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改変者の胎動と鳳凰の鼓動

今回、書き方をわざと変えている箇所がございます。

ご容赦ください。

 振り下ろす刃。

 空を切り裂くそれは、通常の武器ならば命を刈り取ることなどたやすいであろう一撃は、軌道を読まれていたのか紙一重の所で避けられる。

 渾身の一撃を躱した男の予備動作で放たれるのは蹴り。脊髄反射的に振り上げた偃月刀の柄でぎりぎり弾き返し、その反動を利用して二撃目に移った。

 だが、あちらも同じこと。剣と偃月刀がぶつかり合い、同時に二つの武器が高く、乾いた音を上げる。


 今度はこちらから攻めると決め、腕を引き、全力で前に突きだす――

――が、伏せてよけられる。しかし甘い、それは囮。ぴたりと止めた刃を上に反して石突を放つ。

 手ごたえあり。腕に響く痺れは間違いなくそう伝えていた。しかし間一髪の所で柄で防がれていたようで、悔しくて無意識の内に小さく舌打ちを打った。


 何合かの打ち合いの後、衝撃で一旦距離が離れ、どちらもの間合いから少し外れた所で睨み合うこと幾分。

 次はどう攻めるか、どう来るか。筋肉の動き、呼吸、目線の一つまで意識を尖らせる。

 すべての動作がこれから攻める場所を、互いが行うであろう技を伝える。予測は想像の刃となり、共にその場で先を奪い合う。

 ポタリ……と地に汗が落ちるが、動く事などできず、目線一つ逸らすのも危険なことだった。

 これまで幾度となく試合を行い、互いに実力が拮抗していることはわかっている。


 どれだけの時を睨み合っていただろうか


 突然相手は静かに、緩慢な動きで武器を下げる。それはあからさまな誘いであった。

 だがあえてその誘いに乗る。

 一瞬だが、こちらが先だ。受けるならそのまま攻めきれる。


 受けると思った刹那、確かに手ごたえがした……はずだった。

 彼の姿が視界から消え、腹に衝撃がきて吹き飛ばされた。


 †


「それまで!」

 立ち合い人になってもらった星の透き通った声があがる。

 試合とは言っても、潰した武器だとしても怪我はするのだから本気で避けるし受けきらなければならない。

 しかし化け物じみた強化をされている俺と互角に闘える愛紗はやはりすごい。

 無心で戦っているがいつも試合が終わると恐怖と畏敬が込み上げてくる。

「立てるか?」

 近づき、手を差し伸べて言うと、

「少し痛みますが大丈夫です。今回は私の敗北ですね」

 その手を取って立ち上がってから、悔しいのか『今回は』に力を込めて負けを認める。何度も試合を行ってはいるが、こっちは残念なことに女の子相手に負け越している。

「いやはやいつ見ても貴殿らの試合は美しい。まるで極上の舞を見ているかのようですな」

 ゆっくりと一定のリズムで手を打ち合わせて拍手をし、饒舌に俺たちの試合の感想を語る星。

 彼女が言うには俺と愛紗の戦いは舞を踊っているように見えるらしいが、愛紗はさておき、俺の戦いなど泥臭いことこの上ないだろうに。

「綺麗だけどお兄ちゃんの動きはいつも嘘だらけでずるいのだ」

 むーっと不足気味に語る鈴々。

 読みがきかず、フェイクも直観と力ずくでねじ伏せるお前のほうがずるいよ鈴々……とは言わないでおく。



 義勇軍に所属して少し経つ。公孫賛軍との合同演習が終わるたびに四人で試合を行うようになった。

 実力を見極めるために、と愛紗と闘ったのが最初。そこからは鈴々や星が次々と。

 正直な話、まともに闘えるはずないと思っていた。訓練でも人を吹き飛ばしまくっている武神、燕人、昇龍となんて。

 しかし思いのほか闘えた自分に驚愕した。あまつさえ、勝つこともあるなんてな。ここだけはあの腹黒少女に感謝してもいい。戦場で簡単に死ぬこともないだろうから。

「秋斗殿、ここに一人、絶世の美女が暇を持て余しているのですが」

 槍をゆっくりとひきよせ妖艶に笑う星。彼女は普段こそ飄々としているがやはりその本質は武人であり、強い相手を見ると血が疼いて仕方ないとのこと。

 自分で美女とかいうなよ。まあ確かに凄く綺麗だけどな。一緒にいる時も、時折見せる少女のような笑みや、大人の女の色気に鼓動が跳ねる事が多々あるのも事実。

「すまないが、今日はこれから我らが軍師様よりお話があってだな。また今度にしてくれ」

 それは残念、と肩を竦める彼女とは合同演習の時しか闘えないから少し申し訳なく思う。

「では仕方ない。白蓮殿でもからかいに行くとしよう」

 楽しそうに言う星、だがさすがにやめてあげて欲しい。白蓮は心が楽になったとはいえ未だに悩みまくっているし。

とは思うが、別にいつもの事なので止めない。しかしそこではっと気づく。

 最終的に被害を受けるのは俺じゃないか。そう思い出し引き止めようとすると、

「星、今回はお前も一緒らしいが、何処へ行こうというのだ」

 そんな愛紗の厳しめな言葉に口を紡ぐ。

 誰が来るかまでは聞いてなかった。てっきり義勇軍のみだと思っていたが星も一緒なのか。

「なんと、からかう事すらお預けか……」

 おどけて言って俺たちに並んで歩き始めたが、俺は歩いてるうちに一人足りない事に気付いた。

 俺のやりとりに暇になったようで、関靖を追いかけ回していた鈴々を呼び、俺たちは軍議室に向かった。


 †


 運がいい事に私たちが来てからは賊の襲撃も討伐命令もなかった。だがそれもここまで。

 今回、賊は二か所同時に発生報告があった。それほど数は多くないらしいのでこちらも二つ同時に叩くことになり、公孫賛様の軍からも星さんが応援に来てくれた。

 私と雛里ちゃんはそれぞれ分かれて軍師として着くことになるが、後は将だ。

 愛紗さんと秋斗さん、鈴々ちゃんと手助けに来てくれる星さん。

 はたしてどう分けるのが最善なのか。思考に潜っていると扉が開き、続々と頼れる将の四人が軍議室に入室してきた。

「で、では軍議をはじゅめましゅ、はわわ!」

 揃った所で声を上げたが、初めての軍議という事に緊張して噛んでしまった。恥ずかしい。




「――という訳で。今回の賊討伐は二面作戦をとります。後は将の組み合わせなのですが、何か意見等ありますか?」

「近いほうの賊を秋斗殿と星にいってもらうのはどうだろうか」

 まず愛紗さんが言う。確かに秋斗さんと星さんは仲もいいから戦場に行くまでに少しでも気が楽になるかもしれない。

「私としては近くのほうが助かるが、秋斗殿は何か希望は?」

「無い。というか軍を率いるのも賊討伐も初めてだから口出し出来んよ」

 そう、そこが一番の問題。私達二人と一緒で秋斗さんは未だに戦というモノを全く経験していない。

「ふむ、なら私は愛紗が秋斗殿と行くのがよいと思うが?」

「いえ、愛紗さんは桃香様といるべきでしゅ。万が一もないとは思いますが、何かあっては事ですし」

 星さんの提案に雛里ちゃんが反対意見を言う。愛紗さんは義勇軍の要だから出来るだけ桃香様と共にいて欲しい、ということ。

「じゃあ鈴々がお兄ちゃんと行く。用兵のお手本を見せてあげるのだ!」

 鈴々ちゃん……突撃、粉砕、勝利はお手本にならないと思う。

「それもいいが……星は公孫賛様の客将。遠出させるわけには。」

 あまり公孫賛様の直接の客将である星さんを長い期間縛り付けるわけにはいかないというのも難しい所。

 ここで纏めると二択になる。

 愛紗さんと秋斗さん、桃香様を組み合わせるか、それとも最初に愛紗さんが言ったようにするか。

「さ、最初の意見に戻りますが、桃香様、愛紗さん、鈴々ちゃんで遠方を、秋斗さん、星さんには近辺の賊にあたって貰いましょう。ただし、個人部隊以外は錬度の高い兵から順に秋斗さんの方に回すということでどうでしょうか?」

 兵の錬度まで計算にいれたならその方が最善かもしれない。さすがは雛里ちゃんだ。

 彼女の提案に全員が頷いてそれでいいと示した。

 軍師がどちらに向かうかは二人で既に決めているから問題ない。

「うん。いいんじゃないでしょうか。では軍師は桃香様のほうに私、秋斗さんのほうに雛里ちゃんで行きます」

「じゃあ決定だね。作戦はそれぞれの軍師と確認し合うように。終わり次第、兵と糧食を必要数整えて明朝出発。くれぐれも無茶しないようにね」

「御意」

 私達にとって初めての戦が幕を開ける。

 そこはどんなモノなのか、どのような空気なのか、想像すら出来ない。

 でもこれから進んで行くためには確実に経験しなければならないこと。

 私は恐怖が心を彩る中で色々と想像を膨らませながら、明日の出立の為の行動を開始した。


 †


 馬に乗り、隊の兵士達の先頭を進み、戦場へ向かう緊張をほぐそうと話しかけてもぎこちない秋斗殿に苦笑しながらいると、遥か先に黒煙が立ち上っているのが見えた。

 賊の拠点はまだまだ先のはずなのに

 その方角は近場にある村の真上、意味するところは最悪の事態だった。

「あれは……まさか……」

「賊でしょうな。まだ拠点は先のはずでしたが……」

「しかしここまで来ているのは確かなんだ。すぐに助けに行くぞ!」

 驚愕、そして焦りを前面に出した秋斗殿は馬を走らせようとするが、

「だ、だめでしゅ! 将による独断専行は軍を混乱させ、余計な被害が出ます!」

 急に大声を出した雛里に止められる。

 我らの軍は歩兵のみ、いくら敵よりもこちらの数が多いとはいえ将だけ、または一部隊だけ先行するなど愚の骨頂。

「秋斗殿、雛里の言う通りです。彼女は軍師、指示に従いましょう」

 彼は苦虫を噛み潰したような顔をして耐える。私も急く心を押さえつけて指示を待つ。

 辛いのだろう、雛里も泣きそうな顔で瞬時に思考を巡らせて作戦を話す。

「主力部隊を三つに分けます。一つは秋斗さんが率いて村の東から、星さんは西。残りは南。敵の拠点は北にあるはずなので、ある程度は逃がしてかまいませんが幾人かの兵士に追跡を指示してください。あと、わずかに時間差で攻めてください。秋斗さんは最初に、星さんは次に。背後からの強襲にも気を付けながら進んでください」

 雛里が言い終わるや否や二人で部隊の選別をし、兵の数を整える。

「よし。お前ら、最速で村の東側から突入する! 所詮は獣だ、人の言葉も解さんだろうよ! 賊を殲滅せよ!」

 上げた口上はでたらめ且つ疎かなモノで、兵にも若干の焦りを与えてしまっている。しかし速い、彼も相当焦っているのだろうことが分かる。

 秋斗殿が率いる隊が少し離れたころに私も声を上げる。

「生きている民は全て助けろ! これ以上哀しみを増やさぬためにお前たちの力を示せ、義勇軍の勇者達よ! 私に続け!」

 彼と同じく初陣である雛里も心配だが止まってもいられない。

 ここからの采配は伝令を出してくれるだろう。

 走り出す前に彼女の方を見やると、軍師としてのモノなのか目には強い光が宿っていた。




 槍を振る。向かってくる賊に無慈悲に、淡々と。

 突き抜けた槍は敵の後背に鮮血の華を咲かせ、大地を次々に赤く彩って行った。

 真横から飛び出してくる賊を穂先で切り裂き、崩れ落ちる身体を石突で突いて大量の敵が押し寄せる方向へ吹き飛ばす。

 その様子を見て恐れている賊にも、地を蹴って空中からの大振りで一気に屠る。

 村に入り込んだ賊は本当に厄介だ。建物の陰、屋根の上、家の中にまで潜んでいて、どこから出てくるかもわからないのだから。

「獣が! 貴様らには地獄すら生ぬるい!」

 沸々と憎悪の感情が湧きあがって来て思わず罵倒を叩きつけてしまう。

 村の女を犯していた賊が目に移り、背後から気付く前に突き抜く。女の身体に崩れ落ちるが引きはがし、蹴り飛ばしてから私を追いかける兵に後の事を任せた。

 子供を嬲っていた賊を見つけてもう一度足を踏み下ろす前に太腿から斬ってやった。醜い絶叫が上がるが喉を突き刺してそれを止める。

 民家から物を盗んできた賊が出て来たので頭を飛ばす。声を発する間もなく地に倒れ、手に抱えていたモノが甲高い金属音を虚しく響かせた。

 進む度に賊たちはたまにまとまって抵抗するが、それすら兵達が四方から囲みこみ殺しきる。

 進行、進軍、進撃。

 辺りを確認しながら村の道々を進んで行くがそこかしこに民が倒れ伏していた。

 無残、としかどんな時も表現しようがない。生きている民は少なく、幸せに溢れていたはずのモノは何一つとして無いのだから。

 生気を失った瞳でうずくまる子供や女、老人、男。ピクリとも動かない屍の数々。

 無限と湧いて出てくる怒りを獣達にぶつけ、進撃を続ける。

 どれだけ屠っても、斬っても、突いても、殺しても……やはり心は昏く、深く沈んで行き、晴れ渡る事などありはしない。

 幾分進んだ頃にやっと広い所に辿り着いた。ここが言われていた分岐点、中央だ。殲滅を最優先にしていたので少し手間取ってしまったか。


 ふいに大きな黒い影が踊っているのが見える。

 どうやら村の中央広場に先についた秋斗殿が戦っているようだ。

 彼も無事に辿り着いた事に安堵し、意識をそちらに向け……息を飲む。

 叩き潰された肉が大地に転がり、そこにあるのは血と肉片の残骸だらけ。いくらなんでも普通の戦場ではこのような事態になりはしない。

 剣閃が日輪の輝きに煌いたかと思うと三人同時に真っ二つになり、腰からズレて落ちた上半身の頭をさらに踏み砕いていた。

 敵が一人近づくが蹴りで吹き飛ばされ、動けなくなった賊は彼の兵幾人かの槍で突き殺される。

 次に放つ縦一閃で、人が真っ二つに割れた。

 その次の横一閃で、脚が数本民家の壁まで千切れ飛ぶ。

 これだけ死んでいるのに、殺されているというのに、愚かしい事に賊は彼に対して蜜を見つけた蟻のように群がっていく。

 その光景をただ眺めている私には目もくれずに。

 恐怖が逃げることを拒絶させているのだ、と瞬時に悟る。獣は死を恐れると敵に向かうという。虎は圧倒的な力の持ち主に対してその恐怖から牙を剥く。

 あるいは、彼の無慈悲な行い、あまりに暴力的な存在感から同じように殺されたくないという気持ちからか。

 慌てて離れた賊が大声で仲間を呼ぶも、愛紗との試合で見せる高速移動によってあっさりと近づかれて殺され、やってきた仲間もすぐさま叩き伏せられる。

 ああいう人ははじめての戦場では狂気に堕ちることがある。しかしあまりにおかしい。狂気に堕ちたならばどうして笑みを携えていないのか。

 殺しを行うモノは異常な空間に高揚し、強大な力を持つモノは無意識の内に敵の脆さから笑みを零してしまうモノだ。

 しかし彼の表情はただ無表情。ただ淡々と、つまらないモノを捨てるように、命を軽く切り刻んで、踏み潰していく。

「星、ここはいい。雛里のもとへ行け」

 ふいにかけられた声に秋斗殿の顔を見る。その目を見てしまった、合わせてしまった、覗いてしまった。

 あったのは昏い闇。吸い込まれそうなほどに昏く、深く、絶望しか見つける事のできない色。

 これはこのままではダメだ。しかしまだ私を認識できたなら大丈夫なのかもしれない。

 そう考えて一つ頷き、雛里のもとへ向かうことにした。



 どこを見渡しても賊はもういない。

 南は倍の兵で囲み、追い立てるように戦っていたから、賊は逃げて中央で『あれ』に殺されるか。

 先ほどの光景を思い出していると幾人かの兵の護衛と歩いてくる雛里を見つけた。

「星さん。状況は?」

 彼女の言葉にゾクリと背筋に悪寒が走る。なんだ? 何かが違う。

 違和感を感じ取ったがまだ思考に潜る事はせずに雛里に対して状況を伝える事にした。

「村の中央付近に敵が集中、秋斗殿が迎撃している」

「そうですか。うまくいきましたね。では星さんは北に向かいある程度賊を追撃して戻ってきてください。逃げた賊が向かう拠点への尾行に二、三人付けるのも忘れないでくださいね」

 これがあの雛里……か?

 心が凍りつくような冷たい声でつらつらと指示を並べ立てる彼女からは、いつもの様子からはあまりにかけ離れすぎていて別人に思えてしまった。

「伝令、中央にて戦闘している部隊は追撃無し。民の安全確保のため民家一つ一つを確認、終わり次第100を広場に残し、他は北側に待機してください」

 さらにテキパキと指示を出し続ける。

 これが軍師か、しかしあまりに――

「……雛里」

「私たちの部隊は殲滅を行いつつ民の安全を確保し、半分は私とともに北に、もう半分は――」

「雛里!」

 その姿が、声が、瞳が、あまりに哀しくて、大声を出して彼女の言葉を遮った。

「……星さん。作戦は継続中です。迅速に行動を」

「すぐ行く。だが一つだけ。広場のまとめは雛里がしたほうがいい。北側はそのまま私がまとめる」

 彼に、秋斗殿に……任せても大丈夫だろうか。

 いや、互いに必要だ。少しでも共通点があったほうがいい。初めての戦を行ったなら、二人ともが共感できるはずだろう。

「……わかりました。広場の指揮は私がします」

「ではいってきますぞ、軍師殿」

 出来る限り軽く言って私はその場を後にした。どうか二人とも壊れないで欲しいと願って。


 †





 人を殺した。

 人が死んだ。


 賊だった。獣だった。村は焼かれ、奪われ、犯され、叩き潰されていた。

 賊だった。獣だった。村は焼かれ、奪われ、犯され、叩き潰されていた。


 剣を振った。簡単なものだった。あっけなかった。軽かった。

 策をだした。簡単なものだった。うまくいった。早かった。


 俺の手で殺した。憎しみを込めていた。正義に酔っていた。

 私の命で殺した。憎しみを込めていた。正義をかざしてた。


 戦って死んだ。犠牲になった。さっきまで笑っていた。今は顔がなかった。

 戦って死んだ。犠牲になった。遠い所で、動かなくなった。


 地獄はここだ。悲鳴、怒号、血しぶき、断末魔、笑い声。

 地獄はここだ。悲鳴、怒号、血しぶき、断末魔、笑い声。


 一人殺すと真っ白になった。怒りだった。恐怖だった。哀しみだったそして……偽善だった。

 頭ははっきりとしていた。冷静だった。冷酷だった。残酷だった。そして……悲しかった。


 被害は少ない。だが死んだ。

 被害は少ない。だけど死んだ。


 兵力は三倍以上。勝利は当たり前だった。

 兵力は三倍以上。勝利は計算通りだった。


 自分が乖離したような感覚のまま報告を聞く。

 自分が戻ってきたような感覚の後報告を聞く。


 指示を出す。片づけをさせる。辺りを見渡す。

 指示を出す。片づけをさせる。辺りを見渡す。


 雛里が震えている。顔が青い。吐いた。目線が定まっていない。

 秋斗さんがいた。少し安心した。吐いてしまった。目線がぶれる。


 近付く。目を合わせる。涙が落ちる。抱きしめた。

 近寄る。目が合った。頬が冷たい。抱きしめられた。


 俺は生きている。雛里も生きている。

 私は生きている。秋斗さんも生きている。


 ぬくもりが伝わり、自分を認識する。

 ぬくもりが伝わり、自分を把握する。


 鼓動を感じる。小さな鼓動を。

 鼓動が聞こえる。大きな鼓動が。


 俺は確かに生きている。

 私は確かに生きている。


 誰かが囁く。オレは死んだ。

 心が呟く。私は殺した。


 誰かが怒鳴る。なんでお前は。

 心が喚く。仕方なかった。


 誰かが責める。お前のせいで。

 心が叫ぶ。私のせいで。


 そうか、これが英雄か。

 そうか、これが軍師か。


 俺は言う。その通りだ。人を殺した。

 私は思う。その通りだ。人を殺した。


 俺が死んだら、絶望を与えろ。

 私が死んだら、苦しみを与えて。


 俺は守る。この手に掴めるモノはありったけ。

 私は守る。頭が働くかぎりありったけ。


 だから怨め、憎め、蔑め、責めろ。

 だから怨んで、憎んで、蔑んで、責めて。


 お前らの想いも全て連れて行く。

 死んだ人の祈りも全て持って行く。


 お前らのようなモノを出さないために殺す。

 もう人が殺されない世のために命じる。


 許さなくていい。これは罪だ。

 許されなくていい。これは罰だ。


 ここが地獄なら、奪ってでも世界を変えてやる。

 ここが地獄でも、全てをかけて平穏を作る。






 広場に響く泣き声は、幼い少女のものだった。

 その子を抱きしめる男の瞳は、何一つ迷いがなかった。


 血だまりの中で二人は覚悟を決める

 互いの存在を確かめ合って安堵する

 乱世に迷うことなかれ

 乱世で止まることなかれ

 生きる生命を救うため

 死せる想いを掬うため

 もはや進むしか道はない





 †


 二人の様子をモニター越しに見る少女が一人。

「第一課題クリア。そうです、人殺しという究極の理不尽を行う事でこそバタフライエフェクトが起こせます。それに……ふふ、やっと本当の覚悟を決めましたか」

 言った後に、心底楽しそうに笑う。

 三日月型に開いた口は、男を嗤うか、少女を嘲笑うか、それとも――


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