第14話:封印と魔法陣 -3-
オウルは三叉路を右に折れ、道を下った。ロハスがおっかなびっくり、ティンラッドが欠伸をしながらついて来る。
「ここだ」
オウルは無造作にその空間に足を踏み入れた。
氷の巨人と戦った極寒の大広間。
厚く覆っていた氷壁も氷柱もずいぶんと融けたその場所は、今は地底湖のようになっていた。
「うっわー。また、ここに来ることがあろうとは」
ロハスは厭そうな顔をする。
「また何か出るんじゃないだろうね? あの巨人がこう、水の中から甦って来るとかさあ」
「魔力の気配はない。残念ながら何も面白いことは起きなさそうだな」
ティンラッドが本気でつまらなさそうに言った。
そういう感性もどうかとオウルは思う。
「それで? オウル、君はここで何をする気だ?」
ティンラッドの目がオウルを見る。
「ああ」
オウルは生返事をして、褪せた色合いの髪をかきまぜた。
「ロハス。小舟かなんかないか? 奥の岩壁まで行きたいんだ」
「あのねえ。この袋に入ってるものは基本、売り物なんだよ」
ロハスは不満そうに『何でも収納袋』を叩く。
「オウルさあ。オレのことを言えば何でも出してくれる便利屋だとカン違いしてない?」
「沈まなきゃ何でもいいんだよ。お前のことだから廃船寸前のボロ舟とか持ってるだろう」
「うーん。仕方ないなあ。使うと売値が下がるんだけどな」
ブツブツ言いながら、ロハスは袋からボロボロの小舟を引っ張り出した。
やはり言えば大抵のものは出て来る。
ただし予想以上に木材は傷み、塗装ははがれてあちこちヒビが入っている代物だった。
「オイこれ、本当に水に浮くのか?」
「失礼な。これは、ある湖で漁師のおじいさんが雨の日も風の日も、六十年間休むことなく漁に使い続けたいわくつきの逸品」
「六十年物かよ! そんなの絶対、途中で沈むだろ!」
ツッコむオウル。
「いや。確かによく手入れはされている」
小舟をじっと見ていたティンラッドが言った。
「だが、残念ながら左舷に大きなひびがあるな。この位置では水が入る」
茶色の瞳で、オウルが指差した奥の岩壁との距離を測る。
「あそこまでは何とか行けるだろうが、帰りはムリだろうな。みんなで泳ぐか?」
「ヤダ。こんな得体のしれない湖で泳ぐのはヤダ」
ロハスがキッパリ首を横に振った。
オウルも同感だった。
「船長。ここのひびを塞げば、この舟でも水の上を進めるのか?」
たずねる。
ティンラッドはちょっと首をかしげ、それから小舟の上にかがみこんだ。
あちこちを慎重に触ったり、動かしたりしてみる。
「底板に緩んでいる箇所がいくつかあるな。全体にも油を塗った方がいいだろう」
「やっぱりクズ舟じゃねえかよ。これで金を取ろうなんて、ひどい魂胆だ」
オウルは毒づく。
「そんなことないよ。船長の言うこと聞いてた? 手入れをすればちゃんと使えるわけですよ、この舟は」
「物はいいようだな」
オウルはそう言って、自分もかがみこむ。
「もう一度確認するぞ、船長。固定するのはこことここ、横のひびはここからここまでを塞げばいいのか?」
「船尾の方も一か所緩んでいる」
ティンラッドはその部分を指さして示した。
「それから舷側のひびはこっちまで続いている。直せるなら、ここまでやった方がいい」
「成程」
オウルはため息をついた。
「まったく手間がかかるぜ」
それから魔術の準備に取り掛かった。