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~幕間~ 別の大陸制覇を目指す者

 黄巾の乱を終えた私たちは本拠地にて忙しい日々を送っていた。

 昇進による支配域の拡大、それによる内政の負担の増加、抵抗する豪族への説得や介入等々、上げ始めればきりがない。

 どうにか愛しい部下達と協力して行っているがやはり文官が足りない。

 桂花は飛び切り優秀だが負担量はギリギリ。早急に手立てを打ちたいがこうも朝廷でのごたごたした噂を聞くと動くに動けない。

 なんとか明日は休みを取らせてあげられるが城にいたら勝手に仕事を始めてしまうだろう。何かいい休息の理由に使えそうなものはないか。

 そういえば最近新しい店が街にできたようだが一緒にいってみようか。なんでも出店で安価なものを民に、内部では高価な料理を権力者にふるまう店らしい。

 そう考え私は隣で可愛く眠る桂花の頬を撫でた。



「華琳様! ここですよ、噂のお店!」

 護衛も兼ねて料理の上手な流琉も勉強になると思って連れてきたけれど、一番はしゃいでいるわね。

「もう! 流琉、待ちなさい! そんなに急がなくても店は逃げないのよ!」

 口調は怒っているが、桂花もどこか楽しそうではある。

「ふふ、いいのよ桂花。元気なのはいいことなのだから」

「……華琳様がそうおっしゃるなら」

 可愛い子。街中なのがとても残念ね。

「この店か」

 入口に立っているだけで空腹を刺激する匂い。

 横の出店には民の行列。昼過ぎには毎回ほとんどの品が売り切れるらしい。

 その店の名は『娘娘・二号店ついんて

 何故二号と書いてついんてと読むのかは理解できない。

 というよりもこの店は徐晃の言っていた……

 桂花は店の名前を確認するとまたあの甘味が食べられるかもしれないと期待の眼差しを送っている。

「華琳様? 桂花さんどうかしたんですか?」

「少しこの店と訳ありなのよ。とりあえず入りましょうか」

 そう言って店の暖簾をくぐると、

「「「いらっしゃいませー!」」」

 元気のいい挨拶と共に給仕達が頭を下げるがそれぞれの異常さにまず目を見張った。

 何故給仕が皆、髪を二つに括っているのかしら?

「当店は初めてでございますね? って曹操様!? よよ、ようこそいらっしゃいました! 少々お待ちください!」

 私が何者か確認してすぐに奥に引っ込んでしまう給仕の一人。少しして奥から年齢の読み取りにくい男性が姿を現した。

「ようこそおいでくださいました。本店の店主をしている高順と申します」

 ぺこりと会釈をして柔らかい笑みを浮かべる。

「曹孟徳よ。本店店主、と言ったかしら?」

「はい。この店は開店直後なので給仕が慣れるまで指導をしております」

 しっかりと教育を行き届かせる心意気。好感が持てるわね。

「徐晃からあなたに『ほっとけぇき』と伝えるように言われているのだけれど」

 発した単語にピクッとわずかに反応し少し考え出す店主。

「……そうですか。仕方のない方ですね本当に。では奥へご案内いたします」

 呆れた顔をしていたがどこか楽しそうだった。私達は店主に案内されて一番奥の部屋に行った。

 皆が席に着き菜譜を見ようとすると店主が一つ咳払いをして注意を引き付けてから話し出した。

「曹操様、あなたの噂はかねがね聞いております。よろしければ私の料理を評価して頂きたいのですが」

「へぇ……私の舌を満足させる自信があるみたいね」

「えぇ、そこの典韋様の料理の腕も耳に入っております」

 驚いて店主を見る流琉。そういえば流琉は街の料理屋で働いていたことがあったか。

「満足いただけなければお代は頂きません。これは私の意地のようなものです」

 桂花と流琉の二人はあまりの異常な発言に言葉も発せず目を丸くした。

 この店主、私に勝負を挑むというのか……おもしろい。

「では満足させることができたならこの店を大々的に宣伝しましょう」

 徐晃が言っていたのはこうなる事を予測してか。ならこの勝負次第では貸しは全て帳消しにしましょう。

「ありがとうございます。では、初めて聞く料理があると思いますので説明いたします」

 菜譜を開く。そこには聞いたこともないような料理の名前がいくつか並んでいた。

 おむらいす、はんばぁぐ、ぱすた等々

 店主がそれぞれの料理のおおまかな説明をする。

「女性の方にお勧めなのはおむらいすとぱすたです。ぱすたの方は特殊な麺を茹で、自分好みの味付けを選ぶもの。おむらいすの方はふわふわ卵のモノは天津飯に似ていますが、味は全く違います。通常のおむらいすは卵で特殊な炒飯を包み西紅柿を煮込んだタレをかけたモノです」

 つらつらと説明されたものを想像しながら皆が決める。

「わたしは普通のおむらいすが食べてみたいです」

「じゃあ私はふわふわのものを食べてみようかしら」

 ふむ……同じものというのも面白くない。

「なら私はぱすたにしましょうか。店主、味付けは任せるわ」

「承知いたしました。しばしお待ちを」

 店主は料理を作りに静かに下がって厨房に向かって行った。

 二人とも緊張しているのか表情が固い。まあ当然か。値段も書いていないのだから。

「ふふ、そんなに緊張していたら料理の味もわからないわよ」

 緊張をほぐすために声をかけてもみたがあまり効果がないようだ。




 しばらくして、耐えかねるというほど長い時間待たされることも無く、

「おまたせいたしました」

 食欲をそそる香りとともに料理が運ばれてくる。

「わぁ……」

「これは……」

「……」

 見た目も素晴らしい。食とは目、香、舌で楽しむ事をよくわかっている。

 共に運んで来た給仕までもが無意識に喉を鳴らしてしまっている。

「曹操様、ぱすた専用の食器がございますのでこちらをお使いください」

 三つ又の矛を小さくしたような食器と先が楕円形になった食器を渡され、食べ方の作法を説明してくれる。確かに麺は纏めたほうが食べやすい。

「どうぞ、温かいうちにお召し上がりください」

「「「いただきます」」」

 促され、皆が一口目を口に入れる。

「「「っ!!」」」

 あまりの美味しさからか三者三様に絶句してしまった。

 これは……おいしい。

 このあっさりとしながらも暖かくなる味。麺にほどよく絡んだタレの主は……貝からとったものか。

 茸から香る山の風味と貝から香る海の風味が見事に合わさっている。

 刻んであるこれは……大葉。薬味程度と侮れない。これは全てを引き立てつつ全てをまとめるいわば中心。

 そしてこの麺。ラーメンほど柔らかくないこの麺はぷちぷちとすっきりした食感と噛みごたえを与えてくれる。

 さらに口に残る感じもなく、すっと通る喉越し。

 全ての食材がいくつもの世界を魅せてくれる。

 ああ、これこそ食の素晴らしさよ。



「ごちそうさま」

「「ご、ごちそうさまでした」」

「皆様いかがでしょうか」

 店主は桂花と流琉の食べている時の挙動に満足したのか満面の笑みを浮かべている。

「そ、その! 言い表せないくらいおいしかったです!」

「え、ええ。ふわふわとした卵と胸の奥まで温まるようなタレがまるで……はぁ」

 桂花、だらしないわよ。

「そうね、私が今まで食べたことのない味だった」

 店主がピクリと反応する。分かっているわ、私の負けよ。

「ふふ、おいしかった。他の料理もぜひ食べてみたい」

「ありがとうございます!」

 そうね、あなたのような料理人は『おいしかった』とちゃんと言われたいのだから。

「こちらこそ。楽しい時間をありがとう」

「いえいえ、私はこれが生き甲斐ですので」

 そう言って店主は少年のような笑顔で告げる。

「店主、私の城で働かないかしら?」

「ありがたい申し出なのですが……私には料理で大陸を制覇するという野望がありますので」

 断られるのはわかっていた。だけどその野望、おもしろい男ね。さすがは徐晃の友、と言ったところか。

「そう、その野望が達成されること、この曹孟徳が保障しましょう」

「ふふ、必ずや。あなた様もご武運を。それと今回はお代を頂きません」

 驚愕している二人はほっておきましょうか。

「それはダメだわ。満足させて貰った私達には払う義務がある」

「いえ、これは私の個人的な矜持ですので」

「……代わりに何かできることは?」

「ありがとうございます。では皆様、私の事を店長と呼んでくださいませんか?」

 対価は何が望まれるのかと身構えても、ただ呼び方を指定してきただけ。不思議な男。

 もしや……これを見越して徐晃は貸し返済としたのか。この店長の存在は私の舌を満足させるに足る。そして宣伝の波状効果を利用すればこの店は豪族の懐柔に対しても使い勝手がいい。やはり徐晃は興味深い。

「いいでしょう。二人もそれでいいわね?」

 頷く二人、しかし桂花は他に何か聞きたそうだ。

「そ、その、ほっとけぇきは……」

 そういうことか。本当にこの子は仕方のない……

「ふむ、この店では作らないつもりだったのですが……いいでしょう。私がいる時だけになりますがお作りしましょう」

 途端に表情が晴れやかになる。

「いいのかしら店長?」

「構いませんよ。それにあの鈍感男をいじめるいい理由になりますから」

 きっと徐晃の事だろう。それにしても随分仲が良さそうね。

「軍師様、今回は材料がありませんのでまた今度になります。甘味の新作も用意しておきますのでよろしければまたお越しください」

 少し残念そうだったがすぐに表情が明るくなった桂花は今にも昇天しそうに見えるほど。

「典韋様もまた食べに来てください。私に言っていただけたら、甘味なら割引いたしますので」

「本当ですか!? ありがとうございます店長さん!」

 ふふ、二人とも嬉しそうで何よりだわ。

「色々と世話になったわね店長。またよろしく。ごちそうさま」

「ごちそうさまでした店長さん!」

「ご、ごちそうさま店長。また来さして貰うわ」

「ええ、皆さまご武運を。またのご来店をお待ちしております」

 そう言って私たちは店を後にした。

 桂花も十分な休暇になったことでしょう。

 私も久しぶりにゆったりと過ごすことが出来た。


 たまにはこういう日も悪くないなと思い私たちは城への帰路についたのだった。




蛇足~店長日記~

 噂の曹孟徳様が来店された。

 やっかいな言伝をもって。

 徐晃様、安易すぎです。

 しかし曹操様が私のこの二号店の発展に協力して頂けることになったのでよしとしましょう。

 あの方の舌は本物です。

 久しぶりに料理を作るのに緊張というものをしました。

 渾身の料理に最上級の舌を持つ相手からおいしいと言われた時の感動はすばらしいものです。

 この二号店もあの時のような幸せな店にしていきたいですね。

 それにしても荀彧様は恋しておられるのか。

 ほっとけぇきは女の子を応援するための甘味ですので今度出してあげましょう。

 今日はこんなところですかね。


 おっと忘れてました。

『海山ぱすたは自然の宝』

 これでよし。


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