壁に軽くぶつかる。
同時に上の方から小石が一つ落ちて来て、少し離れたところにぽちゃんと落ちた。同心円状の波紋がこちらにも伝わってくる。
「オウル。急げ」
上を見上げてティンラッドが、固い声で言った。
オウルはうなずき、すぐに岸壁に目を走らせた。
そこは前にも眺めた場所だ。岸壁に大きな魔法陣が描かれていた、その名残。
水がたまったおかげで、地上から見るより目線の位置が上がった。おかげで前よりも近くからその痕跡を観察することが出来た。赤い塗料で大きく描かれたその断片。やはり召喚陣の一部のように見える。
オウルは慎重に手を伸ばし、顔料を採集して手持ちの小さな瓶に入れた。
また小石が落ちて来て水面に落ちた。
続けてもう一つ、オウルの指先をかすめて石が落ちてくる。
「いかん。もうここを離れるぞ。オウル、腰を落とせ!」
ティンラッドの鋭い声が飛ぶ。
同時に足元に衝撃があって、小舟が大きく後ろ方向に動いた。
オウルは転がり落ちそうになり、とっさにしりもちをついてそれを防ぐ。
舟はぐらぐらと揺れた。
そのすぐ横に、人の頭ほどもある岩の塊が落ちて来て水柱を上げた。
「うっひゃあ!」
水をかぶったロハスが情けない声を上げる。
「落ちる落ちる、舟がひっくり返るう!」
「暴れるな。しっかりつかまっていろ。下手に動くな」
ティンラッドの厳しい声が、ロハスの恐慌をいったんおさめたが。
「ひっくり返ったら泳いで戻ることになるぞ」
余計なことを付け加えるので、またロハスは騒ぎ出した。
「落ち着け。多分足がつく深さだ。歩いてでも帰れる」
「こんな水の中に入ること自体がイヤなんだってば!」
オウルのなだめる声にも効果がない。
「出来れば舟を失いたくないな。間に合わなくなるかもしれない」
鋭いまなざしで周りを見ながら、ティンラッドが静かに言った。
その手が棹を操り、小舟は急速に旋回する。
後方に先ほどよりも大きな岩塊が落ちて水面を揺るがした。
「ひいい! ここに来るとこういう運命なのかなあ! もうオレ、二度とこんなところに来ないからな、オウルのバカあ!」
ロハスのやけくそな呪いが洞窟に響き渡る。
「大声はやめなさい」
ティンラッドが言った。ロハスの声にこたえるように、更にたくさんの小石や瓦礫が降り始める。
「もう岩盤が緩み切っているようだな。君たち、天に運を任せなさい」
そう言いながら舟を操るティンラッドの瞳は輝き、口元には笑みが浮かんでいる。この状況を楽しんでいる。
あちこちで水の中に岩が落ちていく。複雑な波が起こり、小舟は翻弄される。
傾き揺れる甲板で水しぶきに濡れながらまっすぐに岸を指し舟を進めるティンラッドのことを、オウルは初めて頼もしいと少しだけ思った。少しだけ。