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覇王の描く盤上に

 虎牢関。

 初めて見たとき俺達は遠くからでもわかる程の、そのあまりに大きく頑強な様相に圧倒された。

 おぉ、衝車がぁ。っていう袁紹の悲痛な叫びを思い出すな。

 そういえば呂布倒したら赤兎鐙獲れたっけか。この世界の呂布は三万を一人で追い返すと聞いたがどこぞの三国志ゲームも真っ青だろう。

 シ水関での戦の後、俺達の軍は最後尾で少し遅れて行軍していた。

 クジの結果なので文句はない。それに行軍中は最後尾で良かった事もある。

 虎牢関に着くまでに張遼による奇襲が何度かあったのだ。気付いた時には攻撃され、対応しようかと手間取っている間に去っていく。守りを固めていると絶対に現れず、少しでも油断を見せれば食いつかれた。

 神速の用兵は伊達ではなく、連合軍はその対応のため行軍を遅くすることを余儀なくされた。

 そしてやっと虎牢関についたのだが着いた頃にも虎牢関で一悶着あった。

「勝手に先行した諸侯達の軍なんですが、攻城戦に移る前に呂布隊と張遼隊の奇襲を受けて大打撃を負いました」

 俺達の大勝を見て功に焦った弱小諸侯達が独断で先行。結果は大敗。足並みを揃えることも無く、完全に足を引っ張りあっていた。

 諸侯達の被害が増えていく後ろで袁術軍、袁紹軍、曹操軍、孫策軍はまともに戦わず様子見をしていた。

 各軍の軍師達の判断だろう。噂の飛将軍の実力を知らない諸侯達を様子見に使ったってとこか。ちなみに公孫軍、馬超軍は後軍のため何もできず劉備軍はさらにその後ろのためお察し。

「次は曹操さんと孫策さんの軍が先陣に出るようです。中軍は袁術軍・袁紹軍から兵を出し合って……しかし私達も中軍参加に決まってしまいました」

 朱里が悔しそうに言う。また夕にうまく抑えられたのか? 弱小勢力の悲哀だな。

 一応呂布については夕のお墨付きの情報は少し入れたが戦う事がないならそれに越した事はない……ないんだが胸騒ぎがする。

 虎牢関から溢れ出る闘気とも呼べる威圧感がそうさせているのか。それとも俺の知ってる呂布の無茶苦茶さから起こる警鐘か。

「仕方ないさ朱里。俺たちはまだ弱小、参加を決めた時点で使われる事は目に見えていただろう?」

「それでも! ……あの人は苦手です。」

「はは、桃香に続いて朱里もゆ……田豊が苦手……か……」

 しまったと思った時には遅かった。隣の少女は恐ろしい笑顔で俺を見ている。

「秋斗さん? いつ、あの人と、何があって、真名を、許しあう関係に、なったんですか?」

 言葉を所々で区切って威圧しながら俺に聞いてくる。心底怖いんだが。

「……そんなことより次の戦いの」

「何があったんですか?」

「いや、次の戦いの」

「秋斗さん?」

 聞き出すまで話を進めないつもりかなのか悉く言葉を被せられ、もはや逃げ道は残されていないのだと覚悟を決めかけたその時、

「秋斗殿。兵と兵糧の確認は終わりましたか?そろそろ軍議を始めたいのですが」

 愛紗がもの凄くいいタイミングでやってきた。渡りに船とはまさにこの事。

「今終わった所だよ。副長に兵糧の数を伝えてからすぐに向かう。先に天幕で待っていてくれ」

 わかりましたと言って愛紗は去って行った。まあ副長にはもう伝えてあるが。

 朱里から凍えるような冷気が出ている。軍議がなきゃお説教確定だっただろう。

「……さすがにお説教で軍議遅らせちゃダメだよな」

「後で説明してくださいね」

 そこまで聞きたいのか。だがさすがに言えない。桃香の件もあるから朱里には特に。

「……ごめん。今回のはシ水関の天幕の時と同じで今はどうしても無理なんだ」

 いつもとは違い真剣に頼んでみると、

「……わかりました」

 朱里は驚くほど素直に、だがどこかショックを受けた顔をして振り返り歩き出した。特殊なケースだし説明しづらいのもある。真名を軽く見てるようにも思えるし、ごめんな。




 シ水関から私は変だ。

 今回の事はどうしても聞きたかった。この人との心の距離に気付いてしまったから。

 不安なんだ。

 この人がどこかに行ってしまいそうで。

 怖いんだ。

 私達と全く違う思考をしているこの人が。

 理解出来ないモノは恐ろしい。それが味方であっても。いや、味方だからこそ。

 だから少しでも知りたかった。

 私は雛里ちゃんとは違う意味でこの人に惹かれている。

 それは怖いもの見たさの感覚。

 この人の思考が理解できそうな田豊さんが羨ましい。

 知ってしまったら私はどうなるんだろう。

 雛里ちゃんみたいに恋に落ちるのか。

 わからないから知りたい。

 今は無理でも少しずつ教えて欲しいなぁ。

 雛里ちゃんはこの人の事をどこまで理解してるんだろうか。


 †


 虎牢関の攻めを担ってしばらく立つ。

 弱小諸侯達とは違うのが分かっているのか敵に出てくる気配が全く無い。

 いくら精強な曹操軍との共同とはいえ城攻めはそれなりに時間が掛かるし消耗も多い。

 さらにあの張遼の連続奇襲によって連合軍全体、そして私達孫策軍の兵糧にも一抹の不安が見えてきた。あの女狐が兵糧を貸し渋っているのも問題だが。

 しかし本当に曹操には驚かされる。

 こちらの情報網の確実さを見抜いて兵糧と情報の交換を持ち出して来るとは。

 それに城を攻めさせているのにも理由があるようだ。

 大陸随一の虎牢関に対しての城攻めはそのまま軍の経験になる。自分自身の経験を上げるために兵を犠牲にして いるのか。張遼が出てくるのが最善、出てこなくても良しという事。

 本当にどこまでも乱世を見ている。私たちはこの乱世を喰らう化け物といつか戦わなければいけないのだな。

「冥琳様!」

 未来での最大の壁になるであろう曹操の事を考えていると、虎牢関内部の細作に出していた明命が帰ってきたようで、少し肩で息をしながら私の天幕に飛び込んできた。

「お帰り明命。報告を聞こう」

呼吸が落ち着くのを待ち、ふうと一つ大きく息を吐いたのを見てから聞くと、彼女は表情を引き締めてから話しだした。

「呂布の感覚が鋭すぎてあまり近づけず、これといった情報は手に入りませんでした。ですが洛陽からの伝令が関に来たのを確認しました。」

「洛陽から?」

「はい。慌てていた様子でした」

「そうか、ご苦労だったな。ありがとう、しばらく休んでくれ」

「はっ!」

 洛陽からの一方的な伝令か。もしや何かあったか。

 予想されるのは内部の諍いだがそれならば今日明日の内に動きがあるな。

 対応のため虎牢関の防衛に当たっている将兵が減るかもしれない。減るのならば張遼か。

 陳宮と呂布がいれば虎牢関はしばらく耐えられる。しかし兵数が減る事によりそのうち破られるとして追撃を許しその後の洛陽での防御が厳しくなる。

 ならばどう出てくる?

 私ならばどうする?

 そうだな、あちらの手持ちの札ならばここで決めたい。

 これは呂布が動くな。曹操軍と連携を取るべきだ。

「あー、うざったい。これだから攻城戦は嫌なのよ」

 気怠そうに言いながら雪蓮が天幕に帰ってきた。我が主はどう判断するのか。

「お帰り雪蓮。明命から一つの報告があった。私の予想では敵本拠地内部に動きがあったと見るが」

「へぇ、ならそろそろ城攻めも終わらせられそうね」

「ああ、そこでお前の考えが聞きたい」

 癪だが勘込みでな。

「そうね、普通なら張遼を帰すだろうけど……ないわね」

「何故そう思う?」

「神速と天下無双。二つ使えば楽でしょう?」

「確かに楽だろうけど洛陽はどうするの?」

「夕方の動き次第だと思うわ」

 雪蓮がにやりと笑い、後に私と目を合わせ片目を閉じて言った。夕方の……そうか。そういうことか。

「曹操軍には?」

「伝えましょう。じゃないとさすがに厳しいわ」

「わかった。思春」

「はっ」

「曹操軍に伝令。洛陽内部に動きあり、明日まで警戒を強めるべし、と」

「御意」

 あの曹操軍の軍師ならば軽く予測を立てることだろう。

 明日までが山場か。


 †


「報告ご苦労。孫策に礼として虎牢関の一番は譲ると伝えなさい」

 孫策軍からの伝令を帰し桂花の方を見る。

「予想通りね、桂花」

 ぺこりと頭を下げ嬉しそうな笑顔で私を見やる。本当にいい成長を遂げている。

 日にちの予測が難しかったから情報の伝達が自分達より早く確実な孫策軍を使った。

 今回の発端から董卓が傀儡なのは目に見えていた。後ろにいるのは十常侍。

 十常侍は華雄が討ち取られ未だ戦況が五分五分とはいえ保険は掛けておきたいはず。

 有力な将が防衛に当たっている内に董卓の身柄を拘束し、自身の保身を狙う輩が必ず出てくる。

 董卓側はそれを抑え切れるならいいが主力がこちらにいるため筆頭軍師の賈駆は信頼の置ける者を戻さなければいけないと判断する。

 知恵もある有力な将は張遼。しかしここで戻せば戦況は一気に敗色に染まる。

 ならばどうするか。

 ここで大きく戦況を動かしておき、尚且つ張遼を戻す。

 そんなことが出来るのは奇策。手持ちの札から出来る事は限られてくる。

 一つ、時間が無いが神速と天下無双ならば出来うることがある。

 それは夜戦による奇襲。そして呂布に戦線を任せての洛陽までの後退。あの化け物がいるからこそこう来る。

 軍師陳宮は呂布に常に追随しているからか思考が戦術寄りだとの報告が上がっている。長い目での戦略などは賈駆が担っていたのだろうが今は現場の判断が効かない。ならばもはやそれしか手段が残されていないと思考が縛られてしまうだろう。

 これでこの戦の終わりへの道が見えた。読めている奇襲など恐ろしくはない。

 張遼は洛陽でじっくりと捕らえると決めている。洛陽の民の被害も減らすためにも張遼には一時帰還をさせないといけないのだから。洛陽では本人を春蘭、兵を桂花に抑えさせて神速の張遼を丸ごと手に入れる。

 今はこれ以上の被害を減らす事に専念すべきだ。手強い攻城戦の経験は手に入れたのだからもはや十分と言える。

 それに――この後の乱世のため袁紹軍と袁術軍に少し被害を受けてもらいたい。

 中軍には劉備軍の将達がいるから飛将軍自体は止められるだろうし、麗羽も生き残る事が出来るだろう。呂布は惜しい人材だがこちらで捕らえるとなるとさすがに被害が大きすぎる為、諦めるしかない。

 さて、後は敵にこちらが気付いていない振りをさせないといけないか。

「夏侯淵隊に城攻めを夕方まで少し激しくするよう伝えよ。それと陣の柵の確認を念入りにさせておきなさい」

「御意に」

 董卓には申し訳ないわね。董卓も時機が違えばもっと良い好敵手になりえただろうに。

 少しの判断の違いで乱世の贄となる……か。

 この乱世の終わりに果たして誰が立っているのか。

 いや、私の目の前に立っているものは誰になるのだろうか。


 願わくばより大きな乱世による、後の世のより大きな治世を。

 ふと気付けば私の口角は上がっていた。


 願わくば――この飢えた心にも充足を。




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