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集う諸侯とそれぞれの思惑


「どーもー。今回の参加ありがとうございますー。とりあえずこの書簡に代表者の名前と兵数の記入をお願いしますねー」

 反董卓連合に集った諸侯たちの駐屯地に着いた俺たちを袁紹軍の赤髪ゆるふわセミロングな将が出迎えてくれた。もの凄くフレンドリーに。

 風にふわふわと揺れる髪はまるで炎がたゆたっているかのよう。ぴょこぴょこと跳ねながらこちらに近付き、にへらと笑って桃香の手に書簡を張り付けたボードを手渡す。

「わ、わかりました」

「おっ! 噂の連戦連勝の劉備さんですかー! これは期待しちゃいますねー」

 桃香が書いた名前を見てからからと笑いながらはしゃぐその将に、皆は口をあんぐりと開けて茫然としてしまっていた。

「あたしは張コウ。袁紹様の所のしがない将でーす。皆さんよろしくねー」

 張コウはくるりと一回転して軽く自己紹介を行い、あまりの自由奔放さに驚きながらも口々に皆が自己紹介を返し始めた。

「劉元徳といいます」

「関雲長です」

「鈴々は張翼徳なのだ!」

「諸葛孔明といいます」

「ほ、鳳士元でし。あわわ……」

「徐公明です」

 俺の自己紹介の直後、何故か張コウがこちらをじっと見つめてきた。

「あなたが黒麒麟? へぇ、男って聞いたからもっと筋肉達磨想像してたんだけど案外普通なんだ」

 へーとかほーとか口にしながら上から下まで眺め、意外そうに俺の外見への感想を述べた。

 普通で悪いか。地味なのは俺も分かってるんだ。気にしてるんだよ。

 なんとか悪態を突いてしまいそうになるのを呑み込んで、目礼を一つと言葉を一つ返す。

「名を知って頂いて光栄です」

「うっわぁ……その話し方似合ってなさすぎ! やめたほうがいい! てかやめて! そのうち笑っちゃうから!」

 既にけらけらと笑っているくせによく言う。

 皆そんな事いいやがる。おい、お前らも笑いを堪えて頷くんじゃない。

 苛立ちが増したがそれもどうにか抑え込んでなるべくフレンドリーに、

「じゃあ普通に話すけど構わないのか?」

「いいんじゃない? あたし官位とか興味ないし。皆でゆるーくへらへらしてるほうがずっといいからね」

 返すとまさにへらへらと笑いながら張コウが言う。

 さらに、にやりと笑ってウインクを一つ。そこで気付く。気軽にしてくれと伝えているのだと。案外気のいい奴なのかもしれない。

「お言葉に甘えるよ。それとゆるくへらへらしてるほうがいいのには俺も同意だ。楽しい世の中のほうが好きだしな。あなたとは仲良くなれそうだ」

 そう言ってにやりと笑い返してみた。いたずら大好きな猫娘系っぽい。気が合いそうだ。俺を観察していた張コウはそれを見てさらに笑みを深めた。

「いいねぇ。あたし、あなたのことちょっと気に入っちゃった。男なのに雰囲気とかがっついてなくていいし、こんだけ女に囲まれても色恋沙汰とかなってなさそうなとこもいいじゃん」

 しかし先程からちくちくと的確に痛い所を突きやがる。どうせ俺はモテないさ。

「生憎、俺はかっこよくないしモテない――」

「そ、それよりわたしゅ達は何処に陣を構えたらいいのでしょうか!」

 滅多に出さないような声で雛里が割り込んで来た。

 皆もびっくりしてるじゃないか。そういやあんまりこういう話は苦手だっけか。

「……あー、なるほど。とりあえず劉備さんのとこはあの奥の空いてる所にしてくれますか? それと諸侯会議が陣が出来たちょっと後くらいに始まるから代表さんと軍師くらいは行ったほうがいいですね」

 何かに納得した後、つらつらと説明をしてくれる張コウに対して、桃香がぺこりとお辞儀をして礼を返した。

「わかりました。ありがとうございました張コウさん」

「いえいえー仕事なんで。あ、晃兄はその間あたしといろんな話しようよー」

 どうやら彼女の中では呼び方が決まってしまったらしく、にやにやしながら身体を寄せて言ってくるが何が楽しいのやら。

「美人さんからの誘いに申し訳ないんだが無理だ。俺たちも忙しいし個人的に挨拶しときたいとこもあるから」

「えー、けちー。ま、いっか。じゃあまたねー」

 言い切り、ふらふらと歩きながら違う場所に向かってしまった。

 嵐のような人だ。あれが張コウとは恐れ入る。

 自分の知識にある武将とのギャップが面白くて無意識に去っていく彼女の背中を見つめていると、何故か雛里は俺をじとっと睨んで来て、朱里は目からハイライトが消えていた。もの凄く怖いんですが。

「秋斗殿、多分、陣が出来次第か作成途中に軍師二人からお説教が待ってます。お覚悟を」

 諦めろというふうにポンと肩を叩いて話す愛紗。俺が何をしたというんだ。

 そして俺たちは言われた通りの場所に陣を構えた。正座した脚が痛い。



 †



「お~っほっほっほ! わたくしが今回の会議の司会者、名門袁家当主にして美しく可憐な袁本初ですわ!」

 陣を組み終わり、会議の場に到着すると私達が一番最後だったようで、急いで開いてる場所に座ると袁紹さんが高笑いをしつつ自己紹介を始めた。

 豪奢な金髪をくるくると何重にも、地に着きそうなほど巻いている彼女は、品がいいのか悪いのか全く分からなかった。

 しかし張コウさんといい袁紹軍はこんな人ばかりなんだろうか。少し頭痛がしてきた。

「進行役、袁紹軍軍師田豊。よろしく」

 物静かそうな、長い黒髪を少しだけ横で括った私くらいの身長の女の子が袁紹さんに続く。まともな人がいてよかった。というか進行役なら司会者の意味が……

「皆さんも自己紹介してよろしくってよ。まあわたくしほど美しく要点を抑えた自己紹介はできないでしょうけど」

 この連合は大丈夫なんだろうか。袁紹さんの言葉に不安が胸いっぱい広がり始めた。

 諸侯の皆さんの自己紹介を聞くと、有名な人ばかりだった。公孫賛様、袁術さん、西涼の馬騰さんの名代の馬超さん、曹操さん、孫策さん……等々。

 荀彧さんが田豊さんを一瞬悲しそうな目で見たのが気になったけどそれぞれの紹介はつつがなく終わった。

「では軍議をはじめますわ! まずは」

「本初。進行は私に任せて。あなたは優雅に静かに、華麗に皆の意見を聞いていてほしい」

「え、ええ。あなたがそういうのなら」

 田豊さんは司会らしく会議を進めようとした袁紹さんを一言で黙らせ、椅子に座るように促し、その様子を見てか曹操さんと 公孫賛様が感心している。

「まずは目的を確認し合う。目的は涼州の一太守だったけど都に来てから大暴走した董卓の討伐」

「董卓の詳しい情報は?」

「さあ。本人に関しては情報の秘匿が凄すぎて袁家でも細部までは調べつくせなかった」

「ならおいおい調べていくことにしましょう」

 袁家でも調べつくせないとはどのような人物なのか。情報が曖昧に過ぎるが、それは同時に敵の軍師が思いのほか手強いということを示している。

 情報の秘匿をしっかりと行える軍師であるのなら優秀、袁家相手に全く情報を漏らさないのは異常なほど切れ者なのだろう。

「次に道程。行軍順については各軍代表者に後でくじを引いて貰う」

「まあついてから戦闘用の配置換えすればいいしな」

「妾も賛成じゃ。七乃、道程について説明してたもれ」

「はーい。えっと、広い街道での行軍を行いますから、シ水関、虎牢関という大きな関での戦闘、もしくはその間の広い地での戦闘が予想されますねぇ」

 バッと地図を広げて差された二か所の関。難攻不落と言われる二大難所をどう切り抜けるかが一番の勝負所になるだろう。

「関所の将はどうなんですか?」

「シ水関に華雄と張遼、虎牢関に呂布。その三人が有名。細かい副将はそこまで気にしなくていい。ただこの情報は集結前の情報だから随時更新求む」

「私の所が調査しよう。機動力の高い騎馬が役に立つだろうし」

「じゃあシ水関の調査は公孫賛に任せるわ」

「後は――」

「元皓さん。私は先に決めなければいけない議題があると思うので皆に提示しますわ」

 袁紹さんがいきなり割り込み、田豊さんを遮って話し出す。せっかく順調に会議が進んでたのに黙ってる事に我慢が出来なくなってしまったんだろうか。

「……何?」

「即ち! この連合の総・大・将を決めることですわ! 家柄、地位、名声、財産などの事を考えた場合候補はおのずと絞られると思うのです。まあ……私は別にやりたいわけではないですけども」

「「「「「「……」」」」」」

 明らかにやりたい、というような表情で私達を見渡したが、さすがに諸侯達は呆れて沈黙してしまった。

 でもこれはこれで難しい一手になったかもしれない。諸侯達は膠着して動けなくなったのだから。

 責任の所在が明らかになってしまったらどんな無理難題を押し付けられるかたまったものではない。

 袁紹さんもやはり食えない人なのかも――

「え? 袁紹さんじゃダメなんですか?」

 茫然。真っ白になった思考のまま、口をあんぐりと開けて桃香様を見やる。

「そうね。私も麗羽でいいと思うわ」

「ああ、そうだな」

「それがいいと思うのじゃ」

 その間に機を得たとばかりに諸侯の方々が口々に賛同の意を示した。やっと思考が回り出したが、これは大変な事になってしまった。

(と、桃香様! このままでは不利な条件を飲まないといけなくなります! 何か策があるんですか!?)

(うーん……このまま膠着したら周りの諸侯さん達も戦前にピリピリして連携がうまくいかなくなっちゃうでしょ? そのほうが被害も増えるしダメだと思ったんだ。)

 綺麗な瞳に見つめられ、純粋な想いから来た発言であることに自身の心が揺れ動いた。

 この方は本当に……だがこのような方だからこそ私が才を振るう意味がある。

(では後は私に任せてください)

(ごめんね。ありがとう朱里ちゃん)

 私を信頼してくださっての事だったのかもしれない。ならそれに全力で答えよう。

「あなたは……劉備さん、でしたわね。あなたのおかげで責任の重大な総大将になってしまいましたわ。そのお礼としてシ水関先陣の誉を差し上げます。あなたの所の将は優秀だと聞きますし」

「ええっ!?」

 やはり無茶な事を押し付けられてしまった。

「本初。劉備軍だけじゃ全然足りない」

「なら白蓮さんも偵察ついでに先陣にお立ちなさいな。あなたたちは仲がよろしかったようですし。連携もうまくいくのではなくて?」

「なっ!」

「それでも足りない。歩兵を増やすべき」

 田豊さんの言葉を聞いた袁紹さんは事も無さげにふいと顔を逸らして、公孫賛様にも無理やり先陣を押し付けた。

 巻き込ませてしまったが公孫賛様の軍が参加してくれるのは嬉しい。ここで提案しよう。

「で、では先陣の条件として袁紹軍の勇士と兵糧を私たちの軍に貸していただけないでしょうか。していただければ袁紹軍の名も更に上がることでしょう」

「……数は?」

「一か月半と七千でどうでしょうか」

「却下。話にならない」

 ここからは下げて行くだけ。名門ならば、諸侯達の前で器の大きさがどれくらいか示すのも大切な事だろう。

「では一か月半と六千」

「無理」

「一か月半と五千」

「無駄」

「一か月分と五千」

 田豊さんは中々しぶとい、というより最低限示せる所をしっかりと見極めているのか。

 私達にはこれだけは最低限欲しい。しかしにやりと笑って告げられる。

「無意味」

 この人……そういう事か。公孫賛様を付けて貰った事で弱小である私達の軍はおまけ扱いになった。それを利用して多くを支援して貰わなければ戦えない意気地なしだと諸侯に見せているんだ。弱小であるにも関わらず名が知れ渡っている私達の評価を下げる為に。

 今の私達では後一度引き下がるのが限界。もしやそれすらも見越して彼女は笑ったのか。

「……一か月分と四千で」

「いいですわ。そのくらい懐の深い袁家が出して差し上げましょう。後、将も一人つけてあげますわ。感謝なさい劉備さん。お~っほっほっほ!」

「あ、ありがとうございます」

 袁紹さんが割り込んで、予定よりも少ないが兵と糧食を確保する事が出来た。でも悔しい、あの人はこちらの足元を見て楽しんでいたんだ。だがありがたい事に将も一人つけてくれることでこちらも少しは楽に戦える。後は戦場で足りない分を取り返してみせよう。

 顔を上げると田豊さんが冷たい目で袁紹さんを見ていた。袁紹さんは高笑いをしていて気付いてない。あの瞳は……憎しみだろうか。

「夕!」

 不意に荀彧さんが声を上げると、田豊さんの視線がそちらに移るとバツが悪そうに俯いてしまった。

「?……まあいいですわ。それと作戦ですが、雄々しく、勇ましく、華麗に進撃! これです!」

「「「「「「……」」」」」」

 あまりに曖昧でどうともとる事の出来る作戦とは言い難いモノを袁紹さんが提案して、連合としては初である会議が幕を下ろした。

 本当にこの連合は大丈夫なんだろうか。


 †


「秋斗殿。お久しぶりですな。黒麒麟の噂は幽州にも響いておりました」

「星も健勝そうでなによりだ。昇竜には届かんさ。あ、あとお前も久しぶり」

 白蓮達の陣に着き、兵達のまとめも終わったのか佇んでいる二人を見つけて声を掛けた。

 談笑していた彼女達の雰囲気からは、どこか以前とは違い、信頼の気持ちが強まっているように感じた。

「久しぶりにいらつく顔があると思ったら一言目にお前ですかそうですかまだあなたは素晴らしい白蓮様に仕える私の偉大さがわからないようなので懇切丁寧に教えて差し上げましょうまず朝起きたら白蓮様の掛け布をクンカクンカすることから始まり身を清めて白蓮様に挨拶そして白蓮様と出会えたことに半刻感謝の祈りをささげて「牡丹、静かに、しろ?」ふみゃっ! ごめんなさい!」

 長々と早口で捲し立てる牡丹に対して、星が耳元で何やら囁いて黙らせる。相変わらず騒がしいことだ。しかし遂に星でも黙らせられるようになったのか。

「秋斗殿、いい加減真名で呼んでやってはいかがです?」

「いやだ。こいつが先に呼ばない限り呼んでやらない」

 これはずっと前から継続している彼女との意地の張り合い。

「バカ! 呼べ! 先!」

 牡丹はこちらを睨みつけながら短く三行で怒鳴る。今にも飛びかかってきそうなので星が羽交い絞めにしてくれた。

「ほら、こういうところが憎たらしいからいやだ。こいつのことは嫌いじゃないしおもしろいし、むしろ好きだけど」

 軽くそう言うと怒ったのか顔を真っ赤にして星の腕の中で暴れ出す牡丹。そんな怒るなよ。

「……くっくっ、秋斗殿はいつもそんなだから牡丹も真名で呼べないのですよ」

「何がだ? 痛っ!」

「ばーかばーか!お前なんか馬に踏まれて縮んじまえばいいんです!」

 俺の脚にナイスローキックを喰らわせて星の腕をするりと抜け走り去り、牡丹は遠くでべーっと舌を出した。しかし何故蹴られなきゃならんのだ。

「あははは! やはりあなたがいると楽しい」

「……笑い事じゃないぞ星。凄く痛い」

「それは自業自得でしょう。秋斗殿は乙女心をもっと勉強しなされ。さすれば牡丹などコロリと言う事を聞いてしまうに違いない」

 全然わからん。モテたことがないんだから勉強するも何もないだろう。

 疑問が頭を支配するがどうにか振りきり、そういえばと思い出した事柄を星に尋ねてみる。

「それよりも、星は正式に白蓮のところに仕えたんだってな」

 星は烏丸討伐の後、白蓮に忠誠を立てたらしい。道すがら声を掛けて来た兵の一人が自慢げに教えてくれた。自分は昇竜の部隊になった、と。

「ええ、天下一を目指すのもいいがそれよりもあの方の家を守りたいと思いましてな。退屈はしませんし」

「そりゃあよかった。白蓮一人じゃ心配だからな」

 あいつは強いが寂しがり屋だから。星もそれが分かっているのか喉を小さく鳴らして苦笑し、

「違いない。あなたがいれば尚よかったのですが?」

「すまんが願いの為だ、容赦してくれ」

 ふう、とため息を尽きながら言われた事に少し申し訳ない気持ちになる。

「冗談ですよ。距離は離れていようとも、心は絆された友。そうでしょう?」

「クク、嬉しい事を言ってくれる。この戦が終わればまた酒でも飲みたいもんだ」

「いいですな。そういえば店長は今、曹操殿の所に支店を出したそうで」

 彼女の気遣いと、本心から紡がれたであろう嬉しい言葉に、胸がじんわりと暖かくなった。懐かしくなって酒の話をすると、いつもの宴会の場と関連付けたのか店長の話が飛び出した。

 曹操のとこか。思ったよりも早かったな。

「店の名前は?」

「娘娘ついんて、らしい。給仕が全員髪を二つに括っているとか」

 衝撃の事実を突きつけられて思わず吹き出してしまった。出会って間もない頃に他愛のない会話で教えたモノがそのように生かされたとは思わなくて。

 店長め、いくら自分の店だからって遊び過ぎだろうに。

「おお! 秋斗がいるじゃないか! 私も混ぜろよ!」

 どうやら会議が終わったのか白蓮が戻ってきた。はしゃぐ声は幽州に居た頃とちっとも変わらない。そしてこんな風に話しかけてくる時は友達としての対応を求めている時だけだ。

 ならばと思い立って、

「おかえり白蓮」

「おかえり白蓮殿」

「……なんか懐かしくて泣きそうになった」

 口にすると、彼女はそういいながら本当に瞳を潤ませてしまった。今すぐ泣きだしても不思議ではないほどに。

「相変わらずだなぁ白蓮は」

「ふふ、相変わらず可愛いでしょう?」

「からかうのはやめろよ星! お前はもっと私に敬意をもってだなぁ」

「おや? 今にも涙が落ちそうな方のどこに威厳が?」

「抜かせ、ばか」

 軽口でやり取りを行う彼女達はやはり楽しそうだった。前の戦で二人の仲がさらに深まったんだろう。

「あー、白蓮。すまんが俺も将なんでお前が戻って来たなら桃香達も戻っただろうしこれから自陣で軍議がある」

「そ、そうだな。こちらこそ引き止めてしまってすまない」

「いえいえ、私も楽しい時間が過ごせましたから」

 辛気臭くなりそうだったのでおどけてみせると二人が笑ってくれる。

「あはは、そうだ秋斗。私達と桃香の軍はシ水関で先陣になったぞ」

「前情報ありがとう。よろしく頼む。ではな二人とも。星、牡丹にもよろしく言っといてくれ」

「承知した。また後程。戦場で」

「またな秋斗!」

 そう言って二人から離れ俺は自陣へと戻って行った。白蓮達からはいつかのような喧騒が聞こえる。

 彼女達と言葉を交わした事によってか、戦の前にかなり気が楽になった。


 †


「明、ごめん。あなたを先陣に送ることになってしまった」

 会議が終わり、私の親友である田豊こと夕は帰ってくるなり今にも泣きそうな顔で謝ってきた。

 彼女は、自身で立てた予測の一つである、私が先陣に立つことを止められなかった事を悔やんでいる。

「いいよー。どうせ戦うんだし、劉備軍の人がいるからある程度は安全でしょ。それより夕は一人で大丈夫?」

 出来る限り軽く話して気にしていないと言外に伝える。

 私の事よりも、この子を本初と二人きりにはしたくないという気持ちの方が大きい。

「ん、大丈夫。今回あのクズは城にいるから狙われたりもしない。それに本初の憎悪も受け慣れてる」

「でも――」

「大丈夫。私は軍師の仕事をするだけ。明は戦場で無茶しないで?」

 彼女の心境は話の間中ずっと私への心配のみ。彼女は大切な数人以外はどうでもいい。私と同じ、同類だから。

「あたしなら余裕だよ。でも力を見せ過ぎず上に上がりすぎないようにしないとねー」

 全てから夕を守るために。私の大切なモノは彼女と……今は近くにいないもう一人だけ。

「……顔良と文醜にまた手柄を譲るの? 別に他の諸侯の将くらいなら巻き込んでもいいのに」

「いつも通りだよー。だってあいつらも活躍の機会くらい欲しいでしょ。まあ、この張コウ様は世渡り上手だから問題ないけどねー」

 悲痛な顔を笑顔にしたくておどけてみせた。心配性さんめ。

「夕だけはあたしが守るから安心して、後ろでどっしりと本初の間抜け面眺めてたらいいんだよ」

「ふふふ、それは見るに堪えない」

 自分の、忠誠を欠片も抱いていない主のそんな顔を想像してか、クスクスと笑う仕草があまりに可愛くて、思わず抱きしめてしまう。

「明、苦しい」

 きゅっと抱きしめた身体は小さくて簡単に折れてしまいそう、そのくせ自己主張の激しい胸は柔らかくて気持ちいい。

 温もりは変わらず、私が守りたいモノの存在をしっかりと確かめさせてくれる。

「……今は我慢してね。きっとあの人と一緒に連れ出してみせるから」

「……ありがとう。でもやっぱり無理しないで」

 大丈夫、あなたのためなら頑張れるから――とは言わなくても伝わっている。

 それに、夕の頭脳があれば何も心配はいらない。この子ほど頭がいい人間は未だに出会ったことが無いのだから。

「そういえば桂花がいた」

「あ、やっぱり来てたんだ。元気そうだった?」

 話に出たのはもう一人の大切。夕と私の共通の友達で……昏いモノに気付く前にこの地獄から先に出してあげられた人。

 あの子も強がりだから心配だったんだよね。

「大人の階段昇ったみたい」

「え? ……ああ、そゆこと。曹操軍は百合百合しかったもんねー」

 突然告げられた事実に驚愕し、思考が止まったがなんとか正確に理解できた。桂花が男に身体を許すなんてあるはずが無いのだから。

 今度会ったら三人でお茶会でもしたいな。もう無理だろうけど。

「気にしないでいいのに私に気を使ってた」

「桂花も優しいからね。夕と同じで」

 ホント相変わらずだ。まあ元気そうで何よりか。

「……それより明、男の匂いがする」

「あちゃー。ばれた? 噂の黒麒麟がいたからちょっと絡んでみたんだ」

 どんな嗅覚をしてるんだこの子は。少し擦り寄っただけなのに嗅ぎ取るなんて。

「何もされなかった?」

「全く。あいつは他の男どもと違って信頼出来そうだったよ」

「……そっか。明が言うなら安心。私も会ってみたい」

 珍しい、夕が自分から男と会ってみたいと望むとは。桂花ほどじゃないけど夕も男が嫌いなのに。私は隊のバカ共で慣れてるけどさ。

「じゃああたしらに協力してもらいに話しに行こうか」

「……ん」

 黒麒麟がいるなら劉備軍との連携は結構できそうだ。あの男は多分――


 †


 軍議の議題はシ水関への攻撃について。

「敵将の華雄さんは武に誇りを持った方だと聞きますのでそこを攻めてみようかと」

「挑発を行うということか?」

「はい。ただ乗ってくれるかどうか」

「安い挑発じゃ乗らないんじゃないか?」

 朱里の提案には賛同しかねる。正直、一軍を預かる将がその程度だとは思えない。まさかとは思うが猪じゃあるまいし……と考えたが鈴々を見ると何故か行ける気がしてしまった。

「それにもし引きずり出せたとしても私たちが受け止める事になるんじゃ……」

 不安そうに発言する桃香だったが朱里がビシリと指を立てた。

「大丈夫です。ひと当てしてから中軍に構える袁紹さんに流すつもりですから」

「えぇっ!? 兵糧や追加の兵士さんでかなりお世話になってるのに!?」

「そういうもんだ桃香。こういうのも作戦なんだよ。俺達だけが無理しなくていいんだ」

 世話になったからと言って俺達だけで全てと戦わなくてもいい。使えるモノは親でも使えというわけだ。問題は来る将が乗ってくれるかどうかだが。

「秋斗さんの言う通り、まだ私たちは弱小なので理想のためには耐える時です」

 朱里の言葉に雛里の表情が少し曇る。話を変えないといけないな。

「じゃあ軍の配置はどうする?」

「鈴々は前衛がいいのだ!」

「こら、鈴々。朱里と雛里の配置案を聞いてから意見しろ」

 愛紗、お前は鈴々のお母さんみたいだな、とは言わないでおいた。

「え、えと。私たちは左翼なので配置は左先端に鈴々ちゃん、右に愛紗さんでお願いしたいです。機を見て斜型陣に近い形に移り、後陣に秋斗さんを置いて中軍への流しに対応して貰おうと思います」

 つまり鈴々は前にいればいいだけ。一番激しい場所になるだろうが、中央側では無いからさすがに大丈夫ではあるか。

「一番戦闘が激しく長くなりますが、鈴々ちゃんの部隊は我が軍でも一番突破力に優れているので耐えきる事ができるでしょう」

「ただ、あまり突出しすぎると孤立してしまうので愛紗さんは状況に応じて動いてあげてください」

「任された」

「了解なのだ!」

 愛紗なら鈴々との連携もうまいしいいだろうし問題ない。

「さて、問題は挑発だが……」

「軍議中失礼致します。袁紹軍の軍師の方がお見えです」

「わかりました。お通ししてください」

 袁紹軍の軍師がわざわざ俺達の元へ会いに来るとは何事なのか。いろいろと考えが浮かんでは消えを繰り返していると、

「ちわー。もう軍議始まっちゃってるー?」

 軽い言葉とともに彼女たちは天幕に入ってきた。

「明、まず挨拶。急な訪問申し訳ない。私は袁紹軍軍師田豊。こっちは補充の将の張コウ。今回の先陣で行う事の詳細を聞きにきた」

「劉備軍の皆さん。そんな感じです。よろしくねー」

 底抜けに明るく緩い張コウと物静かでどこか機械的な田豊。二人の温度差が違い過ぎてそのギャップに茫然としてしまう。

 何故か朱里の表情が少し曇っていた。二人が苦手なんだろうか。

「わざわざご足労をかけさせてすみません。朱里ちゃん、説明してくれる?」

「は、はい。桃香様!」


 †


 あらましの説明は聞いた。

 挑発。明の十八番だ。どれだけの人間を怒りの波に溺れさせてきたか。

 人の感情を読み、するりとその隙間に忍び込む。何が一番いらつかせるのか。それを読み取るのが異常に上手い。

 必要な時にしかしないから目立たないけど。

「作戦はわかった。初めは劉備軍だけで挑発してほしい」

「どうしてですか?」

「敵の反応が見たい」

 劉備軍程度の挑発で動いてくれるなら万々歳だ。どうやら私の少ない言葉で諸葛亮は気付いたみたいだった。

「わかりました。では二、三日私達だけで行います」

「ん。多分成功する。明がいるし敵将が華雄だから」

 劉備軍の将の面々が疑問そうな顔をしているが何故か、とは諸葛亮に聞けばいい。明の事以外は彼女の頭で予測が出来ただろうから。

 この軍の情報は入ってる。

 頭は二つ、手が三つ。そこに劉備という思想がいる。私と明からしたら偽善の集団。

 ただの他人にそこまでする価値はないはずなのに。大事な範囲だけ守り続けたら自分の平和は訪れるのに。

 私にはよくわからない。劉備が、劉備に妄信する人たちが。

 けど……もっとよくわからないのがこの男。

 黒麒麟徐晃。妄信者だと思ったら明が懐いた。それはまさしく異常な事。

 だからこそ興味が湧いた。もっとしっかりと自分で確かめたいけど今は軍議を――

「一つ言っておく。中軍に私達が構えたのは手柄の横取りのため。だからあなたたちの作戦は私達にも有益」

 言いきる。別に隠す事でもない。そのつもりで諸侯は集まったのだから。

 警戒する関羽、驚く劉備、不機嫌になる張飛、一瞬驚きこちらの意図を考える軍師二人、徐晃は……私じゃなく周りを観察してる。何故?

「足並みを揃えるために言っただけ。互いの利益はわかっているはず」

 これで安心。ぬるま湯に浸かったままでも思考は縛れたはず。もう観察する事はない。徐晃以外はどんな人物かわかった。

「そんな……利益がどうとかで戦うんですか。犠牲を減らすためじゃなく」

 劉備が綺麗事を話し出した。それを聞いてか明がいらついてるのが背後からの気配で伝わってくる。

「あなたたちは犠牲が減る。私たちは犠牲の分手柄が手に入る。それだけ」

「それ……だけ……?」

 何も言わないように明を目で制しておく。でも、視界の端に映ったが徐晃はどうしてかすかに笑ったんだろう。

「申し訳ないけどここまで。軍議中にありがとう。私たちにも仕事が残ってる」

 そう言って立ち上がると

「ま、待って下さい!あなたたちは民のために立ち上がったんじゃ……」

 劉備が問いかけてくるが私は何も言わない。しかし明はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。それはあなたにとっては意地悪だろうけどいらぬおせっかいというやつだ。

「劉備さん。あたしも仕事あるんで一言だけ。『現実を見てね』そんじゃ」

 そして二人で天幕を後にした。私も少し意地悪してしまったからいいか。


 †


 二人が出て行った後の天幕を沈黙が支配していた。

 雛里は桃香に何か言いたそうだったが首を振ってやめておけと暗に伝える。

「すまないが少し外の空気を吸ってくる」

 俺は一言呟いて天幕を出た。夕方の風が頬を撫でて心地いい。

 桃香がこれから言うであろう答えなんか分かりきっている。


 あの人たちは間違ってる。


 そう、言うんだろう。だが全員に楔は入った。ああいう人間と直接会話できたのは大きい。この戦いの後が期待できそうだ。

 しかしあの二人。よくわからなくなったな。

「ん。やっぱり出てきた」

 不意に横から声をかけられた。その方を見ると田豊がゆっくりと歩いて近づいて来ていた。

「田豊……殿」

「いい。普通に話して」

 お言葉に甘えるとしよう。警戒をといてなるべく自然な様で彼女に話しかける。

「ありがとう。何故ここに? 張コウ殿は……」

 すっと腕を上げて無言で指を差す先には張コウの後姿。一定のリズムでかかとを片方の靴に軽く打ち付けているのは暇つぶしなんだろうか。

「私はあなたに聞きたい。あなたはどうして劉備軍にいる」

 じっと俺のことを見やる瞳は俺に全てを話せと言った日の曹操を思わせた。少し観察されただけでこちらのことが看破されたのか。

「……俺はここですることがあるんでね」

「……」

 誤魔化し、ぼかし、曖昧と誰にでも分かるように言うと彼女は思考に潜っているのか瞳の色が深まっていった。

「……あなたは私たちとほとんど同じ。だけどちょっと違う」

 小さく、囁くように紡いだ言葉の意味するモノは、はっきりとは分からなかったが興味を引かれた。

「聞かせてくれ」

「あなたは自分のためだけど自分のためじゃない」

 何が、とは聞かなくてももう分かった。そうか、俺に足りないのはそこだな。俺自身の戦う意味や理由。俺だけの願いはなんだろう。

 借り物でしかない俺では無く、作られた徐公明のすべきことでは無く、秋斗という人間が本当にしたい事はなんなのだろうか。

「……感謝するよ。俺は自分の理解が足りてなかったようだ」

「ん、いい。私はあなたが少し理解できた。全部じゃないのが不満」

「クク、人の全部など誰にもわかりゃしないさ」

 そう言って頭を撫でておくと、

「……」

 不思議そうに無言でこちらを見上げてくる。くりくりした瞳はどこか小動物を思わせて、そういえばうちの軍にも二人同じのが居たなと思い出す。しかし可愛いなぁ。

「可愛いなぁ」

 驚愕。既に真横に来ていた張コウがニコニコしながら呟いた。いつの間にこんなところまで近づいて来たんだ。

「夕って凄く可愛いでしょ? でもダメー。この子はあたしが撫でるんだから」

 手を大きく振り上げてバッテンを作り、その後に強引に手を降ろされ、何食わぬ顔で田豊の頭を楽しそうに撫でだした。

「張コウ」

 お前も何か用があるのか、と続ける前に、

「明でいいよ。夕が安心してるって事は似た者同士なんでしょ、あたしたち。なら真名で呼んでほしいな」

「私も夕でいい」

 遮られ、黙って撫でられていた田豊と共に真名を預けて来た。この子達独特の価値観があるんだろうか。

「……俺は秋斗。似てるけど違うだろうよ。俺は卑怯者なんでね」

「そういうことにしといてあげる」

 にやにやと笑いながら明が言うが、その表情はどうせ本心じゃないくせに、と伝えていた。

「んじゃああたしたちの目的達成したし、そろそろ帰るよ。またね秋兄」

「ん。じゃあね、秋兄」

「ああ。またな」

 勝手に真名での呼び方も決めてしまいさっさと歩いて行ってしまった。ずっと自分たちのペースを貫いた二人だったな。

 それにしても自分のため、か。考えたこともなかったな。

 そろそろ天幕に戻っても言い頃合いか。戻ろう。軍議の続きを行いに。




「あ、秋斗さん! おかえりなさい。私決めたんだ!」

 秋斗さんが天幕に入ってくるのを確認して、桃香様が決意に燃える瞳で彼に語る。

「あの人たちの考え方は間違ってる! 命は損得勘定していいものじゃないと思うの」

「……なら作戦を変えるか?」

 桃香様の理屈ならばそうなる。でも変えられない。

「……変えられないよ。悲しいけど。だって連合軍全体の被害は抑えられるんでしょ? じゃあそうするのが最善だと思う」

 結果を見ればそうだ。連合全体の被害は、私達の囮があるからこそ抑えられるのだから。

「ならせめて……いつかあの人達の哀しい考え方を変えてみせる!」

 桃香様は勘違いをしている。秋斗さんが何も分かっていないと思ってるんだ。

「ははは、桃香らしいな」

 秋斗さんはあの人達がどういう人かもわかってるのに。桃香様の答えもわかってたんだろう。だから動じない。対して皆は桃香様の考えに感嘆している。

 私はどうか。

 確かに素晴らしい考えだ。とても尊いものだろう。けど王としての考えではない。人の考えを否定するだけじゃだめなのに。

 自分だけが正しいわけじゃないんだ。人は皆同じじゃないし同じになれない。

 思想の押し付けは人の拒絶と変わらない。王なら余計それを理解してそういう人もいるんだと飲み込むべきなんだ。

 心の領域を守るのも大事。

 それに確かに命の取捨選択はひどいことだけど自分もそれをしていると自覚しなければならない。

 そうしたら考え方を変えるなんて発想は出てこなかったはず。

 これから気付いてくれるんだろうか。

「どうしたの雛里ちゃん?」

「なんでもないよ朱里ちゃん」

 不思議そうな顔で私を見つめる朱里ちゃんに嘘をつき、チクリと胸が痛む。

 ごめんね朱里ちゃん。

 親友だからこそ自分で気付いてほしい。

 この戦が終わったなら、皆が気付いてくれると信じてる。

 私はもう後戻りできない。

 でも、それでも進まないと何も変わらない。


 そうこうしている内に軍議が終わり、それぞれ与えられた天幕にて休息を取った。始まる戦に備えてそれぞれの夜は更けて行った。



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