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雛は未だ気付かず

 昼時の、日輪が中天から少しばかりズレて輝いている時間。並んで歩く私達を見る人は微笑みながら口々に挨拶をしてくれる。

 初めての賊討伐が終わり、公孫賛様の治める地まで帰って来てから事後処理を終えての二日後。

 まだ帰って来ていない皆の分まで仕事を行いながらも、先程やっと一区切り着いた。



 今は秋斗さんと街にお出かけに来ている。それも驚くことに二人で。

 昨日急に街に行かないかと誘われたが、聞くところによると星さんからお使いを頼まれたらしい。

 でもどうして一緒に? と疑問に思い、頭を悩ませていると、

「それにしても今日は暖かくてよかった」

「しょ、しょうでしゅね!」

 何の脈絡も無く話しかけられ、返答を行うが何故か噛んでしまう。

 私はこの前の戦を終えて帰ってから、どこか変だった。

 秋斗さんと一緒にいたら、顔が赤くなったりしょっちゅう噛み噛みになってしまったり……それに何を話したらいいか 全く分からない。

「――――♪」

 横を覗き見ると秋斗さんは上機嫌な様子で、聴いたことも無い歌まで小さく口ずさんでいる。

 私もこんな風に自然体でいられたらなぁ……なんてことを考えるが、どうしても恥ずかしい気持ちが出てしまっていつもうまくいかない。

「お、地図によるとここだな。星にお使い頼まれた新しい甘味処。雛里、ついでに俺たちも食べていかないか?」

「は、はい」

 目的地に着いたようでその様相を見やると確かに見たことのないお店だった。

 甘いものを食べたら落ち着くかもしれない。

 一つ考えて私達はその店に足を踏み入れた。


 †


 正直緊張している。

 雛里と共に時間を過ごすのは久しぶりではあるがここまで緊張することでは無かったはずだ。

 あの戦の後、日が経つにつれてどう接していいか分からなくなった。

 弱い自分を見せてしまい、年下である彼女に頼ってしまい、恥ずかしい気持ちが多々あるのも事実。

 そんなことを星に相談すると、

「二人で出かけてみれば自然とわかるのでは?」

 と言われて勢いで誘ってはみたが――

「……」

「……」

 どうにも話す事がない。

 たまに話す程度の同級生と電車で二人っきりのような気まずい空間が、俺達の座る席の周りを支配していた。

 さっきは歩いてたから鼻歌と笑顔で誤魔化そうとしていたが、きっとバレてただろう。こっちをじっと見ていたし。

 いかんな、相手は見た目幼女だ。恐れるな。

「えっと」「あの」

「……」

「……」

 話す事を決め、口を開くと同時に二つの声が重なってしまった。

 タイミング悪すぎないか!? また気まずくなっちまったじゃねーか……

「お、おお、お先に、どうじょ」

 噛み噛みで赤くなりながらも必死に紡いだであろう言葉だったが、変なモノに変わってしまい少し笑いそうになった。

 童女はお前だ、とびきり可愛いをつけていい。

「……ありがとう。じゃあ先に、今日は昼から休みなのに付き合ってくれてありがとうな」

「い、いえ。私も……その……」

 返答を行おうとする雛里だったがもじもじと身を揺らせて、声が段々と小さく尻すぼみになっていった。

 そのあまりの可愛らしさに思考が暴走し始める。

 俺の紳士ゲージは強化したはずなのにもうすでに本丸まで陥落されそうなんだが。

「お待たせいたしました」

 店員さんナイス。ダンディな髭のあんたのおかげで自分を取り戻せたよ。

 酒ばかり気にしてで店員の対処などお構い無しな星の紹介してくれた店だが、結構いい仕事するじゃないか。

「とりあえず食べようか、美味そうだし」

「は、はい」

 とは言っても目の前に置かれた品に驚きを隠せなかった。

 おススメ頼んだらホットケーキが出てきた。この前あの店長に作り方とイメージを途中まで教えたが、それが完成してほかの店まで広まったのか? 確かにこの世界はふわふわの肉まんもあるから膨らし粉あっても不思議じゃないが。

 そういやさっきは緊張で確認してなかったがこの店の名前は……『娘仲』

 系列店かよ。漢字がいかがわしい店に見えるのは俺の心が汚いからだろうな。

 あの青いネズミねこのダミ声でこれはひどいと幻聴が聞こえる。

 そんな暴走思考に浸っていたら雛里がほうと息をついて一言。

「……おいしい」

 彼女が頼んだのは杏仁豆腐。

 そういや初めて見たときは杏仁豆腐が普通にあるこの世界に驚愕した。

 どうやって作っているのか見当もつかないし、デザートとして出るなんてこの時代では普通じゃない。

 またしても思考の海に放流されそうになる頭を振り、

「それはよかった。こっちもうまいな」

 俺の前のホットケーキを切り取って一口にほおばって、ゆっくりと味わってから感想を述べる。

 現代の記憶が甦ってきて少し泣きそうになったが。

「それは何がかかっているんですか? 蜂蜜とは違う香りが……」

 おぉ、知識欲からか今度は噛まなかったな雛里。

「こいつは楓蜜って言ってな。特定の楓の木から採れる樹液を煮詰めて作ったものだ」

 そう、メープルシロップである。比較的簡単に採れるしこの時代でもいけた。店長の腕があってこその話かもしれないが。

 じーっとホットケーキを見てる雛里はどことなくモノ欲しそうな眼差しに見えた。

「欲しいのか?」

「あ、いえ、ちがっ……はい」

 赤い顔で首を縦に振ったり横に振ったりを忙しく繰り返す。くいしんぼだと思われるのが嫌なんだろう。大体の女の子は甘いものが好きなんだから気にしなくていいのに。

「はい」

 小さく切り分けてシロップが綺麗にかかっている部分をはしで持ち上げ雛里の前にさし出す。手が汚れちゃいかんし蜜が服に着いたら申し訳ないから食べさせてやろう。

「えっ、あわわ……あ、あーん」

 おう、最初困ってたが食べてくれた。まさに親鳥の気分とはこういうモノか。

「ふわぁ……」

 口に入れた途端にぱぁっと表情がとろける。マナーは悪いが仕方ないことだろう。

 しかしやっぱり好みだったか。おいしいもんなホットケーキ。さすがは女の子、それに雛里も朱里もお菓子作りは得意らしいから店長に材料でも借りて一緒に作ってみたいな。

「気に入ったみたいだな。杏仁豆腐と交換するか?」

「っ! いいんでしゅか!?」

「お、おう」

 噛みながらのあまりの勢いに圧されるがこぼさないように慌てず交換する。まあ喜んでくれるならいいか。

 目の前にやってきた杏仁豆腐を蓮華で一つ掬い上げて口に運ぶ。

 ん、うまい。杏仁豆腐もいいな。

「あ、あわわぁ~!!」

 何故かホットケーキをもぐもぐしながら俺の挙動をじっと見てた雛里が突然騒ぎ出した。

「どうした!?」

 急いで呑み込んで雛里に聞くとわたわたと真っ赤な顔で手を振り、

「く、か、かんせ、かんせちゅ」

 ええいまどろっこしい! 何を伝えたいんだ! かんせ――

 そこで一つの行動に思い至る。

 やっちまった。こっちの世界だったらなんていうのか気になるなぁーあはは。

「ごめん。……うっかり」

「べ、べべべつにいいでしゅ」

 そういや食べさせた時点で間接キスしてたな、と気付いた。どうしようやばい、俺も恥ずかしい。

「……」

「……」

 そのまま無言になり、お互いに食事を続けるも変な空気が晴れることは無い。

 顔を合わせるのも、見るのも怖くなって俯いたまま食べきった。だが非常に気まずい。

「徐晃様」

 時を見計らったかのように店員さんが話しかけてくる。しかしなんで俺の名を知ってるんだ。

「何かな?」

「店長よりお代金はいりませんので後日感想と改良案を頼みます、とのことです」

 店長ここにいるの? それともマークされてるのか?

「あ、もう一つ。恋仲割引ということにしますので女性といらした場合手を繋いで店を出てほしい。とのことです」

 ……俺捕まった。多分店出た瞬間通報されるわ。店員さんにやにやするな。ダンディな髭のくせに。あ、こいつ付け髭つけた店長じゃねぇか!

「あわわわわ……」

 もはや震えまくってる雛里は目をぐるぐると回して思考が追いつかない様子。

 しかし可愛すぎる。店長、狙ってやったんならあんたを軍師として迎え入れたい。

「行こう雛里。ごちそうさまでしたちくしょうめ!」

「あわわ……あの、おいしかったです! ごちそうさまでした」

 二人でお礼を、俺の場合は少しの怒りを込めて言ってから立ち上った雛里の手を握り出口に向かう。すると後ろから雛里に声がかかる。

「軍師様ご武運を。またのご来店をおまちしております。」

 どういうことか分からんが店長、今度覚えておけよ?


 †


 不思議な状況になっていた。秋斗さんと手を繋いで街を歩いている。もの凄く恥ずかしい……けど同時に暖かい気持ちも心を満たす。

 きっとお店を出てから離すのを忘れてるんだろう。

 このままがいいなぁ、なんてことを考えていると、

「散々だ。結局星にお菓子買えなかったし。すまないな雛里、恥ずかしかっただろう?」

 怒り心頭といった様子で文句を言っていたが私に申し訳なさそうに謝ってきた。

「いえ。それに手を繋いでると安心します」

「あっ……嫌じゃないのか?」

 はっと気づいて手を放そうとしたが掌に力を少しこめ、きゅっと握りしめてそれを遮った。ちょっと照れてるようで可愛いく思える。

「ふふっ、嫌じゃないです。嬉しいですよ」

 可笑しくて笑いが漏れて、そこであることに気づく。

 私、普通に話せてる。

「そうか。うーん、じゃあこのまま街歩くか?」

「はい!」

「じゃあ本屋でも行くか」

 ただの会話がすごく楽しい。気分が高揚しているのか自然と脚が軽くなった。

「いいですね。いろんな本みたいでしゅ」

 うあ、噛んじゃった。

 でも俯かずに……秋斗さんと顔を見合わせて笑いあう。

 少し成長できた気がします。


 鼓動は速いけど。


 まだ少し恥ずかしいけど。


 もっとこの時間が続きますように。

 そう願いながら私はその日を目一杯に楽しんだ。









蛇足~店長日記~

 子龍様から聞いた通り、支店である甘味処『娘仲』に徐晃様がやってきた。

 何故子龍様ではなく軍師様を連れているのかは疑問ではありました。

 正直、子龍様と来るとばかり思っていたので内心焦りましたが、そこは冷静にこの変装道具を付け対応しました。

 徐晃様は私だと気付いていらっしゃらない。


 なるほど。


 軍師様はまだご自分のお気持ちにも気付いていらっしゃらない。

 なら私がひと肌ぬぎましょう。

 おぉ、会心の出来の料理を食べてそのように幸せそうな顔をしていただけるとは。

 これは余計に手を貸さなければ。

 徐晃様は鈍い。変態のくせに鈍い。

 ならこういうのはどうです?

 次いらした時は口づけですからね。

 軍師様頑張ってください。

 私としては子龍様にも頑張ってもらいたいのですが。

 おっと最後に結果を。


『ほっとけぇきは初恋の味』

 これでよし。


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