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出会ったのは雛鳥

 何だこの状況は。

 通勤途中に事故に合ってしまい、死んだと思ったら何故か変な少女に意味の分からない説明を受ける夢をみて、起きたら魔女帽子を抱えた青髪ツインテの可愛い少女がこっちを見ていた。


 おおう、木陰に隠れてこっちを伺うなんて……お持ち帰りしたい! よし、家まで連れて……ここどこだよ。オーケイオーケイ。まずは確認、俺の名前から。

 姓は徐、名は晃、字は公明、真名は秋斗。あってるな。

 ……あってねーよ! 日本人だぞ俺! ……本名が思い出せん。意味がわからん。何だこれ。夢で言われた名前のまんまだぞ。

 ん? つまり夢は現実ってわけか? じゃあここは三国志の世界で今から俺徐晃さんよろしく斧を振り回して乱世を駆ける的な?

 よーし! 来いよ髭神様! 青龍刀なんか捨ててかかってこい!

 嘘ですすいません勘弁して――「あのっ!」


 暴走する思考に流されるまま現実逃避していたら幼女が涙目で話しかけてきた。

 俺そんなにこわいのかな。とりあえず謝っておこう。

「すまない。驚かせてしまったな」

「い、いえ」

 おずおずと答える少女はビビりまくっていた。

 やばい可愛い。じゃなくて、俺の足元をちらちら見てるが……なるほど。驚いた拍子に本を落としてしまったが、俺が怖くて取れなかったわけか。

 本を拾い木陰の彼女に渡してやる。

「はい。そんなに小さいのにこんなに難しい本を勉強してるなんて偉いな」

 本は『軍略!応用から難解まで。』だった。この時代の幼女ってすごい、なんて思いながらフレンドリーに頭を撫でてみる。小さな子の頭は撫でとくもんだ。

「っ!」

 本を渡すと恐る恐る受け取り、すぐにバッと走って逃げてしまった。

 今更気付いたが俺は変質者とか人攫いにしか見えないのではないだろうか。

「やっちまった……。いきなり頭撫でるとか俺のバカ。しかしまあ、もう会うこともないだろ」

 そう誰に聞こえずとも一つ呟き、自分の現状把握に戻ることにした。


 †


 急遽水鏡先生から卒業試験を言い渡され、朱里ちゃんは先に私は三日後から試験を受けることになった

 私塾で勉強しようとも思っていたが、いまいち集中する事もできず、どうせならといつも本を読んでいる特等席でしようと思い行ってみると、そこには大きな男の人が寝ていた。

 旅人のようで荷物と、長い剣のようなものも身体の脇に置いてあった。

 少し観察しているとうなされていたので、声をかけてみたが起きなかった。

 めげずに声をかけ続けていると、いきなりその人が飛び起きてびっくりして木の陰に隠れた。

 驚いた拍子に本を落としてしまい、落ちた場所は男の人の足元で取りづらくて、勇気を出して声をかけてみたら凄く申し訳なさそうな顔をしながら謝ってきた。

 そのあと……いくら人より小さいからって、子ども扱いして頭まで撫でるなんて。

「失礼な人でしゅ……」

 零れた独り言に慌てて口を塞ぐ。

 ちょっと怒っているからか噛んでしまった。卒業したらまず噛み癖を治さないと。

 少し時間が経ってから戻ろう。旅人さんなら街を散策するだろうしもう会うこともないはず。


 †


 旅に入用なものは大概そろっていた。

 巾着袋を見るとこの時代のお金がたんまりと詰まっていた。これだけあればしばらくは何もしないでも過ごせるだろう事が分かる。

 その他にも寝袋や簡易の手鍋、小刀などなど。そして最後に武器を手に取り、自身の命を守るであろうそれの確認を行う。

「ふむ。武器はこれか」

 長い、ホントに長い。刀のような剣のようなよくわからないもの。普通の人より大きな身体をしている自分の身長よりも長い。

 ふと思い立って鞘付きで一振り縦に振る。嘶く風切り音は尋常じゃなく、地の埃を巻き上げて一筋の風が真っ直ぐに流れて行った。

 あまりの異常さに目を丸くしてしまったが、どうにか持ち直し何度か軽く型や頭に思い浮かんだ技の動きなどを繰り返す事半刻。

 しばらく身体動かし、前までの身体能力と比べてみて遥かに違和感があるので確信に至る。

 夢のことは半信半疑だったが武器の使い方もわかり、身体も前より軽いので信じるしかなくなった。

 これで乱世の中で戦わなければならないことが確実になったという事を。

 あの白の世界で聞いた少女の言葉が頭をかすめる。

『最終的に世界を変える気がないと判断された場合は上位意志の介入によってその世界自体が殺されます。その世界の生物全てが最も苦しむ形で……ね』

 ゾクリと一つ寒気がして鳥肌が立った。本能的な死への恐怖から来たのか、それともあの少女に対するモノなのかは分からないが、きっと両方だろう。

 つまり殺さなくてもいいし逃げ続けてもいいが、結局全部を殺しちまうしこの世界にいる俺も死ぬ。俺のせいでみんな死ぬ……

 悪い方向にしかいかない思考を振り切るために頭を振り、現状できることをして行こうと考えてみる。

 いかんいかん! ネガティブになろうが来るもんは来る。ならできることしねーとな!

 まずは――

「腹へったなぁ……」

 死んだと言っても一応甦ったからか普通の人間と同じように腹は減るらしい。腹ごしらえついでにこのあたりのことでも聞いておこう。




 適当なものを食べて店主や客と話していろいろとわかった事がある。


 ここは荊州の襄陽であり近くに有名な私塾があること。

 この辺りは州牧である劉表が少し贔屓にしているらしく、ある程度平和で賊もほとんどいない。

 しかし他の地域では飢饉や疫病、難民の増大、上層部への不満などにより最近特に賊が増えている。

 曹操が出世した。

 天の御使いが乱世を治世に、等々。


 荊州の有名な私塾といえば水鏡塾かな? 運が良かったら諸葛亮とか鳳統とかに会えたりして。後の蜀の二大軍師とか見ておきたいもんだ。

 劉表が贔屓にするのは水鏡塾があるからだろう。優秀な人材はこの時代ではほんとに貴重だし。

 曹操に仕えるのもなぁ。世界を変えなきゃいけないのに正史通りいったら難しいんじゃないの? とか考えてしまうのは安直すぎるだろうか。

 でも怖いなあ。目ん玉むしゃむしゃするおっさんとか100万の軍勢とか作っちゃう人と戦うなんて。

 考えただけで恐ろしくなる。殺意を向けられることなどほとんどない日本で暮らしてたんだ。戦争なんか想像もできない。

 しかし天の御使いってなんだろう。胡散臭いっていうかなんていうかよくわからん。

 そういえば、この世界に来て驚いたのがまず服装だった。なんでスカートとかビキニとかキャミソールとかがあるんだよ! 阿蘇阿蘇ってなんだ! 正史とちょっと違うどころか全く違うんですが!


 いろいろと考え事をしたり、性悪幼女の説明不足にいろいろ不満を並べて歩いていたらもとの広場に来てしまった。

 まあいいかと渦巻く思考を打ち切り、木陰で一休みしようと思い近づいていくと見たことのあるとんがり帽子が視界に映った。

「また魔女っ娘がいる……」

 お気に入りの場所なのかもしれない。

 もう暗くなりはじめてるのに大丈夫なのか? って寝てるじゃねーか。こんなに可愛いのによく攫われなかったなホント。

「おーい。お嬢ちゃん起きろ」

 おせっかいかもしれないが関わってしまったんだ、せめて起こして家に帰るようにいってやろう。危ないし。

「……んー……」

 起きねーな。ほっぺた伸ばしてみよう。さっき頭撫でて逃げられた? 知らん、起きないのが悪い。

「起きろー。手遅れになっても知らんぞー」

 うひょー! のびるのびる。それとすげぇ柔らかい。幼女のほっぺってのはなんでこうもうまそうなのか、って言ったどっかの店長の言葉が少しだけわかる。

「あふぁふぁ……朱里ひゃんいたいよぅ…………っ! あわわぁ~~~~!!」

 起きた! 目があった! 時間が止まった! と思ったら猛スピードで逃げて行ってしまった。あれなら世界を狙える……と、本忘れて行ってるし。あわあわ言うのは口癖なのかね。

 ちょっと休憩したら宿でもさがすかなぁ。

 本は明日にでも渡そうと思い、盗まれたら悪いので持っていくことにした。


 †


 不覚でした。

 まさか寝てしまうとは。

 あの後、本屋さんに行って新しい本を買って戻ってみたら、予想通り旅人さんはいなかったのでゆっくり勉強していたはずでした。

 いつの間に意識が落ちたのか、それでも暗くなるまで気付かないなんて。悩みごとで夜寝れないのも原因かなぁ。

 しかも旅人さんは戻ってきていて、あろうことか寝ている私のほっぺたをのばしにのばして……もう!

 久しく激昂していたので寮に着くまで今日買った新しい本を忘れてきたことに気付くことは出来なかった。


 †


 失礼な事をしてしまった。

 まさか水鏡塾が元服した人限定だなんて、宿屋の人に話を聞かなかったらずっと勘違いしていただろう。あの見た目だ、苦労しただろうに。可愛い女の子を傷つけるとは紳士失格だな俺は。

 昨日の女の子に本を渡そうと同じ場所に行くと、あわあわと警戒しながら木の後ろから魔女っ娘がこちらを睨んでいた。か、可愛い……っといかんいかん、まずは計画通りにいこう。

 くるりと身体を反転させて来た道を引き返し、近くの出店で特上のゴマ団子とお茶を買って戻る。

「昨日はすまなかった。どうかお詫びと謝罪をさせてくれ」

 謝罪と同時に取り出したるは野宿用のゴザ。

 その上に本と団子とお茶を置きすばやく茶をいれて少し離れてみる。

 魔女っ娘はポカンと口を開けたまま俺とお茶セットを交互に見やり、こちらを警戒したままゴザに座ってくれた。

 どうやら少しは話を聞いてくれるようだな。

 ホッと胸を撫で下ろし少し離れて地面に脚をおろす。

「子ども扱いして悪かった。後の賢者にたいして無礼が過ぎた。本当に申し訳ない」

 そう言って正座して頭を下げる。いわゆるDOGEZAだ。紳士として重大な罪を犯してしまったからにはこれくらいしなければならない。心からの謝罪は伝わるだろうか。

「か、顔を上げてください!」


 †


 警戒していた。失礼で危険な人だと。

 私を見つけたとたんに引き返した時は目を疑った。やっぱり失礼な人だと。

 次に疑問だらけになった。

 何故か高そうなお団子を買ってきてお茶の用意をし始めた事に呆気にとられ、なんとなく流されて座ってしまった。

 最後に驚いた。余りに完成された綺麗な流れで敬うように謝られた。こんな謝罪の仕方は見たことがない。逆にこちらが申し訳なくなってしまってしまう。

「そういう訳にはいかないな。君のような可愛い女の子の心を傷つけるなんて許されることじゃあないよ」

 か、かかか可愛い!?

 さらりと恥ずかしがる様子も無く紡がれた言葉を聞いて自身の思考が追いつかず、いつもの口癖が無意識に零れ出る。

「あわわ……」

 頬が熱くなり、顔が紅くなってるのがわかる。思考が上手くまとまらない。どうしたらいいのだろう。

 とりあえず落ち着かないと、朱里ちゃんと話し合って、あぁ今朱里ちゃんいない――


 †


 一刻ほどDOGEZAしたままいると彼女はなんとか許してくれた様子。しかし一刻の間に何回あわわと聞いたことか。

 とりあえずせっかく団子を買ったのでお茶会でもと誘ってみたのだが、お団子を食べる姿に悩殺されそうだった。

「ご、ごめんなしゃい」

 突然謝る魔女っ娘。だが噛み噛みである。なんなのこの子、俺を犯罪者にしてしまおうという性悪少女の罠なの? とっつきでハート撃ち抜いてくるんですけど。

 思考がさらに暴走し始める前にまともな言葉を口に出そう。

「君が謝ることはないよ。それなら俺も」

「いえ放置してしまったのはさすがに」

「いやすまなかった。ほんとに――」

 すると彼女は急に口に手をあてて上品に笑った。

「ふふっ。あっ、すみません。でも許したのに謝ってばかりなので少し可笑しくて。……あなたはいい人ですね。」

 天使がいた。俺はただ茫然とその芸術的な一ページに見惚れるしかなかった。

 この気持ち! まさしく愛だ!

 どこかの武士道さんが俺の頭の中で叫んだ気がした。

「……? どうかしましたか?」

「いや、君の笑った顔があまりに可愛くて見惚れちまってた」

 正直に白状すると魔女っ娘は俯いてしまった。しまったまた怒らせちまったか。

「あ、あまり人前でそういうのは……」

 おずおずと口を開いたがどうやらドン引きしてるっぽい。ぶっちゃけすぎたな、自重しよう。ここは話の流れを変えるべきか?

「そういえば名乗るのが遅れて申し訳ない。俺は姓は徐、名は晃、字は公明という。気ままな旅人だよ」

 うん。自分の名前なのに違和感しかないがまともに自己紹介出来たはず。

「わ、私は姓は鳳、名は統、字は士元と申します。水鏡塾の塾生をしていましゅ。あわわ、噛んじゃった」

 なん……だと……?

 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 鳳統がこんな……謎の杖使ってぐるんぐるん回る鳳統がこんな見た目幼女だっただと!? 三国志マニアが聞いたら卒倒しちまうんじゃないかな。

「……あの噂に名高い鳳雛に出会えるとは」

「あわわ、私なんかまだまだでし。朱里ちゃんのほうがすごいですし」

 目の前の余りに異常で違和感しかない歴史上の人物に、どうにか胸中を悟られないように誤魔化すと聞いたこともない名前が飛び出したが、この世界には真名という概念があった事を思い出す。

 鳳統よりすごい水鏡塾の人ってもしかしてあれか。何人もの髭のナイスミドルを地の底に叩き込んだあいつか。つまりこのハニートラップは性悪少女の罠じゃなく孔明の罠だったのか。おのれ孔明。ってかちゃん付けってことはまさかもしかしなくても女の子なのか。

「あ、友達のことなんですけどしゅごいんです!朱里ちゃんは私より成績がよくて目標が高くて先生も悩むことを思いついたり、あとは――」

 よっぽどその子のことが好きなのか興奮気味に話し続ける。キマシタワーが立てられそうだ。

 しばらく頷いたり、相槌を打ったりして長々と彼女の親友の凄い所を聞いて、言葉が途切れた所に自身の思った事を挟み込む。

「鳳統ちゃんはその子のことが大好きなんだなぁ」

 すると鳳統ちゃんは黙ってしまった。何故泣きそうになる。俺、なんか地雷踏んだ?


 †


 少し朱里ちゃんについて話しすぎた。

 私の話が途切れた合間に徐晃さんが放った言葉が胸に刺さる。

 ジワリと湧き出る黒い感情は、瞬く間に自身の心を埋め尽くしていく。


 その感情の名は嫉妬。


 なんでだろう。悩んでたこと、今この人に話したほうがいいって思う。

 最初は変な人だと思ったけど話してみると優しくて、先生と話してるみたいな気持ちになってた。受け入れてもらえそうな。甘えてもいいんだろうか。会ったばかりの旅人さんなのに。

「……大好きな親友なんです。でもたまに暗い気持ちを向けてしまうんです。がんばっても追いつけなくて、私には目標がないけど確かな目標に向かって努力する朱里ちゃんが羨ましくて、先生に私より褒められてるのが妬ましくて、嫉妬……してるんだと思います」

 気付けば話し始めていた。徐晃さんは真剣な顔で黙って聞いてくれている。こんな汚い気持ちをもった私の話を。

 あ……ダメだ止まらない。

「朱里ちゃんがいなければって何度も思いました。その度に自分が嫌いになって、直そうと思ってもまた湧いてきて。変わろうと思っても変わらなくて、一緒の主に仕えてこの大陸を良くしようねって言ってくれた時も、また私は影に追いやられるって思ってしまって、一緒にいられるのが嬉しいのに嬉しく……なく……て」

 涙が出てきた。自己嫌悪と恥ずかしさと親友への罪悪感に。徐晃さんの顔が見れない。きっと失望してるだろう。きっと幻滅してるだろう。鳳雛といわれてても結局は醜くて器の小さいダメな子だって。

「君は優しい。それに強いな」

 ポンと私の頭に手を置き、優しい手つきで頭を撫でながらその人は話す。

「誰に話すでもなく自分の内で罪悪感と戦い、自分を変えようと努力する。それに自分の才に驕らず上に上がろうと努力し決して折れなかった」

「でも私は汚くて、醜い、最低なことを、考えて……」

 そう、親友に嫉妬するなんて普通じゃない。最低なことなんだ。

 しかし徐晃さんはしゃくりあげながら話す私の言葉に黙って首を振った。

「醜くなんてないさ。いいんだよ、人間なんだ。誰だって自分に無いものを持ってる人に嫉妬する。羨望もするだろう。引きずり下ろそうとするかもしれない。でも君は親友を貶めることよりも自分が変わることを選んだ。怖くて嫌いでも嫉妬する自分を受け入れて乗り越えようとしている。それは普通の人ができることじゃない。君は強くて、優しい、いい子なんだ。大丈夫、君は最低なんかじゃないよ。そんなにも親友の事を想い、頑張ってるんだから」

 優しく微笑んで言い聞かせるように紡がれた言葉は、親友を妬む私をも認めてくれていた。

「それに今は足りなくても努力すれば届くかもしれない。違うことなら勝てるかもしれない。月は触れないが、湖面の月は捕まえられるんだ。考え方なんか無数にある。嫉妬するのは全部試してからでも遅くはないと俺は思う」

 私の心に彼の言葉が染み込んでいく。そうか、自分の限界を自分で決めてしまったら終わりだ。

 胸の中にポッと小さな火が灯った。煌々と燃えるこの小さな決意の火は、これからもっと大きくしよう。

 優しく私の頭を撫でる手は、もういないお父さんのように暖かかった。


 †


 まだ少ししゃくりあげている鳳統ちゃんのために、すっかり冷めてしまったお茶を淹れなおして手渡す。

 ゆっくりと飲んで、ほうと息をつく顔は少しすっきりした感じに見えた。

「す、すみましぇん。いきなり泣き出してしまって」

「いいよ。俺も偉そうなこと言ってすまなかった」

「いえ。その……うれしかったです」

 ほにゃっと笑うその表情は先ほどまでの泣き顔とのギャップからか、非現実的な可愛さだった。

 本日二度目の天使の笑顔いただきましたー。俺この子一生守るわ。呂布だって倒してやるぜ。

「それであの……その……」

 もじもじして余計可愛いぞ。まだ攻撃を続けるというのか。俺の紳士ゲージがマッハなんだが。

 沸々と湧き上がるなでなでしたいという衝動をなんとか抑えつつ、彼女から続けられるであろう言葉を待った。

「わたしゅ……あわわ、わ、私の真名、雛里っていいましゅ」

 真名……ってこの世界では殺されるレベルで大事なものか。あの胡散臭い腹黒少女に説明された事柄を思い出し、しかしどうしていいか分からずに戸惑ってしまう。

「真名で呼んでください」

 真っ赤になりながらギュッと目を瞑ってそう言われた。真剣な声は緊張しているのかわずかにだが震えていた。

「……いいのか?」

 俺なんかに、とは言えない。それは多分聞いてはいけないことだから。

「お、お願いしましゅ……」

「……俺の真名は秋斗。受けてくれるか、雛里?」

 ならばと思い立ってこちらの真名も差し出す。この世界ではそうしたほうがいいような気がした。

「はい! 秋斗さん!」

 雛里に太陽のような明るい笑顔が広がったところをみると正解だったようだ。

 ほっと胸を撫で下ろして大切なモノを預けてくれたんだという事を自身の心に刻み込む。


 それからは他愛のない会話をしばらく続けていたが、結構な時間話し込んでしまい、夕暮れの斜陽に気付き慌て始めた雛里を見送って楽しいお茶会は終わった。

 

 その日俺は初めてこの世界に馴染んだ気がした。

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