第13話:魔術師の娘 -2-
「あの研究室の扉を開けたのか」
バルガスが眉を上げた。
オウルはいぶかしい気持ちで振り向く。
「アンタ、知ってるのか。先達」
「少し縁があってな」
バルガスは少し間をおいてから言った。
「私は魔術師の都ではタラバラン師の下にいた。師が隠退されてからは塔を継いだアルガ師の下に入ったが、マージョリーとも旧知だ」
オウルは口をぽかんと開けた。
「ホントかよ」
「疑うならマージョリーに聞いてみればよかろう。彼女はこの町にいるのだろう?」
「旧知の方でしたか。それはマージョリーさんが喜ぶ」
町長はニコニコしている。
だがオウルの顔は険しくなった。
「なに、なに。それ、そんな剣呑な話なの?」
ロハスが耳をそばだててくる。
「別に」
オウルは横を向いた。
「タラバラン師って方はな。魔術師の都でも指折りの召喚術の権威だったんだよ。弟子も多くて塔も大きかった。隠退された時には弟子の中からアルガ師とカジリア師の二人が選ばれてそれぞれ別に塔を持ち、弟子たちを引き継いだ。で、この先達はアルガ師の方についたんだってよ」
「それが何」
ロハスは首をかしげる。
「知らないのですか、ロハス殿」
アベルが訳知り顔に口を挟んできた。
「魔術師の都のアルガ師といえば、今は飛ぶ鳥を落とす勢い。都で一番といって良い勢力家ですぞ。大神殿でもおろそかにはできない相手です」
ぺらぺらと得意げにしゃべる。
「へー。バルガスさん、そんな偉い人の弟子なんだ。いや、弟子だったんだ」
そう言ってロハスがバルガスをチラチラと見る。何となく同情がこもった目つきである。
想像するに『都で一番の魔術師の弟子』→『今は闇の魔術師』→『出世街道脱落』→『カワイソウ』とか考えているのではないだろうか。オウルは思わず吹き出してしまった。
「君たち。何か言いたいことがあるのかね?」
バルガスの声が、露骨な怒りを含んで冷たくなる。
「いや別に」
オウルはとぼける。
「ウン。気の毒だから昔のことを聞くのはやめようとか思ってないよ」
ロハスもとぼけているつもりらしいが、相変わらず本音がダダ漏れている。バルガスの空気が更に冷たくなった。
勝手に呪われろ、とオウルは思った。自分は呪い返しを準備しておくことにした。
「オウル君が私に対して底意があるのは分からないでもないが」
それへ当り散らすような口調で、バルガスは言った。
「我が師アルガと彼の師とは仇敵と言って良い間柄だったからな。彼が私に対して悪意のある態度を取るのも理解はしよう」
「なっ」
オウルはきっとバルガスを睨みつける。相手は涼しい顔だ。
「オウルのお師匠様って誰なのさ?」
案の定、ロハスが意味も分からないまま聞いてくる。
「関係ないだろう。都のことを知りもしないヤツに聞かせても無駄だ」
オウルは横を向いた。
それを、
「ロハス君、人間には聞かれたくないことというのがあるものだ。問い詰めるのは良くない」
バルガスは実に意地悪く、ほくそ笑みながらそう言った。
コイツ、根性が根底から腐れている。
オウルはそう思い。
呪い返しどころではない。やり方さえ知っていれば、こっちから呪ってやるところだ、と心の底から思った。
そんな仲間たちの様子を、ティンラッドは退屈そうに眺めていた。