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帰り道、その男は

 賊の拠点を潰し、無事に初めての戦場を終えた私達は生存した兵数の確認と襲撃された村の簡易的な復興作業を終えて帰路についていた。

 結局、敵の拠点にはほとんど賊はおらず、未だに残っていた敵を殲滅し終えた頃に賊の頭領は村に居た事を知った。

 帰り道にて私はいつの間にか寝てしまっていたようで、起きた時には自身の乗っていたモノとは違う馬に乗っていた。ほんのりと背中が暖かく、それが人の温もりだと気付いた時に声を掛けられる。

「起きたか雛里」

 どうやら寝てしまって落ちそうな私が心配で乗せてくれたらしく、秋斗さんの優しい声が耳に響いた。

「こいつは賊の馬なんだがな、他の誰もが乗ろうとしても乗せようとしなかったが、どうしてか俺だけは乗せてくれるらしい」

 馬を止めてひょいと飛び降りた秋斗さんは私も降ろしその全体を見せてくれる。

 漆黒の艶やかな毛並み、額に白い三日月のような模様、そして大きい身体。まるで彼のようだと思ったが口には出さないでおいた。

「懐いてくれてるようだし相棒になって貰おうと思うんだが名前を決めかねているんだ。何がいいだろうな?」

 秋斗さんの話を理解しているのか、まるで黒馬は急かすように小さく嘶く。

「月光……」

 ポツリと、思わず呟いていた。夜の闇に輝く三日月を持っていたから。

「月光か、いいな、それでいこう。お前の名は月光だ。俺と一緒に輝こうな」

 微笑みながら嬉しそうにそう言って秋斗さんが撫でると小さく鳴き、私に大きな身体を擦り寄せる。

「あわわ……」

「ははっ、ありがとうっていいたいんじゃないかな」

 人懐っこいつぶらな瞳に見つめられて少し頭を撫でると、嬉しいのかふるふると震える。こんなに大きいのに可愛い。

 少し撫で続けてからまた二人で月光に乗り、隊から離れた後方にて帰路を進む。

 そういえば秋斗さんとは随分このようには話してなかった気がする。戦場の軍師と将としては話していたけど。


「もう、大丈夫か」


 静かに、感情の読み取れない声が耳を打つが

 私は何が、とは聞かない。


「はい」


 秋斗さんが私の帽子を取ってゆっくりと慈しむように頭を撫でる。

 優しい手つきで。いつかみたいに。


「気のいい奴が多かった」


 ぽつぽつと話し始める。それは自身が今日まで共に過ごした兵のこと。


「一緒に飯を食って笑ってたんだ、それがもういない」


 わかっています。もうその人は、私達の前に戻ってこない。


「村の、ある人に言われたよ。何故もっと早く来てくれなかった、と」


 その通りです。もっと早く来ていれば、一人でも多く助けられただろう。


「ある賊が言ってたよ。仕方なかったんだ、と」


 そして死なせた命もあるならば、


「助かった子供は、ありがとう、と、いってくれたんだ」


 助けた命もまたある。


 ふいに肩に雫が一つ落ち、私の服を小さく濡らした。頭を撫でる手は震えているようで、先程のように一定の速さでは無かった。


 その手を、私はきゅっと握る。


 今度は私の番。悩んでた時、戦場でも、温もりをくれたから、答えを見つけられた。


 泣く場所をくれたから、壊れなかった、歪まなかった。


 この人はきっとすでに答えを知っている。


 私が泣いてたから我慢してただけ。


 ただ気持ちを吐き出せなかっただけ。


「すまない」

 すっと優しく抱きしめられる。暖かい、あの時みたいに鼓動を感じた。


「大丈夫です」


 言い聞かせるように言ってから、抱きしめてくれている腕を撫で続ける。

 押し殺して響く嗚咽を受け止めて、私は少し満たされた気持ちになっていた。


 †


「ふむ、私はお邪魔虫……というわけか」

 後ろの、一頭だけ行軍を外れた大きな馬を見ながら呟く。

 戦場で雛里は壊れる寸前だったろう。あれは軍師の自分を作って守っていたのだと、戦を終えた頃に漸く気付いた。

 秋斗殿はうまくやってくれたらしいが、やはりというべきか結局自分も壊れそうだったとは。

 村の外で会った時は覚悟の籠った瞳に圧された。迷いを一切含まないその輝きはあまりに透き通っていて美しいとさえ感じた。

 その後、初戦場ではありえないくらいの冷静さでここまで進めてきた。

 感情の糸が切れても仕方ない。

 しかしどうせなら私のような大人の胸の中で泣けばいいではないか。

 少し、羨ましい。彼と同じ痛みを同じ時間に共有できているあの子が。私は何故戦場で譲った。

 悔しい思いと羨ましい気持ちが綯い交ぜになって自身の心を支配していたが、そこでふとどうしてそんなモノが湧いて出るのかを理解してしまった。

 あぁ、これが、これがそうなのか。

 まだ気付いてない振りをしよう。この居心地のいい関係に浸っていよう。

 

 いい気分だ。

 帰ったら酒に付き合ってもらおう。

 こんな辛い世の中でも、楽しいこともあるのだから。


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