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裏切りの明け空

 夜行軍は迅速に、警戒を全面に押し出して行われていた。

 先頭を切っているのは霞。軍師達と動きを決めていようとも、神速の用兵とまで謳われる彼女に華琳は先陣の判断を任せていた。

 今回の官渡の戦では、曹操軍の重鎮達はそれぞれに相方とも言える軍師を付けている。霞の場合は詠、春蘭の場合は風、凪と沙和には稟を。官渡には秋蘭に朔夜を付けて。

 余談であるが、詠は水鏡塾の制服をまた着させられている。皆から可愛いと褒められて耳まで真っ赤にして照れていたのはお察し。

 そして華琳の隣には……彼女自身が認めている王佐、桂花を侍らせていた。

 昏い顔、赤く腫らした目……今にもまた泣きだしそうではあるが、兵士達の前という事もあってか、彼女は涙を堪えていた。


――田豊を救い出せる確率はかなり低い。袁家の内部事情を鑑みると希望を持つ方が難しい……。


 秋斗を送り出した華琳であっても、夕を救える事はほぼないだろうと判断していた。

 冷静な計算の上で積み上げてきた勝利への道筋。才あるモノに目が無い華琳としても夕はぜひ欲しい人材……しかしこの戦の勝利と比べるとなると……切り捨てざるを得なかった。

 “たられば”のもしもは幾つも考えられる。自分がこうしていれば、敵をもっと迅速に打ち倒せていれば、何がしかの揺さぶりを与えておけば……けれども現実は今を置いて他には無く、道筋を立てたのは自身の軍師達で、黒に賭けるしか手が無い。

 華琳は何も言わない。謝る事も、元気づける事も、優しく思い遣る事もしなかった。


「華琳様……」


 綴られる声は弱々しい。叫び出したいような、泣き崩れたいような、そんな声音。

 目を向けることなく、華琳はただ沈黙を以って先を促す。


「……ありがとうございます」


 出てきたのは感謝の言葉。すっと、華琳は目を瞑った。何に対してか、彼女は理解していた。


「徐公明は……我が軍のこの先には必須な人材だとおっしゃられていたのに……私のわがままにお貸し頂き、ありがとうございます」


 震える声は悔しさを宿して。自分で救い出せない、他者に任せるしかない事が、桂花はただ悔しかった。


「例え紅揚羽が死のうともあの男だけは生きて帰って来る。だからその感謝は受け取ってあげない」


 戦場を見極めてこれ以上は自身の生存が不可能と判断したなら、二人を見殺しにしてでも秋斗は先の世の為に帰ってくる、では無い。

 相応の無茶をして結末を見届けた上で彼は生き残るだろう。そんな気がした。

 故に、桂花の感謝を跳ね除ける。

 胸に走る痛みから、桂花は苦々しい息を噛みしめた歯の隙間から零した。


「戦の勝利を見据えた上で田豊を救い出す最善手は確かにあの男と張コウに賭ける事だった。……せめて黒麒麟だったら、違ったでしょうね」


 状況が悪かった。

 彼が記憶を失っていなかったのならば、この戦自体の戦況すら、がらりと変わっていたに違いない。

 華琳が到着する前に袁家本陣への突貫、延津への先回り伏兵、広い範囲への警戒網、夕の救出に対して幾多も手を打てたであろう。夕事態を本拠地に帰さないような事態にも出来たはずである。

 所詮は有り得ない可能性の話。起こった事しか起こらない。

 華琳としても、秋斗の記憶を無くすほど追いつめた事に後悔は無い。結果としてこうなったというだけで、悔いを感じるモノではないのだ。

 ただ……愛しい臣下を傷つけたという傷が、僅かに痛む。

 雛里の絶望も、桂花の絶望も……自身がありとあらゆる才を持つが故に、届かなかったという事実が口惜しかった。

 自分が手に入れられるモノを全て手に入れる。そうして進んで行こうと決めた華琳でさえ手に入れられないモノがある……それが自分に対する怒りとなり、より大きくと願い、成長に繋がるのだが。


 じ……と、桂花が華琳を見つめていた。

 視線に籠るのは責めでは無く、ただ不甲斐無さ。桂花は華琳とは違い、自身の無力を嘆いていた。

 優しい言葉が欲しいのか。労わって、慰めてやるのも王の務めであろう。しかし華琳はしてやらない、してはならない。


「桂花、この戦で最終的に私が手に入れたいモノは何かしら?」


 問いかけるは別の事。自分達が遣るべき事で……軍師達ですら知り得ぬ事。

 華琳はこの質問を、ただ一人、秋斗にだけ問いかけた。他の誰にも問いかけてはいない。

 目を閉じ、思考に潜る桂花は自身の悲哀を頭の隅に追いやった。思考を広げることこそ絶望を感じない唯一の方法であるが故に、華琳の無言の思いやりをしっかりと受け止める。


――ありがとうございます、華琳様。


 軍師の誰もが幾度となく、この戦の事は考えてきた。華琳が欲しいモノ、手に入れたいモノを自身達だけで読み抜き、判断しようと。

 それぞれ別個として思考を積ませて議論をさせてきたが、風と稟、詠から出たモノは同じ。

 袁家の領地と、顔良、文醜、そして張勲。本拠地の掌握まで迅速に行わせる為に、七乃に対して旧袁術軍を動かせという指示を出す準備さえ出来ている。

 外部勢力の動きによって、袁家当主は厳罰が必定……斬首より下には成り得ない。帝を手中に収めている勢力を攻めるとはそういう事だ。罪を減じることなど出来はしない。相応の罰を以ってこの戦は終焉を迎える……軍師達の予測のカタチは此処まで。


「……乱世を越えるにあたっての波紋を」


 短く一言。桂花はそれだけを話した。

 深くは示さない答えに、華琳は目を細めて、それだけでは足りないと先を促す。

 冷たい冷たい光が桂花の目に宿った。冷徹な軍師の瞳は、何を切り捨てるか十分に理解を置いていた。


「袁本初に所縁の親族と袁家の上層部でも夕と敵対していた者達を……皆殺すのがよいかと。赤子から老人に至るまで、華琳様に歯向かうとどうなるかを大陸の全てに示す事こそが、この戦の結末で得られる最大の利益」


 ふ、と浅い息が漏れ出る。嘲笑か、それとも自嘲か……不敵な笑みの意味は、桂花には分かり得ない。


「そう……あなたが辿り着いた答えは其処か」


 不思議な声音であった。桂花は普段とは違う主の雰囲気に疑問が浮かぶ。

 華琳の為に粉骨砕身、親友の命でさえ賭けた桂花でこそ辿り着けた答え。他のどの軍師も、其処までするとは考えていない。

 まさか間違いなのかと、鼓動が跳ねた。

 虐殺、という非情な手段を提案したのに、華琳はなんら気にも留めていないのだ。

 心が痛むか、と言われれば桂花はあまり痛まない。

 新鮮なリンゴが詰められた箱、その中にある腐ったリンゴと同じく、もはや袁家は大陸の毒。切り捨ててしまう他ないし、桂花としても憎しみが多分に含まれている。利を判断した上で感情を乗せていると言えようか。

 倫理的には恐ろしい事だが、もはや桂花は覇王の王佐。ましてやあの部隊にこの二月程触れてきたのも功を奏してか、この程度では動じなくなった。

 戦に勝利した上で袁の虐殺を行えば、今噂されているモノも含めて曹孟徳の名は善悪構う事なく語られる。誰かは蔑み恐怖する。しかして弱きモノ達は……彼女の下で生きるのならば殺されないと認識を置く。結果として善政が齎されている以上は“戦乱に関わりたく無い者達”にとっての逃げ場と為せる。そうした上で華琳の定めた規律と法に縛られ、世界はより良く動き出すのだ。

 そして一番大切な事は……華琳に敵対するモノ達の中でも、より大きな力を持つモノ達に対しての線引き。

 言うなれば、華琳は他の勢力に対して大々的な宣戦布告をしようとしているのだ。


 袁の二の舞になるか否か、この曹孟徳に従うか否か。


 各勢力の主達は平穏無事に過ごしたいなら降るべきで、この時を置いて他にはない。それが出来ないなら殴りに行かせて貰おう……莫大な犠牲はその意味を強制的に伝えるであろう。

 話合いを持つ気などさらさら無いのだ。

 只々頭を垂れろと脅しかけるだけ。従わなければ殴る、それだけ。

 漢という大国が作った平穏は、こうして華琳の手によって壊される。


「そ、その……違っていたでしょうか?」

「いいえ、あなたの献策は正しい。私のしようとしている事と一致してる」


 なんのことはないと、虐殺を行う事の一つとして是と為す華琳。ではあっても、煮え切らない返事に桂花は眉を一層に顰めた。


「なぜ……」


――そのような声で、私の思い至らないナニカを浮かべていらっしゃるのですか……。


 咄嗟に呑み込んだ。自分でも何故そうしたのか分からない。ただ、聞きたくなかった。尋ねたくなかった。

 チクリ、と胸が痛んだ。自分は華琳の王佐だと言って貰えたのに、華琳の思考を読み切れないのが口惜しくて。

 また、桂花の表情は暗く落ち込む。


「落ち込む事は無いわ、桂花。あなたは私の王佐。間違いなく一番の働きをしてくれた。道筋も、外部の動きも、献策も、読み取る事も……そして田豊と張コウの事も。ただ……最後に手に入れるモノについては別に一つある、というだけよ」


 優しい声が耳によく響いた。気遣ってくれるのが嬉しくて歓喜が湧く。

 しかし、思考をもう一度広く回してみるも、別の一つは思い浮かばない。


「風も、稟も、詠も……あなたでさえ読み切れなかった利が一つ。たった一つ手を加えるだけでこの乱世により多くの先手を打てる。さて……それが何か、分かるかしらね?」


 試す視線に試す声。浮かべられた不敵な笑みは間違いなく覇王のモノ。また、ナニカを切り捨てるつもりなのだと、桂花は聡く読み取った。


――他に切り捨てるモノが……? 袁紹の死を追い掛けて顔良と文醜は死ぬかもしれない。明は……夕が死んだらどうなるか分からない。でもそれらは個人の問題だから違うとして……。


 どれだけ回しても答えは出ない。

 華琳に見えていて、桂花に見えていないモノが全く分からなかった。

 ふ……とまた浅い息が漏れた。零れた笑みの意味は読み取れずとも、自分の知っている主の笑みでは無かった。


――華琳様はこんなに、柔らかく笑った事があっただろうか。


 違う。違うのだ。自分が知っているどの華琳の笑みとも違う。自分達に向けるモノとも僅かに違う。

 何を笑った? 誰を笑った? 考えれば、直ぐに思い浮かぶ。自分が離れていた間に変化があったのなら……あの男で間違いない。


「あの男が……華琳様の描くモノを読んだ、と?」

「ふふ……」


 返す笑みには称賛を込めて。ただし、桂花に対してでは無かった。


「田豊を救えても救えなくても、あの男は大きくなるでしょう。今回だけは教えてあげる。アレと私がこの戦の後に何をしようとしているか」


 馬を寄せ、楽しげに笑った華琳は言葉を紡ぐ。

 つらつら、つらつらと並びたてられる一つの事柄に、桂花は目を見開き……震える。

 自身の主の恐ろしさを再確認して。

 そしてあの男の異常さを、本当の意味で思い知って。


――嗚呼……


 身体の震えが止まらない。この世界に生きているが故に、桂花は華琳への恐怖が抑えられない。


――私の主は、人を外れている。そんな事、誰も思いつかないのに……。


 大陸に生きるモノ達が希望を向ける英雄の姿は、一番近くに居るモノにとっては化け物。

 だからこそ桂花が敬愛してやまず、身を、脳髄を刃と化して乱世を切り拓き、階にすらなりたいと願う。

 されども、胸が締め付けられる屈辱も心を埋めた。


――雛里が慕う男も、人じゃない。線引きを越えた雛里すら、越えている。


 主と同じ高みに立てる程の異才。自分では届き得ない結果を読み取れる化け物。

 何故、と悔しさが心を焦がし、同じ高見に辿り着きたいと希う。自分は主の王佐なのだから、と。

 倫理どうこうでは無く、只々自分達が思い描くように乱世を治める為の効率を求める、人では無いモノ達。

 狡猾にして卑賤ならず、善悪の別なく飲み干して、二人が目指す先は遥か高み。

 しかし……桂花の思考はまだ足りないと、華琳は薄く笑って示した。


「ねぇ、桂花? 知っているかしら? もう一人、私達の描く答えに辿り着けたモノが居るんですって」


 声を聞いた瞬間、文字通り凍りついた。心も、身体も。

 誰がそんな事を思い浮かぶ? 考えても、自分達の軍には一人も見当たらない。なら外部かと思っても、この戦の細部まで知らないモノ達では有り得ない。

 たっぷりと時間を待ってから二の句が継がれ、桂花は心底、そのモノに対して純粋な恐怖を抱いた。


「ふふ……だからこそ、私の妹に相応しいのよ。月は、ね」


 黒を喰らいて何に至るか。

 華琳はまた前を向き、黎明の空に輝く朧三日月を見上げた。


――私と並び立ちたいのなら、あの子はきっと……覇王とは違う王になろうとするでしょう。黒の主に相応しい王に。

 人を外れたモノの主なら……そうね……


 自分ならこう呼ぶ、と一つの二つ名が思い浮かび、ふるふると首を振って口を開く。


「今はまだいい。まずはこの戦を終わらせる」

「……御意に」

「最前線は霞に任せていいわね。私達は張コウ隊の働きに合わせましょう。あなたの見解を聞かせて頂戴」

「は……張コウ隊の主な方針は徐晃隊に限りなく近く。それでいて張コウの下した命によって今回の戦では完全な死兵となり――――」


 乱世の大きな分岐点の前で、覇王とその王佐の二人は……自軍の勝利を疑わず思考を回す。

 官渡の戦いの天秤は、この時既に傾いていた。






 †





 烏巣の陣容は明の言の通りに四つに分けられていた。

 そのまま、情報の通り五つ目を探してから総攻撃に移っても良かったが、頭が四つの軍はソレをしない。

 曹操軍の兵数は袁家に比べて少ない。一部隊に当たり一万に満たない。それでも、彼女達は今回の戦での成長を生かして自分達の実力を示す方策を取った。

 万事に対応するならば、全ての部隊が別個として即応の型を取るべき。それが軍師達の判断。もし、郭図が明すら騙していたならば、その可能性も考えて。


 そして誰も率いるモノがいない部隊が……一つ。

 黄金の鎧を身に纏いて、幾多の傷を気にすることなく、ただ無言で一つの陣に迫るモノ。

 掲げられた張の旗から、彼らが袁家でも最強の部隊だと誰もが気付く。

 百人長も、千人長も、誰も指示を出す事は無かった。


「止まれっ!」


 陣の前で見張りをしていた兵士が大きな声を上げれば、彼らはピタリと脚を止めた。

 轟、と燃える松明で旗の名を見せつける。しかれども、彼らはまだ無言であった。


「張コウ将軍は如何した?」

「……」


 当然、一番前で率いる将が居なければ、誰もが訝しむ。もしや敵の兵が化けているのではないか、と。

 答える声は、やはり上がらなかった。


「何故答えん? そなた等が張コウ隊であるというならば、将軍は此処にいらしておるはずであろう?」

「……くくっ」


 一番前の一人が哂った。笑みの意味は自嘲か、それとも嘲笑か……どちらもである事に敵は気付かない。


「貴様……何故笑う?」

「……ふはっ、なぁあんたら……俺らが何か知ってるか?」


 苛立ち湧き立ち、ビシリ、と空気が凍りついた。

 問答にもなりはしない。会話が成立しない。そんなモノと話している時間は無駄であろう。これが敵なら、殺されるのだから。

 見張りの兵士の纏めをしていた大男が、すっと手を上げた。同時に、キリキリと弓弦を引き絞る音が鳴り響く。


「もう一度だけ問いかけてやる。張コウ将軍は何処だ? 答えよ、張コウ隊っ!」


 くつくつ、くつくつと喉を鳴らす音が不気味さを広げていく。

 その部隊の兵士達は、哂っていた。相手に対しても、自分達に対しても。


「……そうだ、そうだよ……俺らは張コウ隊だ。袁家で一番強くてなぁ……一番あの人の為に働けるバカのはずなんだ」


 ぽつり。零された言葉は哂いを掻き消した。

 見張りのモノ達は凍りつく。兵士達のその眼に、昏い絶望を垣間見て。

 一人の兵士にコクリと目で合図をした見張りの大男。後に、一本の矢が放たれ……張コウ隊の一人の脚に突き刺さった。

 誰でもいいのだ。脅しなのだから。答えなければ殺すと、そう伝える。しかし張コウ隊は誰も微動だにしなかった。矢が突き刺さったモノでさえ、剣を杖と為して立ち上がる。

 ゾワリ……と粟立つ肌は抑えられない。人が射られた。無防備な状態の人が射られたのだ……なのに何故奴等は動じない? そう考えるのは必然で、恐怖に頬が引き攣るのも当然。


「……はっ……お前ら、あの人の言った通りかよ?」


 嘲りと侮蔑の声が燃え上がる。静かに、蒼の炎の如く。

 ギシリ、ギシリ……響くは掌が剣と槍の柄を握りしめる音と、歯を噛みしめる音。

 轟々と燃え始める瞳の炎の名は……憎悪と怨嗟。

 仲間ではないか、とは誰も言わない。張コウ隊にとっての仲間とは、此処に並ぶ“ヒトゴロシでメシを喰らうロクデナシ共”だけ。明がたった一人の少女を救うために鍛え上げた彼らだけ。


「なぁ……俺らは、あの人は、田豊様は……袁家の為に戦ったぞ?」


 黎明に照らされた黄金の鎧が輝くも、彼らの心に光は無い。


「その為にたくさん、沢山死んだ。あの人の尻追っかけようとしてぶち蹴られた奴も、あの人に踏まれて喜んでたクズも、あの人達二人の仲の良さを見てデレデレしてた大バカ野郎も」


 はらりと流れる涙の意味は、哀しいのか、苦しいのか、辛いのか……否、否断じて否。


「だからよぉ……俺らだって死んでやる。それが仕事で、俺らが選んだもんだ」


 只々、彼女達と戦う事を決めたのに、それを邪魔するこいつらが……憎い。

 ひっ、と誰かが一歩引いた。ぎらりと光る眼差しは、それほどの威圧を含んでいた。


「知ってるか? あの人な……泣いてやがったんだよ。血も涙も無い紅揚羽が……泣いてたんだ。誰のせいだ?」

「う、打て、矢を放て!」


 待ってやる義理などないからと、矢が幾本も飛ぶ。

 即座に構えられる木の盾。誰が教えた? 誰に鍛え上げられた? そうして、彼らは怨嗟を紡ぐ。

 ゆっくり、ゆっくりと歩みを進めた。決して慌てること無く、彼らは歩いて陣の閉じられた門まで向かい行く。

 敵は笛の音をまだ鳴らせない。曹操軍が引っ掛からなければ意味が無いのだ。最低でも明が居なければ、与えられた仕事をするにも足りない。

 説明された通りの動きだと、千人長は呆れとくだらなさから渇いた笑みを零した。


「ひょろっちぃ矢なんざ効くかよ。刺さっても突撃、腕が千切れても突撃、脚が千切れても、腹を貫かれても喰らいつく……それが俺らなんだぜ?」


 黒麒麟の身体のような洗練された連携は出来ない。張コウ隊が彼らと同じである点は、命続くかぎり殺しに向かうという精神力と、明の指示に絶対服従の対応力だけ。


「おい、答えろよ」


 じとり、と見据える眼差しはただ昏く。千人長の瞳に、大男は呑み込まれた。

 敵兵達は矢を射るも、まとまりを持たずに無駄打ちに終わる。彼らと敵では、乗り越えてきた地獄が違い過ぎた。


「……なぁ、袁紹軍っ! 誰が俺達の戦う理由を泣かせやがった!?」


 もはや抑えられず、声が荒げられた。

 続いて、幾多も張り上がる声は怨嗟と憎悪に染まり切り、気圧されて誰も答えることなど出来なかった。

 そうして次第に変わる声は、たった一つに絞られる。


「……殺してやる」


 さざ波の如く、その言葉が広がって行った。

 張コウ隊達はもう、部隊では無い。こんな感情を持ってしまっては、部隊に戻れない。

 腕に巻かれた黒の布。彼女を救う為にと、彼は自分達と同じく戦っている。なら、自分達が行う事は、一つだけ。


「……殺してやる……っ」


 叶えてやろうぜと頭に声が響いて……最後の線引きが外された。


「……っ……皆殺しだぁぁぁぁぁてめえらぁぁぁぁぁっ!」


 ケモノの如き咆哮が張り上がった。

 紅揚羽が居るから、彼らは統率を以って戦える。長い事彼女を見てきた。彼女と共に戦ってきた。


 彼女は親殺しのヒトデナシ。彼らは人殺しのロクデナシ。

 賊徒と何が違う? 戦う理由を奪われたなら、彼らはそれらと変わらない。結局は生きる為に選んだろくでもない仕事。誇りなど欠片も持っていないのだ。

 部隊は将の色に染まる。

 紅揚羽が率いる彼らは、たった一人の命令に従い、たった一人の願いの為にしか戦わない。それが自分達の為で、戦う理由だった。


 怒涛の波となって押し寄せる張コウ隊に、もはや待ちきれずに鳴り響く笛の音。

 臆すること無く、彼らは陣の柵を乗り越え、打ちこわし、中へ外へと広がって行く。その様はまるで烏合の衆。賊が行う戦闘となんら変わらない。

 されどもその力は袁家のどの部隊よりも洗練されてきた精兵で、人を殺すだけの乱戦に特別特化した異質なモノ達。経験が、身体が、脳髄が……自分達が戦う術を教えていた。


 死兵に策は意味を為さない。例え炎に囲まれようと、敵に押し込まれようと、一人でも多く殺す為だけに、動き続ける。

 助けなどいらなかった。彼らはただ、抑えられぬ怒りと悔恨のままに人を殺したい。誰の制止も聞くつもりもなかった。


 彼女の代わりに、自分達がこいつらを喰らってやろう。


 自分達は囮だと知っている。だが、それがどうした。

 そう言うように……彼らは人を殺し続けた。

 自分達の数がどれほど減ろうと気にすることなく、彼らは自身達の掲げる将のように、紅に塗れた。

 烏巣での戦の幕開けは裏切りから。抑えられぬ憎しみに染まり、紅揚羽の住処たる地獄の有様であった。





 †




 もうすぐ夜明けが来る時間。行軍を終えていたのは二つ名の通り神速。先陣の誉れをいつでも浴びてきた自負がある。

 霞は隣で思考に潜る詠を見て、ふっと歓喜の笑みを零した。


「楽しい楽しい仕事がもうすぐやな」


 緩い声。これから戦うとは思えない程の。

 朧三日月の光だけが大地を照らすただ中で、声は波紋となって兵達に広がる。

 誰有ろうその部隊は霞と共に戦ってきた精鋭。名の通りに戦場を駆ける神速の部隊。そして詠を知っている、懐かしき涼州の兵士達。

 此度の戦いは自分達の働きに掛かっているとは分かっていても、緊張感は余り感じていなかった。

 並ぶ表情は安心と信頼に彩られ、掲げる旗たる将と、自分達を操る軍師をただ信じていた。


「そうね。知ってる、霞? 情報通りなら、郭図が洛陽に火を広げさせたらしいわよ。曹操軍の調べではあの決戦以前に潜り込んでたんだって」

「へぇ……ならウチらが戦うに相応しい相手っちゅうこっちゃ」


 個人の感情は戦場に持ち込むべきではない。二人とも分かっているし、憎しみなどもはや切って捨てている。戦争とはそういうモノだ、と。

 だがしかし、兵達はどうか。心を高く持ち、感情を割り切れる程の潔さを持っているであろうか。

 当然、洛陽に家族を移していたモノも少なくない。友も居て、日常があって、短い間であれど楽しく暮らしていたモノもいるのだ。

 なら、詠が告げる真実の一言は、兵士達に燃え上がる感情を植え付けられる。

 皆が知っている。あの時、街からの煙を見て霞がどれほど怒り狂ったか。助けに駆け付けたい心を抑え付けてでも戦場を優先したか。

 震える拳は固く握られ、噛みしめた唇は怨嗟を表す。

 それでも抑えんと耐える彼らは神速の兵士達。将の為に戦い、将の為に死ぬ……黒麒麟の身体と同等のバカ野郎共。彼女と共に神速にて果てることこそ彼らの望みで、生き様。


「はっ……間違うなやバカ共。その感情は否定せんけどな……ウチの部隊で居りたいんやったら、戦いを楽しみ」


 振り向き、目を細めながらの言葉は鋭く速く、彼らの心に突き刺さる。

 憎しみは持っていい。しかし神速の兵士であるならば、生きて戦う歓びをも刃に乗せよ。殺したいのではなく……全身全霊、命を輝かせて戦う事にこそ、価値があるのだ、と。

 彼女に直接言われるだけで違う。ぽつ、ぽつと深い息がそこらで上がる。兵士達の一人ひとりが、彼女の部下として相応しい姿になっていく。

 ぼやけ始めた闇の中で変わる場の空気に、ぐるりと兵士達を見回した霞は満足したのか、うんうんと大きく頷いた。


「せや、それでええ。この戦のどでかい舞台の最前線、誰にも譲れん大きな仕事や。誇れ」


 声には出さずに皆が頷き、にやりと、誰もが口を歪める。そうして、戦の為の心構えを整えた。

 霞はひょうたんを傾けて、グビリと喉を潤す。

 薄めの酒ではあるが戦の前には丁度いい。普段なら飲まない。しかし今回ばかりは……自分の好きなように楽しむ為にと許しを得ていた。

 幾分、幾刻……空に白みが掛かる頃。一人の騎兵が駆けてくる。


「敵陣、発見致しました。場所は東に一里。森を抜けた先に」

「森の先……か」

「ほぉか。ご苦労さん。これ飲んでええで。ウチが飲んだ後のでもかまへんやったらな」


 思考に潜り出す詠とは別に、霞はひょい、とひょうたんをその兵士に投げ渡す。慌てて受け取った兵士は訝しげに見つめるも、喉が渇いていた為に礼を一つしてから口を付けて……噴き出した。


「っ……ちょ、コレ酒じゃないっすか!」

「にゃははっ! 驚いたー?」


 後ろの兵士達からクスクスと笑いが上がる。

 この緩さも、絆あればこそ許される。元より霞の自由さを止められるモノなど誰も居ない。

 まったくあなたと言う人は……と呆れながらも、物見に向かっていた兵士は楽しそうであった。


「うっし、いっちょ気ぃ抜けたとこで……仕事といこか!」


 応、と上がる声は歓喜に震えて。

 呆れからか、信頼からか、詠もやれやれと首を振る。


「ホンット、あんたってば変わんないわね」

「ええやん。堅苦しいのは嫌やもん」

「まあ、いいけど」

「せやろせやろ? ほなバカ共、楽しい楽しい戦場やでぇ? ウチとお前ら、そんでもってえーりんが……」

「えーりん言うなっ!」

「おわっ! 水筒投げるとか危ないやん!」

「うっさい! バカ! ちょけてばっかいんじゃないわよ!」


 いつまでも締まらないその様に、ドッと兵士達から笑いが起こる。

 昔よりももっと優しい空間。ああ、自分達が守るべきモノは此処にあると、彼らは心を高められる。


「……ん、りょーかい」


 満足げに、目を瞑った霞の雰囲気が変わる。

 偃月刀が一振り、宙を裂いた。唸る音はそれまでの穏やかささえ切り捨てるような、そんな音。

 徐々に、徐々に吊り上る口角。平穏を胸に仕舞い込んで、彼女は戦人へと変わって行く。


「ウチらはなんや?」


 真横に振り切られた刃と同時、兵士達に問いかける。


『我ら、大陸を最も速く駆ける神速なり』


 一糸乱れぬ返答は歓喜に満ち溢れ、自身達こそそう在らんと渇望を胸に。


「然り……そんで此処がウチらの生きる場所」

『応』


 幾度幾重、彼女と共に戦場を駆けた。なんのことはない。此れもいつも通りの戦場だ。


「楽しい楽しい戦場で、世に示すんは命の輝き」

『応っ』


 名を上げる為か……否であろう。彼らの名は彼女と共に、彼らの命も彼女と共に。彼女が居る場所こそ、今生きる全て。


――ウチには似合わんなぁ……けど、なんやこいつらもやりたそうやし、やってみるのもおもろいか。


 口上など滅多に上げぬ霞であれど、“彼のせい”で自分も何か言いたくなった。

 彼らにナニカを、与えてやりたくなった。確たるカタチとして口に出来るナニカを。だから霞は言葉を紡ぐ……自身が戦う、その意味を。


「くくっ……一身一命全てを賭けて、神速のままに乱世を駆けろ! 叫べや! 戦い続ける歓びを!」


――戦い続ける歓びをっ


 ぐ……と胸が熱くなった。脳髄がギシリと甘く軋む。兵士達と一体になっていたと思っていたが、言葉を打ち立てるだけでこうまで違う。

 ああ、こいつらは最高だ、と……霞の胸が高鳴った。

 ただ、少しばかり気恥ずかしいと思った。


――もうちょい分かり易く言いたいもんやけどなぁ……ウチらが敵を絶望させられるくらいの……張遼が、神速が来たーって思わせるもん……にひひっ、考えとこ。


 口元が緩む。考えてみると楽しくて仕方ない。

 競い合いのような、意地の張り合いのような、自分の部下達を見せ付ける為だけのモノだ。楽しければいいかと考えて、不意に彼の事が思い浮かんだ。


――なぁ、秋斗……あんたぁは変なやつや。戦なんざ一片も楽しめへんやろ。あんたぁはそれでええねん。その変なまんまで壊れんと……戦バカなウチと一緒に戦ってや。


 気ままに、自分勝手に、好きなように……彼と自分はそれでいいと、彼女は思う。

 すぅ……と大きく息を吸って、彼女は先を指し示す。愛しい戦場たる、その場所に向けて。

 遥か遠く、友と認めたモノがあるがままに戦っていると信じながら。


「全軍……行動開始ぃぃぃっ!」


 明けの空。黎明の光は薄白く。

 神速が槍持ち、友を想いて駆け抜ける。


 詠は一人、兵士の馬に乗り共に突撃しながら……冷たい眼光を映えさせていた。


――袁家の兵士は、逆らうなら一兵卒に至るまで皆殺し。従うのなら……即座に嘗ての同胞を殺させる。秋斗のやり方がボクと霞に出来るか……ううん、やってみせる。


 兵士に下された命はそれだけ。

 神速として駆け、刃を持つモノを殺すのみ。

 黒麒麟を知っているのはなにも雛里だけではなく、もう一人。





 †





 盛大に陣を四つも用意したのだ。それに目を引きつけられ、第五の陣地はそれほど容易に見つかるはずがない……そう、郭図はたかを括っていた。

 よもや張コウが本当の意味で裏切ろうはずは無い。疑念猜疑心の強い彼でさえ、袁家の勝利の、田豊の生存の為に最善を尽くすだろうと思い込んでいたのだ。

 愉悦は油断を生み、傲慢は慢心を呼ぶ。勝てると思った矢先に絶望に突き落とされる……それは自分にも言える事だと、彼は思い至らない。


「クソ……クソ、クソ、クソ、クソっ……クソがぁぁぁぁぁっ! あのクソ女……っ……裏切りやがったぁぁぁぁぁ!」


 彼は読み誤っていた。否、彼は恐れて、思考を縛られていたのだ。

 自身に辛酸を舐めさせた一人の男。黒麒麟の動きを予測するあまり、明の裏切りまで頭が回らなかった。

 情報では、明と夕に若干の接点を持っていた。覇王は明の事を完全には信用せずに烏巣まで連れてくるだろう。ならば、黒麒麟は夕を救うために本陣に残るはず……そんな予測に縛られた。

 そして何よりも、郭図は“兵士の心”というモノを計算に入れていなかった。

 覇王が明を自由にして、張コウ隊だけを連れて来るなど誰が予測できようか。全ては彼の根幹にある性根が招いた過ち。人の心というモノを軽く見過ぎた。

 それほど物資は多くないし、時間も足りない為に工作を行う事は出来なかった。他の場所に陣を築く事も、出来なかった。物資の大半は第五の陣に集まっていた。

 故に、彼が馬で必死に逃げているのも当然の成り行き。

 神速の張遼による陣への奇襲は火による糧食壊滅に重きを置き、追撃の幅は尋常では無い。こちらも伏兵部隊を幾つか呼び寄せてなんとか対応したモノの、後詰めの曹操軍が現れて被害は甚大に広がっていた。

 さらには、伏兵の道に誘おうとも……同じ袁家の兵士を配下に加え、先に走らせて来る為に思うような成果は望めない。

 先日まで同じ軍に所属していたモノを攻撃するのは、敗色の怯えに染められた兵士達の心に迷いが生じて動きが纏まらない。

 黒麒麟が袁術軍に対して行った兵士に対しての離間計が、詠と霞の手によって成功したのだ。

 それには理由があった。

 郭図が率いていた兵士達は延津で明と夕が恐怖で縛り、生への渇望を高めさせたモノ達。この戦の為に無理やり徴兵を行い、この戦で生き残る事に特化させた擬似死兵。国への忠義無いモノ達には、生存こそが全てであったのだ。

 たった一つ、それだけの読み違いが最悪の状況に陥らせていく。


――クソ……本隊と合流するか? 無理だ。救援の伝令は送ったが、田豊の暗殺を謀った事がバレたら逃げられねぇ。


 追い立てられるだけの無様な姿など気にならず汗を拭い、ただ駆ける。


――情報を対価に裏切るか? 不可能だ。あのクソ女が生きてる限り、俺の命は刈り取られる。


 どんな手段を用いても、明だけは郭図を殺そうとするだろう。何より才あるを優先的に用いる曹孟徳であろうと、汚職と不徳の証人がいる時点で郭図は切り捨てられる。


――何処か他の場所へ……逃げるしかねぇな。本拠地に逃げると敵は思ってるだろうから……


 生き残る為にはそれしかない。屈辱が胸を焦がし、憤りが増しに増すが……自分が死んでは何も意味が無い。

 追随する兵士達は居る。追撃の為の壁となって、必死で生かそうとしている。

 当然だ、と郭図は思う。国に利を上げる有能な人材、位も高い自分は守られて当然なのだ。だから兵士がどれだけ死のうと気にならない。心も痛まない。


――何処へ逃げる? 再起を計れる場所、クソ女に復讐出来る場所、あいつらをかき乱せる場所……そうか、あの場所なら、面白ぇ。


 思い至る所はあった。今の大陸で一番掻き乱されている泥沼で、生き残れて欲を利用しやすく愉悦をも感じられる場所。


――……死んだ龍の住処なら問題ない。


 袁家への忠義など郭図には無い。故に、その場所を目指す事にためらいは無かった。

 金は無いがコネがある。龍に殺された一族は復興を願うであろう。いつも通り、郭図は他者を利用して自身の頭で伸し上がって行けばいいのだ。


「クカカッ……まだだ、まだ俺は行けるっ」


 先に思考を向けると自然と哂いが漏れ出た。

 そうだ、袁家で無理をせずともいくらでもやりようなどある。自分よりも上な気でいる女達を蹴落とす愉悦を、と。

 しかしながら、郭図は理解が足りない。

 烏合の衆と為した軍、頭を失った兵士達は数だけでは纏めきれない。凡人が寄って立つモノを失ったのだから、それに使う力など……覇王は最小限に抑えるだけでいい。

 一つ、林を越えて行く中で笛の音が聴こえた。彼にとっては忌々しい、最悪の音が。


「な、なにっ!?」


 一つ、一つと遠くなっていく笛の音。それが伝えるのは……自分達を見つけたという合図であろう。

 例えば猪々子一人でもいれば違っただろうに。兵士達を纏め上げて、曹操軍を引きつけるための囮に為せた。彼が嫌う、この世界に愛された女達を引きつけられたであろうに。

 馬の蹄の音が遠くから聞こえた。百か、二百か、より多くか。

 郭図に武力は無い。兵士達にも高い武力は無い。引き連れている千の兵士達だけでは、武将と呼ばれる者達を相手取るには不足。

 見える旗には夏候の字。曹操軍で一番強く、一番精強な……袁家にとっては絶望の旗。


――嘘、だろ? なんで夏候惇をこんなとこに……。


 伏兵を伏せるまでは良い。正常に起動すれば有効な策で、敵の足止めも容易に出来るだろう。

 ただし場所がばれているならば、それはただの一部隊に過ぎず、攻められると思っていなければ……逆に狩られるだけの獲物

 裏切りとは、軍を完全に殺せる猛毒。明の裏切りを予見出来なかった郭図の、完全なる敗北であった。

 だらり、と手綱を握る手が落ちる。兵士達は恐怖を抑えて指示を待つが、彼からは何も命令が発されなかった。


「は……くっだらねぇ」


 雄叫びを上げて突撃してくる餓虎の部隊を見据えたまま、郭図はこの状況を正確に判断した上で……全てを諦め、空を見上げた。


「せめててめぇの絶望だけでも楽しませろ、張コウよぉ」


 憎い女の名、夕暮れの空はまだ遠く。せめて最期は明けの少女が昏く染まるのを見てやろうと決めた。

 彼は何時でも、心の底から誰かの不幸を願っていた。




読んで頂きありがとうございます。


積み上げた積木が崩れるのは一瞬、って感じです。

張コウ隊の暴走と袁紹軍の兵士を伏兵対策に使ったので曹操軍の被害は軽微。

夕と明が強いたモノが逆に袁家を追い詰めてしまいました。


次は官渡とか、です。


ではまた

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