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人中と例外


 呂布の走行上、先頭に鈴々が踊りだした。凶暴な速さを以って唸りを上げる蛇矛は、その悪魔を粉砕せんと振り下ろされる。

 呂布はそれを片手だけで持った画戟で軽々と受けきり、瞬時に反撃に移る動作を見せた。

 それを見た愛紗がさせまいと横に飛び出し偃月刀で袈裟に斬りかかる。だが軽く身体を捻っただけで躱されてしまった。

 その先、そこ一点に読みを集中して放った自分の突きは敵の身体を貫くことが無く、代わりにと放たれた柄での脅威的な速さの一撃が襲い来るも、膝を抜いての前転でなんとか避けた。

 振りぬかれた画戟を二人も躱して飛びのき、次の追撃を警戒し呂布に目線を置く。

 呂布は少し気怠そうにゆらりと肩に武器を担ぎ、片手でちょいちょいとこちらを挑発した。

 たった一回の交差で相手との実力の途方の無さに愕然とする。

 これが呂布か。なるほど、確かに化け物だ。

 自分の後ろ向きな思考のくだらなさに小さく舌打ちをして再度の攻撃に移ることにした。

 次に行ったのは膝を抜いての縮地から剣での横薙ぎ。

 肉薄まで微動だにしなかった呂布は画戟をするりと下げて剣を受け止め、衝撃を受け流すように武器を回して斬りかかってきた。

 その動きに合わせるように地面を蹴り抜き回転し、振りおろしを避けながら回し蹴りを放つ。

 しかし、驚くべきことに呂布が振りおろし掛けたはずの戟は、突如軌道を変え俺の身体に向かい来る。

 咄嗟に膝を折り、身体ではなく画戟に狙いを変え鉄板入りのブーツで襲い来る武器を弾いた――

 ――瞬間、身体が吹き飛ばされる。飛ばされた時に大きな金属音が高く響いていた。

 ギシリと膝の間接が軋んだが気にせず受け身を取り、すぐに目を向けると鈴々が敵の画戟を受け、呂布相手に鍔競り合いを仕掛けていた。

 耐えてはいるがこのままじゃもたない。もっているうちにと二人に向かい、地を蹴って最高速で駆け寄る。

 愛紗もそれを見てとったのか呂布の横合いに高速の突きを三連放った。そしてこちらも合わせるように三連。

 三つの武器がぶつかり不快な耳鳴りを起こす不協和音が響く。三人が三様に武器を引きつけ身の安全を計った。

 呂布はというと鈴々と俺の脇を武器を引きずり、合わせて斬りかかることもなく、するりと抜けて出て行った先で、

「さっきのより強い。けど、恋より弱い」

 こちらを見やり一言。

 憎しみに目が曇ればまだやりやすいモノだが、さすがは人中の呂布。

 そんなものには左右されず、こと戦においては感情など意のままに操れるか。

 いや、今回は内に煌々と燃えたぎるようにして力に変えている、か。

「これほどとは……」

「こいつ……やばいのだ」

 二人は口々に焦りの言葉を吐いた。両方ともまだ無傷、しかし紙一重である。

 先ほどの三人との戦いの動きよりは速く強い。だが、やはり手を抜かれているように見えた。

「なぁ、呂布」

 ふっと息を吐くように言葉を流し、互いに目線を合わせる。

 無言でこちらを見る目には先ほどとは違い、憎悪以外の感情が見て取れた。

「お前はなんで本気を出さないんだ?」

 二人も気付いているようだった。しかし怒りの雰囲気は感じられない。

「……覚えておくため」

 ああ、そういう事か。

 こいつは少しでも認めた相手を、その全力の武を見ることで心に刻んでいるのか。

 憎悪の対象でも敬意を持って。

 誰も追いつくことの無い武を持つ彼女ならではのやり方。

 彼女はまさしく人中と言えた。

 愛紗も鈴々も普通なら手を抜かれているのかと怒っても不思議じゃないが、彼女の言葉足らずな説明の真意を理解し納得していた。

「お前……なんか変。どうして戦ってる?」

 俺に向けられたその言葉は普通戦場で放たれるモノではない。俺から何を感じ取ったのか。

「……少しでも守り、繋ぎたいから、かな」

 堕ちる人を、生きる命を、散りゆく想いを。

 先は言わずとも伝わったのか彼女は一つ頷いて話し出す。

「大丈夫。お前が死んでも恋が連れて行ってあげる」

 強い光を宿した瞳とともに紡がれたその言葉は心に染みわたり、俺は少し許された気がした。

「秋斗……殿……?」

「お兄ちゃん……どうして泣いているのだ!?」

 ポタリ、と一粒落ちる雫は俺の心から溢れ出た想いのカタチか。おかしいとは思うが、自身を殺そうとしている相手に感謝の念が湧き出てしまった。

「……クク、気にするな二人とも。呂布、感謝する。だが俺の、俺たちの為すべきことの為に、お前を倒すよ」

 言い放つと戸惑っていた二人も疑問を抑え付けて今の現状の打開のため気を引き締めた。

「ん、わかった。ここから恋も全力。……行く」

 そのまま殺気のみじゃない気があたりを包む。

 そしてただの暴力ではない真の武が俺たちに向けられた。


 †


 十分に袁術軍の被害は出せたと言える。まさか中軍に袁紹の将がいるとは思わなかったが。

 部隊を連れていなかったため、交流のある紀霊の所に行こうとしていたのだろう。

「いい具合ね、雪蓮」

「……そうね」

「どうした? いつになく歯切れが悪いじゃないか」

 疑問を口に出すがわかっている。このような返事をする時はいつも勘が働いている時だ。

「……そういう事か」

 ギリと歯を噛みしめ憎らしげに一つ呟く雪蓮。

「何がだ?」

「一杯喰わされたのよ。きっとこの被害も計算の内だわ」

 雪蓮に言われて思考を開始する。

 奴等の先陣と中軍の被害は甚大。呂布による混乱と見せかけ乱戦まで持ち込んだ。

 確実に袁術軍の戦力は削いでいる。こちらは敵を押し付けて最小限に被害をとどめている。

 我らの策は上手くいった。

 そこで違和感が顔を覗かせた。

 あの女狐相手に上手くいった。いや行き過ぎている。

「じゃあこれは――」

「そ、またあいつの掌の上ってわけ。被害を受けているのは新兵ばかりよ」

 雪蓮はいら立ちからか剣を鞘から抜き差しして気を宥めながら言いきった。

 三人の将は呂布個人に対する袁術本人の防衛のため。先陣でなく中軍に、それも将のみがいたのはこちらの情報が洩れていないと思わせるため。

「……ならもう茶番を続ける意味はないな」

「こっちもこのままじゃ被害が増える一方だもんね。サクッと押し込んだほうがいいかも」

 そうするにしても孫策軍のおかげで持ち直した、と周りには思われない。そろそろ袁紹軍の将がこちらまで来るはずだ。混乱を共に収めたとしてもそいつらの名が上がる。

 悔しさで唇を噛みしめ少し血が滲む。

 ここまで計算しているのか。

 あの女狐だけではここまで見事に読み切る事など出来はしない。すると田豊、あれが裏で糸を引いているな。

「ここで虎牢関の一番まで取らせるつもりかもね」

「……いや、それだけはさせん。既に明命と思春に指示を出してあるから問題ないだろう」

 後々を見ても今押し返すのが最善か。

「雪蓮、少し本気で働いてもらうぞ」

「あら、もう我慢しなくていいのね?」

「ああ、頼む」

「じゃあ行ってくるわ」

 任せたぞというとひらひらと手を振って行ってしまった。

 見送りながら自分の見通しの甘さに拳を握りしめ、せめてここから少しでも有利に働けるようにと思考を切り替えた。


 †


 夏候惇に曹操軍の攪乱を邪魔されて一騎打ちをしている最中、後方から銅鑼の音が戦場に鳴り響く。

「惇ちゃんごめんなぁ。あんたと戦うんはめっちゃ楽しいねん。けどうちもやることあるさかい堪忍な」

 関羽の時といい今といい、本当に自分は運が無い。だが月を守るためなのだから自分の欲など二の次だ。

「待て! 張遼! 逃げるのか!?」

 策を読んでいたくせにこちらの状況がわかっていないのか。華雄と同じ匂いがする。こういう奴は嫌いじゃない。

「残念やけど、せやな。うちは撤退や。運がよかったらまた戦おうや。張遼隊、引くで!」

 身を翻し隊に指示を出し後軍の間を縫っていく。

 ねねが速めに撤退の指示を出したのは正解。読まれていた以上このまま長く続けると戦況はもはや取り返しがつかなくなる。

 確実に苦しくなった。

 まさか読まれていたとは思わなかった。伝令が着くと同時に関のあらゆるところに警戒を促しネズミは殺しきったはずだったが……関に入る所を見ただけで引いた奴がいたのか。

 後悔しても遅い。

 奇襲がうまくいったのは恋側のほうだけか。

 後軍の陳宮隊の旗の所に行くとねねが手を振っていた。

「霞! お疲れ様なのです!」

 元気良く声を掛けてくれるねねだが表情はどこか優れない。

「……気にすんな、ねね。洛陽で月のこと助けてからちゃちゃーっと戻ってくるから頑張って待っといてな」

 軽く口にするが安心させるための嘘だ。気休めくらいになればいいと思ってのこと。

 奇襲がばれていた時点で自分が戻る頃には洛陽に撤退しはじめているだろう。

「……洛陽は任せたのです。月を、詠を、恋殿の帰る家を」

「任せときぃ! こっちは二人に任せたで! それと次会ったらアレ喰らった時の敵の反応も教えてな!」

「ふふふ、霞には後で結果だけ教えてあげるのです。さあ、こんな所で道草を食っている場合ではないのですよ!」

 にやりと笑いながら言うねねにがっくりと項垂れてみせて不足を示す。結果だけとはつれないことだ。

「殺生やなぁ……まああんまり無茶すなや! ほなな!」

 そこまで言いきってねねの側を離れた。

 後ろからの「ねねの本気を見るのです!」と言う大きな声を確認して。




「お前達は呂布隊最精鋭、最強の勇者の軍! 何があろうと負ける事は許されないのです! 呂布殿の為に戦い! 呂布殿の為に死ね!」

 自分の語りに反応して兵から上がる怒号は全てをなぎ倒すよう。

 勝負はここ。今からが本当の正念場である。

 曹操の軍は連合でも最強。ならば死兵となって崩しておかなければ連合自体は崩れない。関に引いても守りきるのに足りない。いや、このままでは虎牢関を放棄するしかなくなる。

 温存していたこの隊は、自分の手足のごとく命令に従い死んでくれる、飛将軍に付き従う自分と同じ思考の部隊。

 孫策軍側は捨て置く。あちらはまだ時間があるのだから曹操軍に意識を集中すべきだ。

「先行していた陳宮隊は下がるのです! 太鼓を!」

 陳宮隊は音を聞くと素早く下がる。急な後退に一瞬の間が出来た。

「一、二、三、四小隊、突撃! 五、六、七、八小隊は後ろから矢を放て! 味方の突撃が当たるギリギリにです! その後、左右に展開し、後退している部隊を縫って押し込むのです!」

 戦場全てをざっと見回し最適の状況を無理やり作り出せるように指示を出す。

 恋殿率いる呂布隊は袁術軍と袁紹軍の中央に位置していた。曹操軍の後背を突くのは無理。なら乱戦の最中を突き抜けて孫策軍と袁術軍に被害を増やしてくれるはず。

「さあ、お高く留まった曹操に目にモノ見せてやるのですよ! お前達はいつも通りにこの陳宮の言うままに動くのです!」

 中央は恋殿が少しでも楽に戦えるように道を作っておこう。

「陳宮隊副隊長に伝令。虎牢関前と城壁にアレの準備を急がせるように通達するのです!」

「はっ!」

 今回の夜襲での最後はこの最終手段で必ず決める。この状況なら使えるはずだ。


 †


 自惚れは無かった。

 慢心も無かった。

 己が全てを出しきっている。

 周りとのいつも以上に連携もとれている。

 しかし三人がかりでも敵わないどころかキズ一つつけられていない。代わりにこちらは傷だらけ。

 その武は間違いなく他の追随を許さぬ天下無双。

「ぐっ!」

 躱しきれなかった戟の剣先が自身の腿を掠めた。

「おりゃりゃりゃりゃー!」

 私への追撃に動いた呂布に向かって放たれた鈴々の怒涛の連撃も、

「……単純すぎ」

 難なく躱され、最後の一撃に合わせるように返しの刃が襲いゆく。

「ぐあっ!」

 秋斗殿が間に割って入り剣で受けるが二人とも纏めて吹き飛ばされてしまった。

 一瞬止まったかと思うと高速でこちらに近づき連撃を放たれる。

 一撃、二撃、三撃……までは合わせられたがあまりの力にこのままではこちらの攻撃が間に合わなくなる。

 不意に連撃が止んだと思えば後ろから斬りかかった二人の武器を同時に弾いていた。

 その予備動作で行われた横なぎの一振りが私を襲う。

「っ!」

 武器で受けたが脚の踏ん張りが利かずそのまま吹き飛ばされ、受け身がとれず背中と頭を打ちつける。

 武器を杖にして立ち上がるがもはや満身創痍。先ほどの一撃のせいか、頭がふらつく。

「鈴々!」

 秋斗殿の声に反応し、顔を上げてぼやけた視界で見た先にはこちらに吹き飛ばされた鈴々の背中。

 なんとか受け止めたがこちらも後ろに倒れてしまった。鈴々は頭を打ったのか気絶している。

「鈴……々! 目を……覚ませ、鈴々!」

 その時どこかで銅鑼の鳴る音が聞こえた。

 音を聞いて呂布の動きが止まり、その一瞬に賭けたのか秋斗殿が突きを放った。

 だが彼の動きはいつもの精細さがあまり無く、剣は軽々と躱され、遅れて大きな音が聞こえ吹き飛ばされたのが見えた。

 彼が三人で一番傷を受けていた。

 器用で合わせるのがうまい彼は率先して私たちの守りを受け持ち、その大きな体は躱しきれずいた刃を多く受けていた。

 倒れた彼は起き上がろうとするが起き上がれないようで、ぐぐっと上体を起こそうともがくがそれ以上は変わらなかった。

 呂布は秋斗殿に近づいていく。

 咄嗟に鈴々を横たわせ立とうとしたが急な眩暈に前のめりに倒れてしまった。

 立とうともがくが身体はいう事をきかず、顔だけ上げて見ると呂布は武器を高く振り上げ何やら呟いている。

 自分の口から掠れた、声にならない叫びが漏れる。奴はこちらを見ようともしなかった。

 そして幾分か間をおいて上げられた方天画戟は月を裂き、倒れている彼に振り下ろされた。




 吹き飛ばされ、武器は放さなかったが受け身が取れなかったので身体への被害は甚大だった。

 身体がいう事を効かない。

 顔だけ上げて見ると呂布がこちらに近づいてきていた。


 起きろ。

 攻撃が来る。

 動け。

 動いてくれ。


 無茶が過ぎたのか頭がふらつき、何を願おうとも、どれだけもがこうとも立つことが出来ない。

 目の前まで着いた呂布はその画戟を天高く上げ、

「……ごめん。先、行ってて」

 哀しげにそう呟いた。

 瞳の中、憎しみと哀しみの間に揺れる炎に吸い込まれそうだ。


 俺はこのまま死ぬのか。

 何も変えられず。

 乱世のハザマでこのまま。

 あっけない。

 俺は何もできないのか。


 突如、思考と視界に不快なノイズが走る


 嫌だ。

 まだ死ねない。

 まだ変えてない。


 ノイズが大きくなり周りの音が消え、世界がスローモーションになっていく


 理不尽にこの世界に飛ばされて、使いっぱしりのままで死んでたまるか。

 俺は俺の意思でこの大陸に平穏を作りたい。


 もはや思考のノイズしか感じなくなり


 俺に――――

 ――――この世界を変えさせろ。


 呂布の画戟が俺の身体に振り下ろされ、全ては白に包まれた。




 †




「なんで条件満たしてないのに勝手に発動したんですか! 外史への存在定着率が低い今の状態で使ったら別事象でも使えなくなるのに! ちくしょう、この事象はなんなんですか! イレギュラー過ぎますよ!」

 カタカタとキーボードらしきものを操作しながら、こちらには気付いていない幼女が一人。

「ああもう! 改変前なんですから大人しく死んでも次の事象を問題なくスタートできたんですよ!? ……よし、抑え込めました!」

 一際大きく音を鳴らし、ゆっくり息を吐きながら振り返って……仰天していた。

 ありったけの文句を言おうと思ったが徐々にこちらの意識が遠くなる。

「ちっ……まあせいぜい頑張ってください」

 最後に見たのは三日月型に笑う口。

 そのまま、俺の意識は回って落ちた。


 †


 殺したと思った。

 目の前の男の心の臓に刃を降ろし、その命を絶ったはずだった。

 だが、身体にあたる寸前で自分の武器が弾かれた。

 その時襲ってきたのは全身を這い回る悪寒。瞬時に飛びのきその男から距離を取った。

 本能に従いあいつに向けていた殺気を収める。

 あれはゆらりと立ち上がりただこちらを見ていた。

 その瞳に映るモノは虚無。そこには何もない。

 あらゆる感情も、人の意思さえも。

 続けて寒気に身体が凍りついた。

 想像されるのは殺し、殺される自分達二人の姿。

 自分ならば殺せる、いや自分しか殺せない。だけど多分自分も死ぬ。

 そこには想いも無くただ結果だけが残る。

 あれとは戦いたくない。自分もあれと同じになってしまうから。


 怖い 恐い こわい コワイ


 これは人じゃない。

 ただ敵対するものを殺すだけの人形だ。昔の自分と同じ、月が殺してくれたはずの自分がそこにいる。もうあの時の自分には戻りたくない。

 だからこっちを見ないで。もう自分に思い出させないで――

「呂布将軍!」




 振り下ろされた画戟は彼の身体に吸い込まれる寸前で剣の横なぎによって弾かれていた。

 同時に呂布は飛びのき秋斗殿から離れる。

 ゆらりと起き上がった彼は立つのがやっとなのかただ呂布を見ている。

 呂布は斬りかかる事もせず武器を構え警戒しているだけだった。

「呂布将軍! 陳宮様の合図から時間が経っています! 我らはもはや最後尾、すぐに後退を!」

 近づいてきた兵の一言で呂布はすっと武器を降ろし、近寄る兵を殺しながら暴風のように去って行った。

 それに続いて袁紹軍と袁術軍の兵が追撃に向かう。

 秋斗殿はそのまま立ち尽くしていたが、徐晃隊副長が近づくと何かを話している。

「う……」

「鈴々! 目が覚めたか!?」

「愛紗……呂布は……?」

「敵の作戦のためか撤退していった」

 聞きながら鈴々は立ち上がる。

「お兄ちゃんは?」

「怪我をしているが無事だ。あそこに」

 立っている秋斗殿を見て安心したのかゆっくりと私を支え起こしてくれた。

「愛紗もひどい怪我なのだ」

「関羽将軍! 張飛将軍!ご無事ですか!?」

 呂布隊の猛攻が無くなりこちらの隊も戻ってきたようだ。

「問題ない。それより隊の状況を――」

 二人で報告を聞いていると秋斗殿がふらつきながらもこちらにやってきた。

「秋斗殿、大丈夫ですか?」

「ああ、少しふらつくが大丈夫だ。すまない」

 そんな青い顔をしながら言われても説得力がないのですが。

 心配そうに覗き込んでいる鈴々の頭を少し撫で彼は続ける。

「俺たちは本陣へ向かおうか。曹操軍が少し押されているらしい。曹操軍の援護は袁紹軍が代わりにしてくれるようだが、万が一のために桃香達を守りに行こう」

 あの曹操軍が押されているとは……いや、相手も必死なのだろう。

「わかりました。すぐに向かいましょう」

「お兄ちゃん……今回はもう戦わないのかー?」

 確かにまだなんとか戦えるが、と言う前に秋斗殿が口を開いた。

「多分な。ここでまだ戦いに向かうと俺たちの軍の被害が大きくなりすぎる。それに今の俺達じゃ邪魔になるだけだ」

 それが最善の選択。呂布との戦闘の後で兵達の士気も落ちてしまっているのだから。

「ではいきましょう。こちらの軍自体は後退しているのですか?」

「袁紹軍が曹操軍との間に割って入ってきたんだとよ。何を考えているのかわからんが。それにより後退を余儀なくされたらしい」

 私達を守るため……などということはないだろう。

「とにかく戻るのだ!」

 鈴々にせかされ本陣への路につく。後方から戦の音を聞きながら。

「……悔しいのだ。鈴々達じゃ勝てなかったのだ」

 途中、ぽつりと鈴々が震える声で呟いた。

「そうだな」

 秋斗殿が優しくその頭を撫でる。

「だが生きてる。それも大事な事だよ鈴々。生きている限り人を助けられる。……っ。それに連合は負けちゃいない、戦は勝たないとな」

 私たちは負けた。呂布一人に。無力だった。

「今は一歩一歩進んで行こう。後の世の平穏のために」


 ゆっくりと彼から紡がれたその声は、どこかいつもとは違っているように感じた。




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