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変わらぬ絆

 今は夜、静寂に支配され、出歩く事の躊躇われる暗闇が辺りを覆い尽くす時間。

 交渉が終わった日の夜分、華琳の領内に入って二刻ほど進んだ所に陣を建てさせた桃香は主だった人物達を一つの天幕に集めていた。

 しんと静まり返る幕内の空気は重く、集まったというのに誰も話そうとはしない。居心地が悪そうに鈴々はそわそわと身をよじっていた。

 中心に据えられた円形の机、ぐるりと皆の顔を見渡せるようになっているそれは誰の発案であったのか。思い出されるのは一人の男。

 愛おしげに一つ指でなぞる朱里の目は赤く、また今にも、まつ毛の端から雫が零れてしまいそう。

 朱里の泣き腫らした目を見て、心配から眉を寄せるのは三人。鈴々、星、白蓮は……彼と雛里が此処にいない理由をまだ知らない。


「お兄ちゃんと雛里、集まるの遅過ぎるのだ」


 むうっと口を尖らせ、重い空気に耐えられずに言を発したその姿は愛らしく、桃香も普段であれば優しく微笑んで頭を撫でているはずである。しかし、


「秋斗さんと雛里ちゃんは……来ないよ」


 静かに、目を瞑ったまま眉根を寄せて零した。

 首を捻る鈴々とは違い、鋭く目を細めた星は桃香をじとりと見据え、呆然と目を見開いた白蓮は口を開け放った。


「どういう事ですかな?」


 発せられた疑問に、朱里はピタリと指を止め、目に絶望の暗闇を湛えて動かなくなった。

 表情を落ち込ませた桃香はぎゅっと口を引き結び、愛紗は慄く唇から震える吐息を零す。

 そのまま、桃香がつらつらと今回の交渉がどのようなモノだったかを説明し始めた。

 同盟が断られたこと。通行許可が代わりに提示されたこと。白蓮と秋斗が対価として要求されたこと。

 そこまで話して驚愕にさらに目を見開いた白蓮が口を挟もうとするも、星が最後まで聞いてからだと手で制した。

 聡い彼女はそこまで聞いて、何が対価となったのかを読んでいた。白蓮も直ぐに此処に居ない二人に思い至る。鈴々は黙って聞いていた。

 一呼吸置いて続けられたのは……


「……正直に言うね。私は私の理想を曹操さんに分かって欲しくて、一緒に作って貰いたくて……曹操さんの考え方を否定して、こっちの言い分を押し付けようと口を閉ざした」


 ハッと息を呑んだのは誰であったか。幾多の視線が一人に集まる。朱里と愛紗は明確に曝け出された事実に顔を落ち込ませた。

 朱里は桃香の代わりに何を目的としていたかを続けようとしたが、白蓮に朱里が言う事では無いと厳しく睨まれ、大きく息と言葉を呑み込む。普段の優しい白蓮では無く、白馬の王の有無を言わさぬ視線は桃香に無言で続きを促した。


「徐州内部の街々に交渉が行われるっていう噂を流して貰ってたんだ。少しでも同盟を組んで貰える確率を上げる為に。曹操さんならそれも分かってるだろう事を前提にね」

「お前……それがどういう事か分かってるのか?」


 返された白蓮の声は冷たい。星の瞳も各段に冷えていた。

 自嘲気味に小さく笑って、一瞬だけ目線を斜めに落とした桃香は泣きそうな声を紡いだ。


「……ふふ、私だって勉強してるもん。自分がしてる事くらい分からないわけないよ。絶対の信頼関係在りき以外の交渉っていうのは、自分達の望みを叶える為に相手との化かし合いや駆け引きは絶対に必要なモノ。曹操さんは白蓮ちゃんとの交渉でも命が救われる最善の選択を引き下げたから……私達もそうされる可能性が、ううん、そうなるのなんか分かり切ってた。だからね、私は民の声っていう武器を使って、同盟を組んで貰う為に相手を……脅したんだよ。お互いの利は確かにあったけど、刃を向けてる事には変わりなかった」


 茫然と顔を上げた朱里は桃香に見つめられて……涙を零した。

 透き通った色が伝えるは信頼と慈愛と懺悔。朱里の考えている事の一端を分かっていても、それを自ら選んで行ったのだと伝えていた。既に彼女は洛陽での出来事を越えてから、昏い部分を理解せず掲げられるだけの、見ざる聞かざる知らざる王では無くなっていた。

 王としての覚悟を高め、されども友の諦観を行ってまた絶望に落ちた桃香はずっと思考を繰り返して過ごしていた。どうすれば平和になるのか、自分はどうすればいいのか、一つでも多く出来る事を、もっともっと、と。倒れるギリギリまで仕事を行い、愛紗や朱里に諭されても。

 自分が卑怯者と罵られようと、桃香は多くの人が救えるならそれで良かった。怨嗟も罵声も、あらゆる負の感情を受けてでも逸早く平和な世界を作って、先の者に平和の継続を託し、自身は礎となる事が彼女の全てになっていたのだから。

 堪らず、愛紗は桃香に声を掛けようとしたが、ふるふると首を振られて押し黙った。


「まだ話は終わってないから……終わってから皆の思った事を私にぶつけて欲しい。これからも私について来てくれるかどうかもその時に決めて」


 やんわりと放たれた言葉には、誰かが離れて行くやもしれないという恐怖があった。雛里の泣き叫ぶ声や凍るような瞳と、秋斗が絶望の淵に零した一つの涙を思い出して。

 皆がコクリと頷いたのを見て、桃香は大きく息を吸う。心を落ち着かせ、怯えを振り払って気合を入れた。


「私がどれだけ粘っても、今を生きる人の命の方が大事だって言っても、曹操さんは同盟じゃなくて通行許可の案を提示し続けた。対価を私が後々治めた国に変えてまでね」


 違和感を覚えた。誰もが、その場に居る誰しもが桃香の雰囲気の変化に気付いた。しかし何も言わず、そのまま桃香の説明を聞き続けた。


「最後に脅し返されて、私は曹操さんの対価を呑んだ。私を慕ってくれる兵達の命を一つでも多く救う為には……それしか考えられなかった」


 何処か空っぽのような声で紡がれ、ゾワリと肌が泡立ったのは……やはり白蓮だった。


――なんだ……? 何かおかしい。桃香はなんでこんなに……抜け殻のようになっているんだ。


 疑問を浮かべるも答えなど出ず。白蓮に続いて朱里が、愛紗が、星が桃香の異常に気付いていく。ただ……鈴々だけは不思議そうに首を傾げていた。

 暫らく悩んだ後、桃香に気を取られ過ぎていた白蓮は桃香が口を開く前に、他の事に気付いて焦った顔を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。その対価で成立したなら、なんで秋斗と雛里は此処に居ないんだ?」


 絶望に表情を落とす二人、愛紗と朱里を見て星はそっと眉を顰めた。

 心配で逸る心はもがいている。逢いたいと願う心は喚いている。一目見て、余りにも少ない言葉を交わしただけ。会ったなら酒を飲もう。笑い話をしよう。貶し合いをしよう。愚痴を聞いて貰おう。沢山、本当に沢山、話したい事が山ほどあったのだ。

 白蓮が如何に誇り高く、勇敢に戦ったかを彼女の前で語って、からかいながら一緒に褒めるつもりだった。

 牡丹が如何に気高く、愛しい主の為に散って行ったかを話し、三人で思い出話をして心の中に生きていると感じたかった。

 自分が如何に……不甲斐無かったのかを零し、呆れながらも励まされて、奮い立たせて欲しかった。

 されども彼女は渦巻く感情を欠片も出さず、桃香達三人に何があって何をしたのか、そしてどうして彼と会えないのかを見極めようと感情の全てを抑え込む。


「交渉の対価は秋斗さんと雛里ちゃんが帰ってきた事で変わったんだ。二人が天幕に着く前に曹操さんから……秋斗さんか雛里ちゃんが私達とは違う対価を示したなら、改めて交渉をするって提案されて、私はそれも呑んだ。きっと……二人は私と同じ答えを選んでくれるって……思ってたから」


 ぎゅっと胸の前で手を結ぶ。思い返す度に、桃香の胸は締め付けられていく。同じようにその時の事を思い出した朱里は堪らず、自身の身体を抱きしめた。


「曹操さんと話して、同盟が組まれなかった事を聞いた秋斗さんは……通行許可になった事を言い当てて、対価に支払われたのは誰かって聞いた。あの人は全部予測してたんだと思う。自分が対価に入る事も含めて」


 絶句。白蓮と星は言葉を失った。ただ、漸く口を開いた者が一人。


「お兄ちゃんと雛里が此処に居ない理由になってないのだ」


 俯けた顔からポツリと紡がれた。感情の読みやすい彼女の声から分かるのは……真っ直ぐな怒り。何故、と思う前に顔を上げて向けられた目尻には涙が一粒。

 一人、白蓮は立ち上がって鈴々を抱え上げ、その小さな身体を抱きしめて椅子に座った。


「鈴々……もう少しだけ話を聞こうな。まだ全部じゃないからさ。秋斗は頭がいいし、雛里と一緒に居たんだからそのくらい予想しててもおかしくないもんな。でも秋斗がバカ言い出すのをこいつらが止めなかったかどうかなんて、ちゃんと聞かなくちゃ分からないだろ?」


 言い聞かせるように言葉を紡ぎ、撫でる手は優しく、赤い髪を滑って行く。鈴々が何に怒っているのかを理解出来たのは白蓮だけだった。

 鈴々は秋斗の事を心配していた。自分が行って誰かが助かるならと提案することくらい、洛陽の時点で既にしていたのだから。

 鈴々は唯一、その純真さから誰色にも染まらずに全員を見て来ていた。だから彼の事も、桃香の事も、その時の状況によって感情に走りやすくとも平等に見る事が出来る中立の存在であった。

 あなたは本当に……と苦笑気味な星に白蓮はコクリと頷く。

 桃香も愛紗も朱里も、向けられた敵意に雛里を重ねてしまい、悲哀と後悔が再燃していく。

 ぐっと、唇を噛んだ桃香はそれでも続けて行った。

 秋斗が対価を聞いて倒れたこと。雛里が交渉を新たに始めたこと。そして……雛里が自分と秋斗を差し出し、桃香が止めなかったこと。

 余すところなく聞いて三人は絶望に落ちた。失ったモノは……彼女達にとって余りに大きく、信じ難いモノだった。


「なん、で……おかしいのだ」


 ふるふると首を振る鈴々は、多くの情報の中から一番信じられないモノに思考を巡らせ、どうにか言葉を紡いでいった。


「雛里が……そんなこと言うはず無いのだ! 皆と居たくないわけないのだ! だって……だって、鈴々とお兄ちゃんとこの前まで一緒に戦って、皆で笑って暮らせる世界を作ろうねって言ってたのだ! だからっ、あのくるくるのお姉ちゃんの所に、鈴々達を見捨てて行くわけないのだ!」


 その言葉は容赦なく桃香の心に突き刺さる。誰もが、この場にいる全員が、雛里が自発的に出て行くとは思いもしなかったのだから当然。

 涙を零しながら鈴々の表情はあらんばかりの怒りに変わっていく。鈴々は誰かが自分達を憎んで離れて行くという現実を受け止められなかった。否、受け止めたくなかった。


「お姉ちゃんがそんな嘘をつくなんて思わなかったのだ!」

「鈴々……やめろ……」


 緩く抱きしめる。されども、鈴々は構わずその腕を無理やり開いた。


「やめないのだ! 愛紗も朱里も、なんで何も言わないのだ!? もし、その通りだったならなんで雛里を無理矢理にでも引き止めなかったのだ!? みんな、みんなおかしいのだ! 本当のこと言わないなら――――」

「やめろ!」


 大きな声を上げて、机を叩いて身を乗り出そうとした鈴々を強く抱きしめた白蓮。その腕の震えが伝わり一応口を噤んだが、怒気を抑える事の無い鈴々は星に同意を求めるように視線を投げた。

 しかしそこで、鈴々は目を見開き、心と思考に空白が出来た。

 其処には……俯いて口を手で抑え、声を必死で押し殺して涙を流さぬように震え続けている、普段とは余りにかけ離れた星の姿があった。


「やめてくれ。すまないが今は……誰かに当たったりしないで欲しいんだ。怒りたいのは、信じたくないのは、喚きたいのは、鈴々一人じゃないんだ」

「……ごめん、なのだ」


 震える声は友への想いに揺れる。泣いて直接表現せずとも、白蓮は感情を隠す事は出来ていなかった。


「星、お前は私の天幕に行け。大丈夫、直ぐ行くから。もう我慢するな、バカ」


 声を掛け、何も言わずに走って出て行った星を見送ってから、白蓮は泣いている鈴々に優しく語りかけた。


「なぁ鈴々。お前の知ってる桃香はそんな嘘をつく奴か?」

「……つかないのだ」

「どっちを信じるか、なんて出来ないよな。雛里も、桃香も、どっちも信じたいんだから」

「……うん」

「よし、お前は優しい、いい子だな」


 鈴々に微笑みかけた白蓮は、自分の方に身体を向かせて、胸に顔を埋めさせた。

 くぐもった嗚咽が響く。鈴々は何を信じていいかも分からなくなっていた。だから、白蓮の与えてくれる優しさに甘えた。

 絆を繋いだ部下のどちらを信じるか信じないかのハザマで揺れた事のある白蓮は、星や鈴々とは違って冷静になる事が出来た。


「桃香、愛紗、朱里。今日はもう終わりにしよう。こいつらも乱れた感情じゃあ正常な判断も決断も出来やしない。私もいろいろと考えさせて貰うから、お前らも各々で交渉の事を振り返っておけ。鈴々、今日は私と一緒に寝ようか」


 コクリと頷いた鈴々を抱きかかえながら、すっくと立ち上がった白蓮は天幕の入り口に歩みを進め……途中でピタリと脚を止める。


「朱里……あんまり自分を責めるなよ。曹操の思考誘導に嵌ったのはあいつも一緒だ。それに、幽州で負けた私にも秋斗の心が追い詰められた責任の一端があるからさ」


 バサリと入り口を開ける音が鳴り、天幕内は静寂に戻るが……やはり誰も、話そうとはしなかった。



 †



 白蓮は自分の天幕内に着くと同時に、泣きじゃくる鈴々を降ろして、寝台に倒れ込んで震えていた星を二人で抱きしめた。


――寂しいだろう、哀しいだろう、怒りたいだろう、悔しいだろう。お前だけ……あいつとちゃんと話してないんだから。本当の自分を見せてないんだから。


「泣け泣け。もう声も出して泣いていい。お前は思う存分泣いていいんだ、星」


 大きな声が響き渡った。星がこれほどまでに感情をさらけ出した所など、白蓮は今まで見たことも無かった。

 牡丹が死んだ時も、負けそうな時も、何時でも星は抑え込んで、必死に意地を張っていたから。


――喚き散らして、怒鳴り散らして、当り散らして……本当は桃香達を責め抜いてやりたかっただろうに。


 不思議な事に涙は出ず、激情も無く、冷静な自分に驚くほど。湧き上がるのは目の前で泣く彼女達を支えてやりたい、助けてやりたい想いだけ。

 どうしてだろうと考えて、直ぐに思い浮かぶのは泣く場所を与えてくれた彼であった。


――ああそうか。秋斗もこんな気持ちだったのか。


 子供の様に泣きじゃくる星の頭を慈しむように撫でて、小さな鈴々の背を優しくさすって、白蓮は二人が泣き止むまで無言で待ち続けた。



 しばらくして、鈴々は泣き疲れたのか眠ってしまい、星に寄り掛かっている彼女を白蓮が寝台にそっと寝かせる。

 グスグスと鼻を啜る音がまだ聞こえるも、どうやら星はひとしきり落ち着いたらしく、緩く不規則な息を吐きだしながら白蓮を見ていた。

 いつまでも子供のように泣いている姿を見せたくない……そんな意地から、星はどうにか自分の心を落ち着かせる事が出来た。


「『あなたは間違ってない。自分を見失わないで』……か」


 無意識の内に吐き出された言葉。思い出されるのは秋斗に淡い眼差しを向けていた一人の少女。


――秋斗を想い、秋斗の全てを理解していたはずの雛里の叫びは……届かなかったんだろう。だからこそ私達の側に雛里は居ない。


「雛里が謝った意味は……きっとこれだったのでしょう」


 ぽつりと零された呟きは重く、悲しみを伝えるには十分。

 白蓮が何の事か分からずに首を傾げると、星は顔を俯けてつらつらと話して行った。


「雛里はあの時、私とすれ違い様に一言謝ったのですよ。その時は彼と先に恋仲になった事への謝罪かと思っていましたが……きっと彼がどのような事態となっても我らの軍から出て行く事を知っていたのでしょう」

「秋斗は頭がいいけどバカだからなぁ。星もあいつの考えてた事予想出来たんだな」


 呆れて白蓮が言うと、ほんの少しいつものように笑みを零した星は答えを返した。


「少々捻くれていても優しいのが彼ですから、きっと白蓮殿の代わりに袁家を討伐、後に乱世が終わるまで幽州を代わりに良くする……といった所でしょう。倒れていなかったなら、夜天の願いを一人で叶える前に戻って来いよ、なんて悪戯っぽく笑いながら言い残したでしょうなぁ」

「だよなぁ。桃香の望む世界を作ろうとしてた秋斗だったら……曹操を裏切る事も考えてただろ」

「然り。いつも自分を投げ捨てるのが悪い所。本当に……大バカ者だ。私や愛紗ならば……手柄を立てて直ぐにでも戻るのですが、彼の場合は無茶を選ぶのは予想に容易い」


 呆れたようにため息を一つ。ゆっくりと、星は普段の調子を取り戻して行った。


――私だったら……多分秋斗と同じく曹操を裏切るだろう。幽州の地を治め慣れている私を放し飼いにしつつ、噛み切られないように手を打ちつつこちらを試すのが曹操の覇王たる所以だ。桃香を裏切るか、曹操を裏切るかの選択に陥ったなら、きっとそうする。傍観に逃げるなんて……皆の望んでくれた私じゃない。待つだけのカタチで幽州を与えられて、どうしてこれから私として胸を張って生き、民に平穏を齎せる事が出来ようか。でも……秋斗は私と同じ事をしても全く違う。


 自分はどうかと考えて、行き着いた答えに納得した白蓮は肩を落とした。秋斗のそれは、自分と同じ選択をしようとも、平穏な世を目指す為の桃香への異質な信頼からなのだと感じて。

 その異質さには星も気付いていた。人を救いたいと言いながら、冷徹に命を数で計算して切り捨てる彼が……自分達を含めた劉備軍とは全く違うと感じているが故に。

 対価を聞いて倒れた理由も、桃香のやり方に自身との矛盾を感じ、白蓮達や部下達の想いに押しつぶされたからだと考えていた。


「……あいつはこれからどうするかな?」

「秋斗殿ならば……雛里の想いを振り切ってでも戻る可能性は十分にあるかと。というより、彼が願えば雛里が戻すでしょう。先の言の通り今度は力付くで、桃香殿を叩き潰してから取り戻すために。雛里がわざわざ言ったという事はそうなる可能性が高く、我らに秋斗殿を支えてくれと言っていたのやもしれませんな」


 冷たく言い放つ雛里を想像して、ゾワリと肌が泡立ったのは二人共であった。

 彼女達の記憶にあるのは、優しく、引っ込み思案で、朱里の陰に隠れがちだった雛里しかいないのだから当然。

 今の彼女は彼を想いながらも常人の思考からは逸した所にあると見て、星や白蓮は恐怖を感じていた。

 何故こうまで変わってしまったのか、と沸き立つ疑問は頭を渦巻き続ける。


「……歪んでるな」


 たった一言、白蓮は無意識の内に零した。どちらが、とも言わずに。

 秋斗が歪んでいるのか、それとも雛里が歪んでいるのか、言葉を放った白蓮自身でさえ、首を傾げた。

 重い沈黙は心に不安の翳りを垂らしていく。分からない、というのはさらなる恐怖に繋がる。

 ふるふると首を振るって、白蓮はどうにか話を切り替えた。


「私は、さ。ちょっとこの軍でのこれからの事をゆっくり考えてみようと思う。鈴々は一人じゃ辛いだろうから出来るだけ一緒にいるけど……星はどうする?」

「……少々、この胸にある澱みを消し去るには時間が必要なようです。曹操領行軍の間にどうにか消化しますので待っていただけますかな?」


 部下では無くなったとて、相も変わらず白蓮の臣下でもあるのだと示す星に嬉しさが込み上げて笑みが零れた。


「ふふ、全然構わない。まあなんだ。どんなになっても私はお前の友達だからさ。安心して決めてくれよ」


 白蓮がどんな人でであるのか知らぬ星では無く、暗に示された事柄に気付かぬ彼女でも無い。いつものように、星は白蓮の甘い優しさに心が満たされていった。


「かたじけない。では友なのですから……今日はこの寝台で寝させて頂くとしよう。まさか地べたで寝ろとは言いますまい」


 にやりと言い切った星は普段の態度を取り戻していた。呆れたように苦笑して白蓮は鈴々の隣に腰を降ろした。


「素直に一人で寝るのが寂しいって言えよバーカ」

「くく、白蓮殿ではあるまいし」

「ああもう、直ぐに調子乗るのは悪い癖だぞ? ほら、もっと詰めろ。鈴々を二人で抱きしめたらまだ広く使えるだろ」

「自身が寂しがりな事を否定しないとは……おっと、鈴々は私の母性溢れる胸の方がいいと自分から抱きついてきましたな」

「……ほんっと、友だとしてもお前はもうちょっと敬意を持ってだな――――」


 他愛ないやり取りをしながら、先程までの気持ちを落ち着けて行く二人。

 夜の闇は深く、しかし繋がっている絆から、彼女達の心が昏く閉ざされる事は無かった。

読んで頂きありがとうございます。


華琳様の話を先に書き上げていた為、遅くなってしまいました。すみません。

次の話で白蓮さん達と桃香さん達が話し合いをします。


ではまた

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