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牡丹の花は白を望む

改訂に伴い追加した話です

 初の賊討伐も終わり、日々忙しく白蓮の手伝いをしている今日この頃。

 城の中を歩いていると何やら視線を感じる。しかし振り向いても何も見つけることが出来ず、不快感を拭えないまま、気にするなと自分に言い聞かせて警戒を怠らずに仕事を行いに自室に向かい始める。

「おい、牡丹。お前はこんな所で何をしているんだ?」

「ふみゃっ!? ぱ、ぱぱ、白蓮様!? いえ別にやましいことはしておりませんそうですはい白蓮様の綺麗なそれはもう美しいとしか言いようのないお肌のように綺麗なお城の中をうろつく黒い変なお邪魔虫を観察などしておりませんそうですまさしくあいつはあのかさかさしてて黒光りしている邪悪な虫のようなモノですから観察する価値もないんですそんな事よりまずは白蓮様のお顔を拝見させてくださいその天使が舞い降りたかと思うような美しくて気高くて凛としてて「うるさい! 仕事に! 戻れ!」ありがとうございます!」

 白蓮の声が聞こえたので振り向くと、まるで機関銃のように早口で捲し立てる関靖が居て、視線の原因はあいつかと気付いた。

 星ならばもっとうまく気配を消しているだろうし、白蓮なら問題なく話しかけてくるのだから。他の文官においては、進んで桃香の部下である俺に関わろうとする者などいない。

 口を両手で塞ぎとぼとぼと帰っていく関靖に対して苦い顔をしながら白蓮が近づいてくる。

「すまない、秋斗。牡丹のやつはお前の事が少し気に入らないみたいなんだ。桃香の関係者ってだけで毛嫌いしている所もあるだろうけどな」

「いや、気にしなくて構わないぞ。しかしなんでそんなに桃香が嫌いなんだ?」

 白蓮の説明にこちらの疑問を投げかけると複雑な表情になって力無く笑う。

「……桃香の全てが受け入れられない、とのことだ。生理的に受け付けないとも言っていた。何故かそれ以上多くを語ってくれはしないんだ」

 そんな言葉に自分の中である程度の予測が立った。

 白蓮を見る表情から察するに関靖は自身の主に憧れを抱いている。しかし邪魔する者が現れた。白蓮の過去を知り、友であるという者が。

 部下としては主の友に対して強く否定する事など出来るわけが無い。だから大きく言う事で曖昧にし、ぼかしているわけだ。あまりに大きすぎると怒りではなく呆れで終わらせることができるから。

 詳しく否定を言ってしまうと自身の主とも険悪になってしまうがために。

 気に入らない理由は、桃香自身がとびきり優秀では無いのに特別扱いを受けているからか、もしくはノーテンキな所を見てか。

 いや、もしかしたら彼女は桃香の『あの部分』が気に入らないのかもしれない。白蓮は友ということで甘く見ているから気付くことはないだろうし……しかし俺からは教えるわけにもいかない。

「そうか、なら無理に何かを言っても変わらないな。変えようとしないほうがいい事もあるしそのままでいい。俺は別に気にならないし、これはただの予想だが……多分そのうちあの子から何か言ってくれるだろうよ」

「牡丹からお前にか?」

「ああ、きっと耐えきれなくなる。これ以上は事が起こってからにしようか」

 なんでだ? と聞いてくるが苦笑して流しておいた。

 理由はとても簡単な事で、白蓮の遥か後方から恨めしそうにこちらを睨む関靖がいるからだった。




 そんなやり取りから数日後のとある日、とうとう事が起こった。

「お前、ちょっと話があるんで面貸しやがりなさい!」

 朝の白蓮との謁見が終わりすぐに、まさに怒り心頭、といった様子の関靖に呼び出された。

 しかし何かをした覚えは全くない。あるとすれば、昨日の夜に行われた街の長老達と白蓮との交流会が遅くまで続いたことくらい。

 今日は政務が少ないとの事で久方ぶりに遅くまで飲めると息巻いていた彼女に、交流会が終わってからも付き合い続け、帰ってきたのは丑三つ時をとうに過ぎていた。

 付いていった先は城の中庭だった。人気の無い所に来てから振り返り、わなわなと震える肩ときつく握りしめた拳からはどれだけ怒っているのかが読み取れる。

「たかが客分の私兵如きが美しい白蓮様を穢したんですか……」

 いきなり彼女が怒っている内容を言われて一瞬思考が停止したが、すぐに笑いが込み上げてきた。

「クク、あははは! そんなことか!」

「そんなこと!? なんて言い草で――」

「お前は勘違いしているようだが……いや、仕方ないか。確かに遅くまで連れ回したのは悪かった。だが簡単に証拠を示せるからそのような事は無かったとはっきり言えるぞ」

 俺の話を聞いてジトっとこちらを睨む。まだ信用しきってはいないということだ。

「今日の仕事が終わってから『娘娘』へ行って店主に俺達が店から出た時間とそこで行われていた事を確認するといい。白蓮が帰って来るまで起きて待ってたんだろ? 充分な証拠になるだろうよ」

「なっ、何故それを!?」

 関靖はビクリと身体を仰け反らせて分かりやすいことこの上ない驚愕のポーズをとる。

「普通、あの時間まで起きてる奴なんざいないだろ。事情を知らなくて、よっぽど白蓮の事を心配してる奴くらいなもんだ。安心しろよ、俺はお前の好きな人を取ったりしない。白蓮とは友達なだけだ」

 俺の言葉に顔を真っ赤にして俯く関靖だったが、ふいに中庭の地面に涙が零れ落ちる。

「うぅ……ひっく……本当、は分かって、んです……でもお前がっ……お前が来て、からっ……うわぁぁぁぁん!」

 何かを呟いてから急に大声で泣き出してしまった。

 俺は彼女のあまりの急変にただ慌てる事しか出来ずにおろおろしていると、

「おやおや、秋斗殿は女子に罪な事をしておられるのか」

 木陰から星がすっと出てきた。にやついている顔から理解したが、最初から俺達のやり取りを盗み聞きしていたんだろう。

 星はそのまま泣き続けている関靖に近づいていき、頭を撫で始める。

「なんか悪い事でも言ったんだろうか」

「別になにも間違った対応はしておりませぬ。ただ牡丹が耐えきれなくなったのですよ。この子は白蓮殿から認めて貰いたくて、構ってほしくて必死で努力して来た。それなのにあなたが来てからというもの、自分を見て貰える機会が極端に減り、あまつさえ、二人で夜遅くまで出かけたり、自分には見せてくれないような笑顔を向けられていたり……」

 つまり関靖は桃香の部下である俺では無くて、白蓮と友達である俺が気に入らなかったわけだ。

 確かに白蓮は関靖に冷たい。優秀で、勤勉だが、空回りしてしまう関靖は白蓮の前では暴走してしまいがちで、さらに悪い事に部下に対して自分を作ってしまっている白蓮では問題児と捉えてしまい評価がいつも上がらない。

 星に聞いたが、過保護な母親のように白蓮のためにと何から何まで世話しようとするらしく、日々疲れ果てている白蓮では受け止めきれていないらしい。

 これは個人間の問題で、俺や星が割り込んでいい事ではない。しかし――

「星、ちょっとこいつに協力してやれ」

「……報酬は?」

 泣いてる女の子を見捨てる事は俺の心にもよろしくない。

 対して星はまるで俺がそう言うと思っていたというようににやりと笑って対価を求める。

「……酒の席と……関靖の笑顔でいいだろ」

「……くっ、ハハ、あははは! まさか秋斗殿からそのようにすかした言葉を聞けるとは。よかろう、この趙子龍、全力で牡丹を助けまする」

 大仰に礼をする彼女を見ていると一つの事柄が頭を掠め、近づいて耳元で伝えたいことを囁く。

「上手く行ったら白蓮から目を離すな。見極めるのはまだ早い」

「……それはどういう――」

「さてな、まあ自身で出した答えが全てになるさ」

 離れながら誤魔化し、未だに泣く関靖と茫然と佇む星を置いて、自分の仕事に戻る事にした。




 明くる日、廊下で楽しそうに笑いあう三人を見つける。

 どうやら全て上手く行ったらしい。

 俺はその姿に自然と微笑みが零れ、ゆっくりと近づいて話しかけた。














蛇足~意地の張り合い~


「……」

「……」

 睨み合う両者は沈黙を貫いていた。

 午前中の仕事が片付き、秋斗殿と牡丹と共に食事に来たまでは良かったモノの、昨日の出来事からか互いに気まずい様子。

 じとっと睨む牡丹と涼しい目で見返す秋斗殿は運ばれてきた料理も全く口にせず。

「……なんなんですかこのバカ! なにか言いたい事でもあるんですか!」

「……いや? なにもないぞ」

 耐えきれなくなったのか牡丹が怒鳴るが、受け流して変わらず見返し続ける。

 しかしそれでは小ばかにしているようにも見えるのですが。

「うぅ……星ぃ~。こいつをなんとかしてくださいよ~」

 何故何も言わないのか、多分彼は牡丹がある言葉を言うのを待っているのだ。

 勘違いで貶めてしまったのだから言わなければならない。しかし彼にも随分と子供っぽい所があるようだ。

「牡丹よ、お前からまず言うべき言葉があるだろう?」

 促してやると悔しそうに顔を歪めて、俯いてしまった。

「……なさい」

 小さく、この場の誰にも聞こえないような声で言葉を机に放ったが、少しいじわるをしたくなって、

「聴こえんな」

 彼女を追い詰めた。

 するとバッと顔を上げ、その表情は泣き怒りに変わっていた。

「勘違いして悪かったです! ごめんなさい!」

 全く心の籠っていない謝罪を口にして、彼をまた睨みつけはじめた。

 よしよしというように頷いた秋斗殿はすっと頭を下げる。

「俺こそごめんな」

 短く言ったのは多くの意味を込めるためだろう。何にと明確に言わない所が彼らしい。

 そんな二人を見て耐えきれず吹き出してしまった。

「クク、お互い子供ではないか! 街の子供でも素直に謝るというのに、どちらが先かで意地を張り合うなど……あははは!」

「でもですね星、このバカは私を見下すような目で見て来たんですよ!?」

「お前が先に睨んだんだろうが!」

「はぁ!?」

「クク、まあまあ、互いに謝ったのですからまたさらに意地を張り合う事も無いでしょう」

 そう言うと二人ともが落ち着いたようで、まだ合わせる目は厳しいモノだったが食事を始める。

「そうだ、お前に真名を預けておく。これからは秋斗って呼んでいいよ」

 彼は白蓮殿に認めて貰った牡丹のことを自分も認めていると言いたいらしい。

「……私は牡丹です。そう呼ぶことを許してやります」

 対して牡丹は少し躊躇ったが真名を呼ぶことを許したあたり、自身も秋斗殿の事を認めたらしい。

 らしいのだが……


 そのまま食事を続け、他愛ない話を繰り返していたが、二人とも許したというのにいくら経っても真名で呼び合う事はなかった。


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