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鳳と竜は麒麟を求む

 連合も解体され、平原に戻ってきた俺含めた居残り組は、先に返っていた皆の働きもあり、将としての仕事を軽く行うだけで幾日かの休日を貰える事になった。

 さすがにそれは悪いと反発しようにも桃香に強引に押し切られてしまい、かと言ってやる事があるわけも無く、平原の街をぶらぶらと散歩したり子供たちと遊んだりして過ごしていた。

 これはそんな休日の最終日の出来事。




 時は昼下がりの八つ時、大地が黄色く色付き始める頃。

 視線を感じた。

 どれだけ歩みを進めようとも纏わりつくそれは、敵意と呼ぶには鋭さが足りなく、ただこちらを観察しているのが分かる。

 気付かぬふりをして街道にてすれ違う人々に言葉と笑顔を交わし、大きな広場の中央の木陰に腰を下ろす。

 寝転がり、腕を額に被せ、動くこともせずに待つこと半刻。

 すっと近寄る人の気配がしたが、そのまま寝たふりをしてやり過ごす。

 もう半刻経つとさらにこちらに近づいたのか、木陰の草がさらりと音を立てるのを身近に感じた。

「なんか用か?」

「はわわ!」

 声を掛けると己が所属する軍の筆頭軍師の口癖が聴こえ、トスッと可愛らしい尻もちをついた振動が背中に伝わる。

 苦笑しながら起き上がり、自身をずっと観察していた少女を見やる。

「ご、ごめんなさい。その……これといった用はありません」

 もじもじと慎ましやかな胸の前で指を合わせて、朱里は次に何を話そうかと悩んでいるようだ。

「そっか。仕事熱心な朱里がここにいるってことは今日の分は終わらせてるんだろ? なら一緒にゆっくりしよう。いい天気だし。それと……下着見えるぞ」

 言うや彼女はばっと普段の動きからは考えられないような速さでその場に座りなおした。

「……見ましたか?」

「いんや、見てない」

 本当は見えていたがさすがに言ってしまうとお説教をされかねないので黙っておく。

 朱里や雛里、鈴々、月と詠。彼女らと関わってきたからか思考が暴走する事も無く対応できるようになってきた。

 これでもう誰にも幼女趣味なんて言わせない。

 そんな事を考えていると袖の先がつままれる。

 驚いて朱里を見ると涙目の上目使いで俺を見てきた。

「……秋斗さん、少しお話がしたいです」

 こんな愛らしい少女からの誘いを断れる輩がいるだろうか。いや、いない。

 ダメだ。俺はやっぱりロリコンなんだな。

「わかった。ならどこか茶屋でも入るか」

 ポンと頭に手をおいてくしゃくしゃと撫で、子ども扱いしないでくださいというようにむくれている朱里と一緒に近くの茶屋へと向かった。



 街で人気の茶屋に入り、二人で並んでおいしいお団子を食べながら至福のひと時を過ごす、はずだった。

 前までなら落ち着いていたはずのその空間は、私の早鐘を打つ鼓動によって緊張感溢れる場になっていた。

 比べて秋斗さんは私とは違い、お茶とお菓子のある時間を心底楽しんでいる。

 こちらから話がしたいと誘ったくせに、いざとなると言葉が口から流れる事は無く、唯々時間を浪費してしまっていた。

 きっとこの人は私から話すのを待っている。

 話す事はなんだったか。いざ彼を目の前にすると頭から吹き飛んでしまっていた。

 もう一度考え直すと国の事、政務の事、街の改築工事の事など仕事の内容ばかりが浮かんでは消え、私はこんなにつまらない人間だったのかと少し落ち込んだ。

 雛里ちゃんだったら何を話すんだろう。きっとこの人と他愛無い楽しい話をして笑い合ってるんだろうな。

 親友と彼が仲良さそうに笑い合っている場面を想像してチクリと胸に嫉妬の痛みが走る。

 随分前から芽吹いたその感情は、折り合いをつける事も出来ずに未だ心の真ん中に居座り続け、持て余してしまっている。

「クク、悩んでる朱里の百面相は見てて飽きないな」

 彼の急な発言に思考が止まり、しばらくして言われた事を理解して余りの恥ずかしさに顔が熱くなった。

 そこまで顔に出てたのか。彼に自身の浅ましい心を読まれてやしないだろうか。

 俯き、言葉を紡げずにいる私の頭を秋斗さんはそっと優しく撫で始める。

「何を悩んでるか知らないが、たまには頭をからっぽにしてみたらどうだ? そうだな、空を見上げてみるといいかもしれない」

「空、ですか?」

「ああ。俺は広い空を見てたら悩みなんかちっぽけじゃないかと思えちまうんだ」

 言われてゆっくりと見上げた空は透き通った薄い水色の中にふわふわとした白が幾つかまばらに浮かんでいた。

 流れて行く雲を見つめて、その自由さが羨ましいと感じてしまった。

 何にも捉われず、風の向くまま気の向くままにどこかへ旅立つ白は、思考に縛られ続ける私とはかけ離れすぎていたから。

「……朱里は何かなりたいモノがあるか?」

 ゆったりと、彼が紡いだのはそんな曖昧で難しい質問。きっと私の向ける羨望の眼差しからこちらの心を推測したんだろう。

「……私は――」

 口を開くが何も出てこなかった。

 私はいったい何になりたいんだろう。

 羨ましがって、嫉妬に溺れて、欲しいと願って

 無いモノねだりだと言ってしまうとそこで終わる。

 渦巻く思考をいくら積み上げようとも答えは出ず、自身の頭の悪さに泣きそうになってきた。

「見つからないならこれから探せばいいさ。人生は短いけど長い」

「秋斗さんは……何かなりたいモノがおありなんですか?」

 掛けられた言葉は優しいモノだったが、せめて自分が答えを見つけられるように基準が欲しくて彼に尋ねる。

「そうさなぁ。俺はこの世界に俺一人だ。何かになれるとしても『秋斗』というちっぽけな人だけだろうけど……もしなれるなら空のような人になりたい」

「秋斗さんの言う空のような人とはどのような方なのでしょうか?」

 相変わらず誰もが全く考えつかないような事を言う彼を羨みつつ、具体的な答えを聞いてみた。

「さてな。それは朱里が考えてくれ」

 意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見る彼に、少しむっとしてしまう。

 教えてくれてもいいのに。

 そんな感情を抑え込み、どこまでも広がる水色を見上げながら思考を回してみた。


 誰の頭上にもあるもので

 時間によって色を変えて

 気候によって顔を変えて

 季節によって長さが変わる

 いや、きっとこの人が言いたいのはそんな事じゃない。

 そこで先ほどの秋斗さんの言葉が頭に響く。

 見てたら悩みなんか消えてしまう。

 ああ、そうか。やっぱりこの人は――――


「誰もが想いを馳せ、誰もを癒し、誰もを包み込め、悩みも何もかも忘れさせてあげられるような人って事ですか?」

「朱里がそう思ったんならそれが答えかもな」

 結局曖昧にぼかす彼は、何も教えてはくれない。

 意地悪な彼に自身の怒りを示すために口を尖らせて批難の目で見つめてみる。

「そう怒るな。別にいじわるしてるわけじゃない。……空を見上げる時ってのはいろんな時があるだろう?

 哀しい時、寂しい時、嬉しい時、楽しい時、悩んだ時、他にも沢山だ。そしてその時々によって人に与えるモノが違う。人の心を映す鏡、なんて話だってある。そういう事だったらいいなぁ」

 言われて理解が少しだけ深まった。

 曖昧で、不明瞭で、でもそれこそが答えの形なのかもしれない。

 人を映す鏡とは、共感できるという事。人によって求めるモノは違うから、誰かの為でありたいという彼の願いそのもの。

「俺は空が羨ましいのさ。だからなりたい。誰かにとっての空になれたら、それでいいのかもしれない」

 彼も自分以外の何かが羨ましいのか。対象が人ではなくて膨大なモノなのが彼らしいと言える。

 私は何が一番羨ましいだろうか。私は羨ましいから何かになりたいのだろうか。

 秋斗さんのような思考が出来たらすぐに答えが出るのだろう。でも固い思考をする私ではすぐには出てこない。

「まーた考え込んでるのか。まあ、そんなとこも朱里らしくて可愛いけど」

 ドクンと大きな鼓動が耳に響き、顔全体を熱が覆っていく。

「な、なな、何をいきなり」

 秋斗さんはさらりととんでもない事を言って私の慌てふためいてる姿を見てか笑いはじめた。

「あはは! そんなんじゃいつか好きな人が出来たらもっと困るぞ?」

 この人は本当に無自覚で言ってるから困る。雛里ちゃんもそれのせいでいつも苦労しているのだから。

「もう! からかわないでください!」

 必死で言っても笑いながら謝るだけで、こちらの揺れる心と跳ねる心の臓には気付いてくれるはずも無かった。




 余りにわたわたと手を振る朱里がおもしろくて笑うこと幾分、彼女はつーんと拗ねていた。

「あんまり拗ねてると可愛い顔が台無しだぞ」

 と言っても彼女はちらとこちらを見て、またすぐにそっぽを向く。

 いや、確かにその仕草も愛らしいが。

「ごめんな。からかって悪かった。どうしたら許してくれる?」

「……お買いものに、付き合って下さい」

「おお、いいぞ。なら店を出ようか」

 朱里から打開策を提案されたので喜んで頷き、団子と茶を平らげてから二人で店を後にする。

 未だに拗ねている朱里はこちらを見もせずに、目を瞑って歩き続けていた。

 さすがにそれじゃ危ないだろうに。誰かとぶつかったらどうするんだ。

 そう思って片方の手を繋ぐ。

「ひゃ、ど、どうして」

「いや、目を瞑ったままで誰かとぶつかったらどうすんだよ。嫌ならやめるが」

「い、いいい嫌じゃないでしゅ!」

 慌てているのか恥ずかしいのか、最近は全く出なくなった彼女の噛み癖が顔を覗かせた。

「ならこのままでしばらく行こうか。街の人は気にしないだろ。手を繋いで歩くなんて日常茶飯……事……だし……」

 朱里は話の途中から批難の目じゃなくお説教モードのハイライトが消えた瞳と笑顔でこちらを見ていた。

「秋斗さんはいつも誰と手を繋いでいるのでしょうか?」

 言葉と共に凍える風が首筋を撫でてゾクリと寒気が一つ。

「い、いや、街の子供たちとだが」

 慌てて言うと彼女はがっくりと肩を落として誰にもわかるように落胆した。しかし、どう答えてもダメだった気がする。

「私は子供じゃないです」

 朱里の批難に大きな眼鏡を掛けた赤い蝶ネクタイの男の子が頭に浮かぶ。

 見た目は子供で頭脳は大人というわけだ。

「……失礼な事を考えてませんか?」

 自身の考えている事を見抜かれ、誤魔化す為に彼女の頭を一つ撫でると、恨めしい目つきで見上げてくる。

「さあ、どうだろうな」

「またそうやって誤魔化すんですね。いいですよー」

「朱里は結構拗ねやすいんだな。初めて知ったよ」

 本当に、今までは自分から避けていたからこんな細かい事に気付かなかった。

 そうだな、これからは気にせず皆ともっと関わろう。そうすればいいように変わるだろう。

 むくれ続ける朱里を苦笑しながら眺めていると視界に面白いモノが映った。

「朱里、あれを買おう」

 立ち止まり、指さす方を見させるとそこには白い羽の団扇がある。

 諸葛亮といえばまさしくそれだ、と言える一番の代物。

「綺麗な団扇……」

「ほら、軍師って隊に指示する時に何か目安になるモノがあった方が便利だろ?」

 店に近づいて、朱里は団扇を手に取ってからまじまじと眺め、何を思ったのか振り返り真剣な表情でビシッと俺を指し示す。

「っ! ……こんな感じですか?」

「いや、今です! って掛け声が欲しいな」

 それを聞いた朱里は慎ましやかな胸の前に団扇を持って行き、

「今です!」

 掛け声と共に先ほどと同じ動きを行った。おのれ孔明、お前がこんなに可愛いはずがない。

「おお、いいな! まさしく伏竜! よっ、大陸一の名軍師!」

 褒めちぎると彼女は照れくさそうにしながらも満更ではない様子。

 戦術なら雛里がぴか一だが、他は朱里の方が今の所少し上だろうしな。二人で競い合って高め合うのが一番だ。

「ふふ、大陸一ですかぁ」

 今の蕩けた顔はただの幼い少女にしか見えない、とはさすがに言わないでおく。

「徐晃将軍。それ買うのかい?」

 大きな声が聞こえたのか店から店主が出てきて俺に笑顔で聞いてきた。

 値段を見ると安くは無いが払えない事もなかった。

「ああ、買うよ」

「いつもうちのやんちゃ坊主が世話になってるし安くしとくよ」

「雛里ちゃんの分も一緒に買いましょう!」

 はっと我に返った朱里が己が親友の分もと言い、そんな彼女の気遣いに心が温かくなった。

「よし、そうしよう。色違いがいいかな?」

「はい!」

「色違いは黒しかないんですが……」

 申し訳なさそうな店主から差し出されたのはビームが撃てそうな黒の団扇。

 それを見て自分の思考が嫌な方に巡り始める。

 司馬懿がこの世界に居なきゃいいけど。もし居たなら大陸でも最強と呼び声の高いあの軍師とこの世界の曹操に組まれたらさすがにまずい。

 どれだけの軍師がこの世界にいるかは知らないが、もし誰かしら埋もれているなら引き抜きたいな。

「秋斗さん?」

 深く思考に潜っていると朱里が不思議そうに見上げてきた。

「ん? ああすまない、ぼーっとしてた。店主、二つともくれ」

「ええ!? 私も出し――」

「構わないぞ。頑張ってる二人への贈り物ってことにしといてくれ」

「……わかりました。ありがとうございます」

 まいどありーっと元気よく応じる店主から商品を受け取り、初めは申し訳なさそうにしていたが贈り物ということに納得したのか早くと急かすようにこちらを見る朱里に渡すと、宝物だというように満面の笑顔で胸に団扇を優しく抱きしめた。

「機嫌直してくれたか?」

「はい! ありがとうございます!」

 先程まで拗ねていたがやっと満面の笑顔になってくれた朱里を見てから、また二人で並んで街道を歩きだす。

 鼻歌を歌いながら歩く朱里はご機嫌で、最近の疲れた様子も吹き飛んだように見えた。

「秋斗さん」

 途切れた鼻歌の後、少しの間をおいて俺に声を掛ける。

「どうした?」

「私は大陸一の、誰も追いつけないような軍師になってたくさん人を救いたいです」

 彼女の言葉は先程したなりたいモノの話の答えだろう。

 俺のように捻くれた答えを言わず、現実的に捉える所が朱里らしいと言えた。

 煌々と熱く燃える瞳の光は覚悟の大きさを表している。桃香にしたように幾つか問いかけるか。

「……その為に人をたくさん犠牲にする事になるが?」

「もう甘い事は言いません。きっとこれからの乱世ではたくさんの犠牲を強いてしまいます。それでも……どんな事をしてでも桃香様の理想の礎を、優しい世界の土台を創り出す事が私の願いです」

 確かにその覚悟は見事だが、一つ踏み外すだけで大変な事になる。

「どんな事をしてでも、ではダメだ。基準線をしっかりと引いておいて、その中から選ぶんだ」

「あ……そうですね。では私はそれを読み切った上で正道を貫くことも、策を献策することも行います」

 朱里は俺の言葉を間違えなかった。

 桃香の理想の為にどんな事をしてでも、ではいつか人が着いて来なくなる。敵方の邪道を読み切るのにその思考は必要だが、自身がそればかりを行ってはいけないという事。軍師ならば搦め手の類を使っていい相手と正々堂々と打倒すべき相手は見極めなければならない。

「うん、それでいい。じゃあもう一つ。敵の中に善人は入っているか?」

 これにちゃんと答えられたなら桃香も変えられる。朱里は哀しそうな表情に変わりゆっくりと口を開いた。

「……入っています。話しても分かって貰えない人とは戦うしかありませんから」

 まだ甘いが及第点と言った所だ。これなら後々に期待出来る。その後に従わせる事が出来るのか、と聞くのは簡単だが今はしない。朱里は聡い子だから俺が言うときっと全てに気付く。

 でもしっかりと形にするのは桃香が大きな決断を出来た後の方がいい。そうしないと桃香と朱里が内部で敵対する事になる。筆頭軍師と主の対立は俺にとってはまだ望む事じゃない。

 桃香がどの程度まで行けそうなのか判断出来ないとこれ以上は進めない。多分、雛里もそれを分かってくれてるから朱里にも話を振って無いんだろう。

 もし、これから自身で気付いても、理想との矛盾が大きすぎて簡単には口に出せなくて、巡る思考の中で俺達と同じ答えに行き着いて、まず真っ先に雛里の元に相談を持ちかけるだろう。

「哀しいけどそれが現実だな。ごめん、暗い話題にして」

「いえ、いいんです。考えておかなければいけない事ですし。それに私から話を振ったので……」

 また彼女を暗くしてしまった。どうしたモノか。

 せめて戦から思考を離して上げたくなって違う話を振る事にした。

「ならもうおしまいとして違う話をしようか。そうだな……徐晃隊の笑い話でもしよう。あれは連合に行く前の話なんだが――――」

 歩きながら、朱里に笑い話をすると彼女は楽しそうな笑顔を見せてくれた。

 ほっと胸を撫で下ろして俺達は他愛ないやりとりと会話を繰り返しながら帰路に着いた。


 ああ、やっと俺達は家に帰ってきた。そう実感できた今に感謝しながら。










~伏竜、鳳雛の対峙~


 秋斗さんから贈り物として朱里ちゃんと色違いの団扇を貰った。

 彼からの初めての贈り物に私の心は歓喜に溢れた。

 夜の闇を映した漆黒の団扇の色はまるで人々に語られる彼の二つ名のようで、彼がいつでも隣にいてくれるようで、あの人を助けるために私が揮えと言っているように感じて。

 対して親友の持つ団扇は純白。少しの優越感とも取れる感情が私の心に浮かぶ。醜いとは思う、でもこれはどうしようもないモノ。朱里ちゃんに負けたくないという私自身の心の形だから。

 しかし、嬉しそうに話す朱里ちゃんを見て胸がチクリと痛んだ。

 その表情はまさに恋をする女の子のモノで、きっと私もあんな顔をしているんだろうと想像出来た。

「――――でね、私はこれから大陸一の軍師になるために頑張ろうと思うんだ」

「……朱里ちゃん、負けないよ。私も大陸一の軍師を目指してるから」

 きっぱりと、笑顔を向けてくれる親友に力強く言い切る。あの人の為に、とは言わない。これは私だけの想いだから。全ての平穏な世に暮らす人の為、でもあるけど私の心はあの人を救いたいという想いに傾き始めていた。

 きっと、だからこそ私達は王になれない。器とはそういうモノなんだろう。

 私の決意を聞いた彼女はきゅっと唇を引き結んで強い光を携えた瞳で私を見た。

「うん、同じ軍だけど、同じ軍だからこそ私達で競い合おうね」

 互いに見つめ合う事幾分。私はもう一つ、大切な事を親友に告げる。

「秋斗さんの事は……絶対に負けないから」

 言葉に別の意味を込めて伝える。彼の隣に軍師として立って平穏を作り出すのは……私しか嫌だ、というわがままな心を。

「……やっぱりバレてたんだ。うん、負けない。私も……あの人の事が好きだもん」

 きっと他の道もある。

 二人であの人に想いを伝えたら、優しい彼は私達を二人とも受け入れてくれるかもしれない

 でもダメなんだ。それでは意味が無い。例え二人の想いが受け入れられるとしても、彼に一人を選んで貰ってからでないと、優劣をつけないと私達はもう納得しない。

 私はもう朱里ちゃんにも、他の誰にも負けたくない。

 これは乱世と同じなのかもしれない。

 まさしく、彼の言うように誰かが一番にならなければ納得出来ない乱世のよう。

 桃香様の理想なら誰もが一人に平等に愛される、という未来も描けるだろう。

 しかし元来、権力者は幾人かの伴侶を持つこともあるが、それでも正式な伴侶はたった一人が望ましい。心の問題ではなく、広く事実として全ての人に知られることだろう。

 もし、彼の望みと交わりあったとしても、幾人も支える者が増えたとしても、隣に堂々と立てる人はたった一人だけ。

 そこで一つの事柄に気付いた。


 ねぇ、朱里ちゃん。

 もう私達が桃香様から離れかけてるって気付いてる?

 あの人に関わったから、あの人を想えば想うほど、私達が変わって行ってるって気付けてる?


「どっちが選んで貰っても、恨みっこは無しだよ?」

 宣言を一つする朱里ちゃんはきっと気付いていない。でも、朱里ちゃんはそのうち気付いてくれる。  桃香様が決断出来ない時が来た時に、きっと桃香様を選ばずに私達を手伝ってくれるだろう。

 桃香様が決断を出来たなら、それならその先に待つのは彼の思想でもあるのだから問題は全くない。

 その時は……二人で共に想いを伝えよう。

「うん。じゃあ、ある程度安定した時に二人で一緒に想いを伝えるっていうのはどうかな?」

「分かった。……それまでが勝負だね。でも――」

「軍師と恋では好敵手でも、ずっと親友だよ」

 暖かい表情で私を見た朱里ちゃんが言おうとした事を代わりに繋げると、彼女は笑みを深めて手を差し出した。

 その手を握り、互いに笑いあう。

 そう、私達は何があっても心で絆された友なんだから。


 その夜、私達は次の日の仕事に差し支えないように互いの想い人の事について語り合った。




読んで頂きありがとうございます。


朱里ちゃんはまだ盲目状態なので従わせる、というより同盟思考よりです。

主人公の判断が吉と出るか、凶と出るかは今後次第です。


次は店長の幕間です。


ではまた

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