第13話:魔術師の娘 -5-
オウルはムッとした。
サルバール師と旧タラバラン師の門下、現アルガ師・カジリア師の両塔とは昔からあまり仲が良くない。
タラバラン師の門下に言わせればサルバール師の研究は、「あんなもの魔術とは言えない」となり。
サルバール師の門下生は、「タラバラン師の門下生は口ばかり達者で、高慢だ」と言い返すという。
ありていに言って、知の都の住人らしくない程度の低い言い争いをする関係だった。
オウルたち、サルバール師の門下生の側にも言いたいことはいろいろある。
師の研究に価値がないなどと言うのは、表面的な部分しか見ていないからだ。サルバール師の研究範囲は広大で、まだ手を付け始めたばかりの分野だ。だから、成果があまり上がらないように見えるのは仕方ない。
だが、それだけにサルバール師の視野は他の塔の御師たちよりもずっと広く、その視座は高いのだ。
それが理解できないタラバラン師の門下生たちは、物事の価値の分からない馬鹿者ばかりで。
と、そのような悪口が舌の先まで出かかったが。
オウルは何とか自重した。
こちらは招かれた客の身であるし、自分の横に立っているバルガスもタラバランの門下生。
二対一では分が悪いし、客が主人に喧嘩を吹っ掛けるのは無礼だろう。
「ここで師匠の研究についてあれこれ言うつもりはねえよ」
そっぽを向いて、それだけ言って我慢した。口調が苦々しくなったのは仕方ない。
そこまで抑える筋合もないと思う。
「用がないなら、俺は広間に帰るぜ。邪魔したな、先達」
背中を向けて引き返そうとする。
それを、またしてもバルガスが引き留めた。
「待ちたまえ。君は少々、短気なようだな。オウル君」
「バルガス。私には話はないって言ったでしょう」
マージョリーもイライラした様子になってきた。
それへ。
「私にはあるのだよ、マージョリー」
バルガスは切り込むように言った。
「師匠の研究室の封印が破られたそうだな。あそこには模造ドラゴンを仕掛けておいたはずだが。いったいどういうことだ?」
「ああ」
マージョリーは不快そうな表情になった。
「あれは貴方の仕掛けだったわね。それが気になっていたの? いいわ、教えてあげる」
彼女は肩をすくめる。
「ダルガンを覚えていて? 彼の息子が来たのよ。炎の剣を持っていたわ。あなたの模造ドラゴンは良く出来ていたかもしれないけれど、触媒に氷を使ったでしょう。多少苦労したようだけれど、最終的には解呪出来たようよ。今度からは、もう少し術構成に気を配ることね」
「模造ドラゴン?」
オウルは目をぱちくりさせる。
バルガスは冷たく嗤った。
「異界の生き物を、現世の物質を媒介にこの世に写し取るのだ。召喚術の応用と考えてもらえばいい。あの研究室を永遠に封鎖するのが師の意向だった。だからマージョリーが師の遺した封印術を実行し、私が申し訳程度の門番を置いたのだがね」
その暗い目が。再び、マージョリーを射抜くように見る。
「師匠の封印が、そう簡単に破れるとも思えぬが。その息子とやらは天才魔術師かね。それとも、君の術展開に抜かりがあったのか?」
「馬鹿言わないでよ。そんなわけがないでしょう」
マージョリーは怒りをあらわにした。
「私が解呪の方法を教えたのよ。ダルガンの息子に頼まれたら、嫌といえるわけがないじゃないの」