第2話:北への道 -1-
「やれやれ」
どこまでも続く平原を眺めて、オウルはため息をついた。
季節は秋も終わりに近付いている。
夏のさなかなら、大人の男の胸辺りまで伸びてそよぐ草丈も、今は膝より低い。
空を見上げると、南へ渡っていく鳥の群れが見えた。
「攻撃スキルのない魔術師」オウルと、「陸に上がった船長」ティンラッドは、ソエル王国の城下町を出て北へ向かっていた。
目指すは、トーレグの町。かつてはソエル王国の一角だったが、魔物がはびこる現状では、孤立した町に過ぎない。
いや、今現在も町が存在しているのか。それ自体、行ってみなければ分からないのだ。
安易に城下町を出ることに、オウルは最後まで反対した。だが、「魔王を倒す」と決めてしまったティンラッドの決意は揺るがなかった。
オウルは、こんなアレな人を相手に、「魔王を倒せ」などとけしかけるようなことを言ってしまったあの夜の自分を心底から呪った。
どうしてもその決意が覆せない(ついでにオウルがついていくことも勝手に決定されている)ことをようやく理解した時、オウルは両手を上げて言った。
「分かった。もうこれ以上言わない。で、この街を出てアンタはどこへ行くつもりだ、船長。王国なんて名ばかりの今のソエルだが、少なくとも国の中に魔王はいないと思うぜ。どうする、北へ行って国境の砦を目指すか、南へ行って海に出るか。アンタが得意そうなのは南の方だな」
そう問いかけられて、ティンラッドはすぐに返答した。
「北だ」
「陸路か」
オウルは少し意外だった。
ティンラッドが即答したことも、その選んだ方位も。
「で、その心は?」
「簡単だ。私はこの十年、ずっと海で暮らしてきた。海では魔王には遭わなかった。だから、魔王というヤツがいるのなら、ソイツは陸にいるんだろう」
「なるほど」
オウルはそう呟き。
それから、急に「魔王を倒す」などと言う夢物語のような話が、現実味を帯びた気がして背筋が寒くなった。
少なくとも、ティンラッドは真剣だ。
本気で、魔王を倒そうと考えている。
そして、それに付き合わされることになった自分の運命は。
考えるだけでお先真っ暗だ、とオウルは思った。
確かにティンラッドは強い。だが、それが魔王に通じるかどうか分からない。
それ以上に、自分は弱い。
別に魔王じゃなくても、魔物に出会ったら簡単に殺される。それは間違いない。
仲間を増やそう。
そう、オウルは決意した。
ティンラッドと同じくらい、はムリとしても。そこそこに剣の使える奴を、あと二人くらい。
攻撃魔法のできる魔術師も欲しい。
それから、回復魔法を使える神官だ。
最低限、これくらいとして、それ以外にも仲間は多ければ多いほどいい。
もちろん、みんな腕に覚えのある人間だ。それは必須条件だ。
そして、仲間が増えて、パーティが飽和状態になったあたりで。
自分は姿をくらまそう。
その頃になれば、役立たずの自分がいないことなど、ティンラッドは気にも留めないだろう。
瞬時にそう計算して、オウルは酒場に行くことを主張した。
まがりなりにもソエル王国の城下町。
めったにいない旅人も集まってくる率が高い。
そして、魔物だらけの荒野を旅して城下町にたどり着いた旅人は当然腕に覚えがあるだろうし。
旅人が集まると言えば酒場だ。
そこで、使えそうなヤツを見つけて仲間にする。
それがオウルの目論見だったのだが。
そうは問屋がおろさなかった。