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彼は知らぬ間に求められる


「おかえりなさい秋斗さん。お怪我はありませんでしたか!?」

 秋斗さんが本陣天幕に帰ってくると同時に雛里ちゃんが近寄って不安気に尋ねた。

「大事ないよ。心配かけたか?」

「……怪我がなくてよかったです」

 秋斗さんの返答に雛里ちゃんはほっと安堵の吐息を漏らして柔らかい微笑みを浮かべた。その事から彼女がどれだけ秋斗さんの事を想っているのかが伺えて、自然と私も笑みが零れた。

「おかえりなさい」

「おかえりなさい、秋斗殿」

「お兄ちゃん、おかえりなのだ!」

 皆も笑顔を携え、口々に出迎えの挨拶をして、秋斗さんも笑顔でただいまと答え私のほうに向いた。

「おかえりなさい。無事でよかった」

「ただいま桃香。今回の戦の報告をするよ」

 改まってどうしたんだろうか。伝令さんから今回の戦の報告は全て聞いているというのに。

「連合のシ水関攻略作戦は成功。敵将華雄は俺達が討ち取った。徐晃隊の被害も軽微だ。大きな手柄を得て初戦は終わった、ここでお前は連合の思惑をどう見る?」

 どういうことだろう。連合の人たちは皆、民を救うために立ち上がって――

「まだ連合の思惑は曖昧なまま、正義の所在は不明だがお前の意見が聞きたいんだ」

 張コウさんと田豊さんの言葉が甦り、少し胸のあたりがむかむかした。

「私は……まだ判断がつかない、ならはっきりするまで戦いたい」

「……了解。だが相応の覚悟はしておけよ。」

 この人の言う事はたまによくわからない。明確に言葉を紡がずぼかして言うことがある。そんな彼の返答に皆も何か考えているようだが誰も口を挟んでは来なかった。

「それはどういう――」

「桃香が考えて出した答えが全てになるだろう。すまないが俺は少し出る。今回の戦でも世話になったし白蓮の所にも行っておきたいんだ」

 またこの人は一人で行ってしまう。

 正直、前から彼の事が少し苦手だった。どこか私は、いや私達は避けられている。話しているときも心に一定の距離を保たれている気がする。どうしてこの人とは仲良くなれないんだろう。

「……秋斗さん、少しお話しませんか?」

 私がそう言うと皆が驚いた。彼がどこかへ行くのを止める事など今まで一度もしなかったのだから当然かもしれない。

 秋斗さんは背を向けて去ろうとしていたがその場で立ち止まる。

 この人が距離を保つ理由が知りたい。もしかしたら私が何かしているのかもしれない。

 静寂が場を包んでいたが、

「わかった」

 一つ返事の後、秋斗さんは振り向いて元の位置に戻ってくれた。

「お、お茶の用意をしましゅ!」

 それを見て雛里ちゃんが慌てて動き出し、朱里ちゃんと愛紗ちゃんが皆の椅子を用意してくれた。

 皆が座ってお茶が出るまで待っていたが――空気がひりつき、沈黙が痛く感じる。これまでこんな事は無かったのに。

 お待たせしました、と雛里ちゃんが皆の分のお茶を机の上に並べ、一様に口を潤して一息つく。

「……で、話とは?」

「へっ!? えーと……あはは」

 彼の問いかけに何をどう話していいか分からなくて苦笑が漏れ出る。そんな私に対して秋斗さんが少し呆れながら、

「桃香らしいな。俺から切り出そうか。どこか距離を感じるから理由を聞いてみたいってとこか?」

 考えていた事を言い当ててきた。

「……うん。私は秋斗さんともっと仲良くなりたいから」

 ぐっと心を強く持って本心を話す。正直に言った言葉はきっと届くはず。

「これ以上仲良くってのは……なんか告白されたみたいだな」

 真剣な言葉にいつもみたいに茶化して来る。この人にはここで引いちゃダメだ。

「茶化さないで話して欲しいです……私が何かしましたか?」

 構わずさらに切り込むと、愛紗ちゃんが横で驚いていた。その隣を見ると雛里ちゃんが悲しそうに顔を伏せる。どうして悲しそうに見えたんだろうか。

「……本当に強かなことだ。桃香は何もしちゃいないよ。ただ俺は少し人に対して距離をおいてしまう性質なんでな」

 この人はきっと誤魔化そうとしている。また曖昧にぼかす気なのではないだろうか。

「桃香、お前は本当に綺麗な心を持っている。だが踏み込みすぎるのはいけない。人によっては打ち解けるために時間が掛かる場合もあるんだ」

「でも、私たちは仲間で――」

「仲間だからとすべてを共有することはできないよ。人は皆それぞれ違う」

 柔らかいが拒絶の言葉。きっぱりと言い切った秋斗さんを見て愛紗ちゃんが真剣な顔で口を開くが、

「秋斗殿――」

「愛紗、それ以上は何も言うな」

 そちらを見もせずに放たれた言葉で止められる。朱里ちゃんと雛里ちゃんは二人の様子に少し怯えていた。

「お兄ちゃんは難しい事考えすぎなのだ」

 突如、ずっと黙っていた鈴々ちゃんが軽く言った。にゃははと笑いかけて空気が少し緩み、微笑んだ秋斗さんが続いて口を開く。

「そうだな鈴々。だけどな……俺が毎日愛紗の下着の色を聞くようなもんなんだぞ。ところで今日は何色なんだ?」

 瞬間、時間が止まったかに思えた。間をおいて顔を赤くした愛紗ちゃんの平手が飛び、秋斗さんは椅子を倒して吹き飛んでしまった。

「なな、何を言っているのです秋斗殿! 冗談でもそのような事は――」

 そうして真剣な空気はどこへやら、愛紗ちゃんのお説教が始まってしまった。

 この人はずるい。こうやって空気を変えて誤魔化してしまう。

「すまない愛紗! ほんの軽い冗談なんだ! 許してくれ!」

 秋斗さんが必死に謝るとまだわなわなと震えているが愛紗ちゃんは仕方ないですねと呟いてから口を噤み、いつもの私たちに戻ったと感じた。

「桃香、いつか話す。その時まで待ってくれ。俺は臆病なんだ」

 少し真面目な顔で私に話す。もう元の話はできそうになかったので渋々ではあるが彼に了解の意を示す。

「……わかりました。たださっきのはよくないよ秋斗さん」

 今はまだ諦めよう。この人も優しい人だから何か考えがあるんだろう。

 私ももっとよく考えてみよう。秋斗さんの事もちゃんと知っていこう。

「秋斗さん……私とも少しお話しましょうか」

 口は笑ってるのに目が笑ってない黒い気を纏った朱里ちゃんが秋斗さんにゆっくりと詰め寄ると、

「……に、逃げるに限るな。ちょっと雛里連れて行くぞ」

 そう言って秋斗さんを睨んでいた雛里ちゃんを抱えて急いで出て行ってしまった。

 今度は変な空気になってしまっている。

「お兄ちゃんはホントすけべなのだ」

 鈴々ちゃんの楽しそうな声が上がり、それを皮切りに朱里ちゃんと愛紗ちゃんはそれぞれ愚痴を呟きだした。

 そんな中、私はこれからどう仲良くなっていこうかと思考を巡らせるのだった。




 私は今怒っている。あの場から逃げるためとはいえあんな事を言うなんて。そんな人ではないのは分かっているがそれでももっと何か違う方法があったはずだ。

「すまない雛里、連れ出してしまって」

「……」

 謝ると同時に降ろされて秋斗さんと目が合うも、一瞬だけですぐに逸らされた。

 その目は少し悲しそうで、他にも何か昏い感情が渦巻いているのが見て取れた。そんな目で見られたら責めることもできない。

 そのまま歩き出した彼の後を追いかけて、並んで歩いていると一つの問いかけが放たれた。

「少しだけでも話したほうがよかったんだろうか」

「わかりません。でも私はまだ話すべきじゃないと思います」

 戦いの最中に私達から話すことじゃないから。話すにしても終わってから様子を見て少しずつ話すべきだろう。

「虎牢関も本拠地洛陽も残ってるしなぁ。ここで不和を出すわけにはいかないし」

 きっと秋斗さんも同じ考えであの場から逃げた。この話をさわりだけでもしてしまえば皆の結束など露と消えてしまい、その不和は軍全体を脅かす猛毒となり得る。

 弱小である私達はどうしても無茶を押し付けられやすく、戦場にて厳しい場所に配置されると不和を抱えたままでは誰かが欠けてしまうという致命的な損害が予想された。

 思考に潜っていたが彼の方をちらと覗き見ると落ち着いた空気でただ歩いていた。私も倣って戦の思考を止めてただ歩くことにした。

 涼やかな風が頬を撫で、二つに括った髪の先端が歩くのに合わせて揺れる。

 私は彼とのこういう時間が割と好きだ。

 先程、一瞬だけ見えた秋斗さんの瞳が思い出されて少し胸が苦しくなった。


 きっとこの人はまた何かを背負った。

 でも私は聞けない。聞いちゃだめだ。

 自分で答えがでている時は話さない人だから。

 私は支えになれていますか?

 こうして同じ事を共有するだけで支えになれますか?


 気を抜けば口走ってしまいそうになるのをどうにか我慢していると彼がこちらを見やり一言。

「どうした?」

「……無理、しないでくださいね」

 私は心配することしかできない。

 秋斗さんは私の言葉を聞いてふっと微笑んで、

「お前にはホント敵わないなぁ」

 優しい笑顔を見せてくれる。

「わ、私は秋斗さんに何も出来ていません」

「いや、たくさん支えて貰ってる。いつもありがとう雛里」

 彼の言葉は私の心を暖めるのに十分だった。嬉しい、この人を支える事ができて。

「わ、私も……たくさん助けられていましゅ。ありがとうございます」

「おやおや、秋斗殿はまた罪な事をしておられるのか」

 途中、噛んでしまったがちゃんと言えたので安心していると突然声をかけられ、振り向くと星さんが意地悪げな笑みを携えてゆっくりと近付いて来た。

「おお、星。戦では助かった。おかげで俺達の兵の被害も抑えられたよ」

「いえいえ、それはこちらも同じ事。持ちつ持たれつでしょう」

「ならよかった。白蓮にも礼を言いたいんだが陣にいるのか?」

「ああー……白蓮殿は今、少し袁紹と揉めているようで、今日は多分会えないのではないかと」

「そうか、牡丹は?」

「牡丹は白蓮殿の代わりに軍のまとめを」

「……お前は?」

「暇ですな」

「働け、ばか」

「くく、雛里とちちくりあっているあなたに言われる筋合いはないのでは?」

 二人の会話に聞き入っていると突如星さんがとんでもない事を言い出し、私の思考が止まった。

「おい、雛里を巻き込むな。困ってるだろ。確かにサボっている俺が言えた義理じゃないが」

「……あなたは一度牡丹に脳髄を洗ってもらうがよろしいかと」

「せ、星さん!」

「おや? 雛里も賛同してくれるか。名軍師の賛同も得られたので秋斗殿はお覚悟を。」

 クスクスと笑いながらからかうのを続ける。この人はホント相変わらずだ。

「違いましゅ! 秋斗さんと私はち、ちち、ちちくりあってなんかいません!」

 そう、そんなふしだらな事はしていない。星さんには私達がそんな関係に見えているのか。まだ……気持ちを伝えてもいないのに。

「あははは、冗談だ。雛里は本当に可愛い」

「あわわ……」

 星さんに急に抱きしめられ、思わずいつもの子供っぽい口癖が出てしまった。

「久しぶりにその口癖を聞いた。秋斗殿、雛里は私が貰っていきますが構わないでしょう?」

 どんどん話がおかしな方向へ向かっている。秋斗さんを見つめて助けを求めると、

「ダメだ。雛里は渡さん」

「……お熱いことで」

 真剣な表情で言い、それを聞いた星さんからゆっくりと解放された。

 そこでふいに疑問が浮かんだ。星さんは私の秋斗さんに対する気持ちに気付いてるんじゃないだろうか。それに星さん自身も――

「せ、星さん。少しお聞きしたい事が――」

「ふふ、秋斗殿。雛里のご所望は私のようだ。残念でしたなぁ」

 私の言葉を聞いてすぐにクスクスと笑いながら秋斗さんに言う。

 そんなつもりで言ったんじゃないのに。どういうつもりですか。

「……マジか。俺、こんな時どんな顔したらいいかわからないんだが」

 秋斗さんががっくりと項垂れた。ああ、どうしてこんな事に。

「笑えば、いいのでは? 安心しなされ、少し話をした後、雛里はちゃんと劉備軍にお送り致します故。女子の内緒話をどうしても聞きたいというのでしたら止めませんが」

「……まあ女の子同士の話に男はいらんわな。陣への送りは任せたぞ。雛里、俺は少し田豊と張コウに会ってくる」

 そう言ってすぐに秋斗さんは袁紹軍の陣のほうへ向かってしまった。

 二人でいってらっしゃいと見送り、星さんの様子を伺うと名残惜しそうに秋斗さんのほうを見ていた。星さんは秋斗さんの背中が見えなくなってから話はじめた。

「……雛里よ。話とはあの鈍感男のことであろう?」

 やっぱりこの人は鋭い。

「……そうです。もしかして星さんは秋斗さんのことが――」

「クク、あのような無自覚女たらしのどこがいいのか」

 苦笑しながらの酷い言い草にむっとして反論しようとしたが星さんは話し続ける。

「しかし惚れたもの負けとはよく言ったものでな。どうやら私も秋斗殿の術中に嵌ってしまったらしい。おお、どこかの軍師殿と同じようだ」

 素直に認めればいいのにわざと回りくどく言うあたりこの人らしい。

「なに、私は今の関係も気に入っているのでしばらくは何かを起こすつもりはない」

 私と同じ。でもいつかは行動を起こすということ。

「……星さんには負けません」

「それはこちらも同じ事。雛里は手ごわい好敵手だが……私が譲るとでも?」

 星さんは手強い。すでに心許せる友の関係になっているのだから。星さんといる時はいつも楽しそうで、少し嫉妬の気持ちが胸に湧く。

「しかしあの男のほうが手ごわいか。お互い大変な相手を想ってしまったものだな雛里よ」

 そう言って私に笑いかけてくれる。この人も優しい人。

 共に競い合って、結果がどうであれ恨みっこは無しだと言外に伝えてくれているんだ。

「ふふ、本当ですね。結局はあの人のお心次第ですから」

「違いない。さあ、疑問も解けただろう? 陣まで送ろうか」

「ありがとうございます。少しゆっくり歩きませんか? 星さんには秋斗さんがどう見えているのか教えてほしいです」

「ほう、それは素晴らしい案だ。黒麒麟殿の心の城壁を突破するための情報交換というわけか」

「私もある程度はお教えしますので」

「さすがは軍師。ではどこから話そうか」

 ゆっくりと二人で話しながら歩く。二人して同じ人を心に想いながら。

 戦の最中に話す事ではないけど、そんな話をしてか私の心は少し軽くなった。


 †


 目の前にいるこの女は同類。全てを犠牲にしても守りたいモノがある異端者。

「諸侯の邪魔をするのは大変だったんですよぉ? なのに結局華雄さんを劉備軍にとられちゃうなんて」

 間延びした声で語る七乃はずっと緩い雰囲気を崩さずこの調子だった。責めているのに責めていない。こういう可能性もあると考えていたんだろう。

「仕方ない事。華雄が思ったより強かっただけ。今、明の名を上げるわけにはいかない」

「ですよねー。まあ、こちらも孫策さんの名が上がるのを抑えられましたからいいですけど」

 口を尖らせながら言う彼女の真意は分かっている。

「……何か助けが欲しかったら言ってほしい」

「ああ、じゃあ次の戦で私達に先陣を任せてほしいですね」

 これはこちらの失態の埋め合わせ。孫策には同情するが。

「わかった。本初の説得は任せて」

「頼りにしてますよ?」

「ん、そういえば公路は?」

「利九ちゃんに任せてます。あの子も過保護ですから」

 紀霊もあなたにだけは言われたくはないだろうに、とは思うがさすがに口には出さない。

「なら安心。他に問題点とかある?」

「当面は大丈夫ですねぇ。今後の動きが夕ちゃんの予想通りに行くとしたら……ですけど」

 あの欲にまみれた上層部の考えることくらい分かる。

「問題ない。董卓は逃げるしかなくなる。洛陽の民には気の毒だけど」

「……腹黒ここに極まれり、ですね。よっ、この悪徳幼女」

「それ、褒めてない。それに私は背が低いだけで胸は大きいから幼女じゃない」

「ええー、こんなに可愛いのに……」

 しゅんとしながら頭を撫でられるが悪い気はしない。目を細めてしばらくそのままいたが止めないとずっと撫で続けそうなので彼女の手を頭からゆっくりと降ろす。

「そろそろ時間。公孫賛と揉めてる本初を止めないといけない」

「いけず、じゃあ一回抱きしめてもいいですか?」

「それはだめ」

「夕ちゃんのけちんぼ。……ではまた何かあったら来ますね」

 そそくさと用意して天幕を後にする七乃。同類とはいえ毎回気が抜けない。彼女はこちらさえも完全には信じていないのだから。正直、一番敵に回したくない相手だ。

「明、ありがと」

 そう言うと天幕の後ろ側から明がひょこっと顔を出した。

「気にしないで。それにしてもいつもいつもしつこいよ、あの褐色猫狂い」

 うざったそうにポリポリと頭を掻いて語ったのは周泰の事だろうと分かった。また性懲りも無く諜報に来てたのか。

「追い払えた?」

「お互いの実力分かってるからね。最近はあたしが見つけたら帰ってくよー」

 それは明がいなければ情報は簡単に抜けるという事だ。周泰の諜報能力はずば抜けていて、七乃に言われていなかったら気付かなかっただろう。

「七乃にも同情する」

「だねー。ん?」

 二人で頷き合っていると明が軽く身構えた。天幕の外に誰か来たらしい。

「田豊様。劉備軍が将、徐公明様がお見えになっております」

「通して」

「はっ」

 天幕の外で短く返事をして兵は去っていき、彼が何の為にここに尋ねて来たのか予測を立てていると、一つ挨拶をしてから入ってきた。

「失礼する」

「どうしたの?」

「此度の戦、助かった。礼を言いに来たんだ。ありがとう」

 それは追加兵の事か、華雄討伐のことか、それとも別の何かか。何に対してかを考えていると隣で明が感心している。私も秋兄を見てみるとどこか戦前と雰囲気が違ったのが分かった。

「秋兄はそっちになるんだ」

「あいにく俺は不器用なんでね。それに割り切ったらそれこそあいつに呪い殺されるだろうよ」

 あいつ? よくわからない。明に後で教えて貰おう。

 明はそのままどこか羨ましそうな瞳で秋兄を見ている。これは私たちが無くしたモノを持ってる人を見る目だ。

「秋兄、それだけならここに来た理由にはならない」

 私が言うと秋兄は少し驚いていた。あまり見くびらないでほしい。

「……すまない夕。では単刀直入に。呂布の情報を貰いたい」

 そういう事か。劉備軍は未だ充実した情報網がないから噂に左右されやすい。敵の情報は多い方がいいのは戦の常であり、弱小である彼らなら命を左右するモノだ。

「見返り――」

「見返りはいらないよな? 明」

 涼しい顔で重ねてきて、私は少しこの人を舐めていたと考えを改める。

「……そうだねー。さすがにあからさま過ぎたか。だけどあんな事出来るなんてわかんなかったし」

 確かにあの奇策は華雄の意識まで引き付けた。あれがなければ袁紹軍の被害はもっと増えていたし秋兄が止めなければ華雄部隊には逃げられていた。それくらい厳しい状況だった。

「わかった。呂布の情報は教える」

 ある程度までだけど、と心の中で舌を出してそのまま彼の求める情報を話す。

「飛将軍は黄巾三万をたった一人で追い返したのは事実。武力は華雄、張遼が二人で戦っても歯が立たない。呂布部隊は突撃が主戦だけど質が異常。曹操軍でも抜かれると思う」

 呂布の強さを崇拝し、付き従うほぼ死兵のような部隊と聞く。さらに戦場で呂布とともに駆ける軍師陳宮が理性を繋ぎ化け物染みた強さを誇っている。

 情報を聞いた秋兄は難しい顔をしてまだ何か聞きたそうだったが諦めたようだった。

「ありがとう。軍師からそれだけ聞ければ十分だ」

 この人はどこまで予想をつけたのか聞いてみたい。でもそろそろ時間だから行かないといけないのでその考えを抑え付けた。

「じゃあおしまい。私と明はこれから用事がある」

「忙しいのにすまないな」

「構わない。それとごめん」

 一応彼には明の仕事を押し付けた形になったので曖昧に謝っておく。

 でも伝わるかな? 私たちのために利用した事。

「気にするな。持ちつ持たれつだろ。それくらいが丁度いいさ。では失礼した、田豊殿、張コウ殿」

 にっと笑いかけ少し私の頭を撫でてから大仰に礼をして秋兄は天幕を出て行った。

 撫でられて嫌な気はしないけどどうしてか頬が熱くなっていた。

「秋兄は……多分女たらしだね」

 明の言葉にふるふると頭を振って気をしっかり持ち、私は明と共に袁紹と公孫賛の不毛な言い争いを止めに行くことにした。


 †


「ちっ、あの女狐め。今度は何を企んでいる」

 張勲を張っていた明命がまた張コウに邪魔されたとの報告を聞き、無意識に舌打ちが出て、勢いのまま毒づく。

 本当に厄介な事だ。袁家に対しての諜報活動を行えるのは明命か思春くらいだというのに張コウが関わり出すと必ず失敗する。

「ろくでもない事な気がするー。冥琳、お酒ー」

「ダメだ雪蓮」

「うー。だって暇なんだもん」

 椅子をふらふらと揺らしながら答え、まだ何があるか分からないのに酒を求めた雪蓮にぴしゃりと言うとむくれてしまった。

 我が軍は袁紹軍と袁術軍の動きに邪魔されてシ水関では働けなかったが、まだ酒を飲んでいい時間帯では無い。

「はぁ……急な来客が来たらどうするの」

 しかし自分で言ってはっとした。いつもなら構わず酒を飲んでいたはず。雪蓮がにやりと笑い、

「だから言うだけで飲んでないでしょ?」

 得意げに語った。本当にこいつは――

「孫策様、周瑜様! 曹操様がお見えになられました!」

「……通せ」

 雪蓮に少し説教をしようとしたら焦った伝令が駆けこんで来て来客の訪問を告げる。それを聞いて雪蓮がほらと言うように目を送ってきた。

 何が目的なのか。シ水関で手柄を挙げれなかったのは曹操も同じ。だが奴の目的は各諸侯の力の見極めが最低限のはず。

 兵力の無駄遣いをせず、最低の消費で実を取るためには私達に持ちかける話などないはずだ。

 思考に潜っていると曹操とその部下が天幕にやって来た。

「急な押しかけで申し訳ないわね、孫策」

「構わないわ。だけどこっちも忙しいの、単刀直入にお願い」

 よく言う。暇だ暇だと文句をいっていたくせに。

「……虎牢関での共同戦線の提案に来た。もちろん足手まといは抜きで」

 凛とした声で告げた曹操の提案に少し面喰うも、雪蓮がすっと目を細めて言葉を放った。

「どうしてそうしたいのか詳しく聞かせて貰おうかしら?」

「お互いに実があるから、でいいでしょう?」

 その程度分かるだろうという事か。そのまま重苦しい沈黙が場を包む。この場にいたのが雪蓮ではなく蓮華様なら呑まれていただろう。

 確かに我が軍は曹操軍の次に精強だろう。公孫賛の軍と馬超の軍は騎馬に偏っていて虎牢関では期待できない。

 しかし袁術軍や袁紹軍は数がいるために次の手柄のため動くはず。

 そうか。張勲が我らを当て馬にする……か。ここで袁家の手柄を増やさせるよりも我らと共に虎牢関を突破する方が曹操にとっては大きい。

 だがお互いの実……張遼だな。確かにあれは曹操好みの将と言えるだろう。人材収集が趣味の曹操の考えそうな事だ。

 噂の飛将軍を止められるのは将豊かな我らの軍のみか。

 最悪の場合抜かせて袁術軍に押し付ければいい。これならば貸しではなく対等の交渉になる。両者を相手取るのはこちらとしても骨が折れるのだから。

「雪蓮――」

「わかってるわ冥琳。いいでしょう、その提案受ける。ただし共同とは言ってもお互い干渉しあわない程度よ」

 私の考えを伝える前に読み取って雪蓮は曹操の提案を受諾した。さらに十分な牽制も行ってくれる。

「ええ、話が早くて助かるわ」

 しかしこれが曹操の片鱗か。大胆不敵にして、機に聡く、最善を導き出す。まさに乱世の申し子というに相応しい。

「こちらこそ。あ、曹操に一つ聞きたいことがあるんだけど」

 このまま何事も無く終わるかと思ったが何故か雪蓮はそんな事を言い出した。

「徐晃、知っているわよね?」

 またあの男の話か。黄巾が終わってからいたく気に入ったようだな。

 引き抜きたくて仕方ないんだろう。シ水関での戦いぶりを見ても確かにあれは劉備軍にはもったいない将だが……

「ええ、知っているわ」

「あなたはあの男をどう見る?」

 曹操の評価が知りたい、と言う事だろう。雪蓮は自身の評価だけでは決めきれないのか私に対しても曖昧な返答をするだけだったから。

「あれは劉備の手におえる男ではないわ。私は黄巾の時にあれを見誤っていた。あなたもあれが欲しいなら気をつけなさい孫策。あと……私はどちらでも楽しみだわ」

 最後ににやりと口角を吊り上げて曹操は笑った。

 しかしなんて楽しそうに語るのか。雪蓮も曹操の評価に納得したのか楽しそうに見えた。

「そう、あなたも気付いたのね曹操」

「ええ……共同戦線の受け入れ感謝する。次は戦場で会いましょう」

「じゃあまたね」

 そう言って曹操は部下を連れて出て行った。二人の覇王はあの男に何を見ているのだ。

「雪蓮、あなたには何が見えているの?」

「あの男の可能性よ。私も最初は気付かなかったけどね。まあ手に入らないなら殺さないとダメかもね」

 これ以上語る気はないのかどこからか出した酒を飲み始める。

 少し劉備軍に間者を増やしたほうがいいかもしれないな。




「華琳様、あの男に何を見ているのですか?」

 孫策軍の陣から離れて少しして秋蘭が静かに尋ねてくる。これは私と孫策しか気付き得ない事だから仕方ない。

「あの男は乱世を喰らって成長しているの。今はまだ自分でも気づいていないけれど」

 私は黄巾の時に気付かなかった。あの男の本当の姿に。

「どういう事ですか?」

 桂花が不思議そうにこちらに尋ねて来た。教えてあげてもいいのだけれど――

「今はまだどう転ぶかわからない。だから教えられないわ。それにあなたたちで考えて出したモノが答えになるでしょう」

 まだ見極める必要がある。

 私はどう転んでも嬉しいから構わないが。

 手に入るのか、宿敵の元にいるのか、あるいは――――








 †


 それぞれの思惑が混ざり、連合一同はひと時の休息につく。

 その様子をモニターで見やる少女は心底嬉しそうに笑い、口から弾んだ独り言を漏らした。


「今回は手違いであそこに落ちたのにここまでかき回されているとは! この事象ならいけるかもしれませんねぇ! 改変までの課題はあと二つ!」


 はしゃぐ彼女の影は人のモノではなく九つの首を持つ鳥。しかし切り取られたのか三つ頭が無かった。

 羽を広げた鳥の影は少女に合わせてそれぞれの頭で笑い続けた。

 

読んで頂きありがとうございます。

主人公主観無しのため補足を少し。


主人公が桃香さんに戦の事をわざわざ報告したのは華雄さんの怨嗟の声に耐えられず、少しでもその想いに報いる為に無理やり気付かせようと画策したからです。

愛紗さんに対してきつくあたったのは彼の精神が不安定だったから、そしてそれ以上対応を続けると逃げられなくなるのが予想出来たからでした。


この物語は主人公が全て正しいわけでは無いのでこんな感じで進めて行きますが

少しでも楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。


ではまた

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