魔犬の呪い
登山は緩やかなのでこの中では一番体力のないカルエもまだ余裕だった。途中で小休憩を挟みつつ螺旋を描きながら山を登ってゆく。すでに木々はピンク色から緑色の普通の色に変わっていて、ピンクの葉が好きだったカルエはそのことにがっかりした。しかしそんなことは今は瑣末時で、カルエは常に小銃を握りしめていていつでも撃てるように準備していた。もう一角ネズミの生息区域にすでに足を運んでいるのだ。胸の動悸が激しくなる。落ち着きたいが、母親のことを考えると冷静さは失われてしまう。
舞雪が隣にくる。
「みつけたらすぐに術で仕留めるよ。それとも生け捕りのほうがいい?」
「死んだほうが逃げないから、そっちのほうが」
舞雪は屈託のない笑みを浮かべた。
「大丈夫。あたしに任せてよ」
舞雪はいい人なんだろうなとカルエは思った。
ホワックがどこからか弓を取り出し構え出した。素早い行動だった。
「呪い犬だ!」
一行の目の前には呪い犬、魔犬ともいわれる怪物がいた。ホワックは素早く察したようだ。すこし呆けていたアンリルもすぐに剣を構えた。
ヨマは剣を抜くことはせず、カルエとミトソに背後につくよう指示する。舞雪は応戦すると思ったが、なんとカルエの背後に回った。
アンリルとホワックの様子は今までとは違っていた。カルエは敵対している相手をみた。犬だ。白い体毛に覆われた四つ足の獣。普通の犬より大きいが、見た目は大型の犬。それも単体だ。一体何がそんなに怖いというのだろう。
呪い犬の周りには四つの浮遊する大きな球体が漂っていた。そして、その四つの球体から同時に炎が吐き出された。
結界はかろうじて効力があった。ホワックが何度も矢を放ち、アンリルが勢いよく猛進し、剣を振るう。 どういったからくりか呪い犬はホワックの矢が身体に通る前に燃やして、あるいは見えない力によって矢を地面に落としてしまう。アンリルの剣も呪い犬の身体には届かない。
呪い犬は跳躍し、なんとカルエの手前にきた。呪い犬はカルエめがけて飛びかかってきて、のど笛に噛みつこうとした。
それを阻止したのはミトソだった。彼は腕に呪い犬の牙の攻撃を受けたのだ。
呪い犬はすぐにミトソから離れたが、一瞬の隙を突いてアンリルが呪い犬の障壁ごと剣を通し、身体を貫き殺した。
アンリルはがくりと膝をついた。
「アンリル殿」ヨマが駆け寄り、アンリルを起こした。
「かたじけない。私は油断していた」アンリルは荒い息をついている。
「呪い犬の気配に気付かなんだ。テリトリーに入ってしまえば避けるよりも先手必勝で瞬時に勝負を決める。そんなのは常識だが躊躇した」
「しかしあの脅威を相手にして無傷で済んだ。十分な戦果ですよ」
アンリルは笑ったが、疲れたような笑いだった。その疲れが呪い犬のものだけではないことをヨマは理解していた。
「ミトソ、大丈夫?」
カルエはミトソに駆け寄り、噛まれた腕を取った。傷は大したものではないが、噛まれた部分が何故か爛れている。
「呪いを受けたわね」舞雪が腕をまじまじと見て言った。「でも大丈夫。それは一年も経てば元に戻ります。数日後には腕の力は半減する程度でしょう。左腕でよかった」
カルエにはちっとも大丈夫な呪いとは思えなかった。
「私のせいで、ごめんなさい」
「いいんだ。カルエが無事でよかった」
ミトソはにこりと微笑み、カルエはミトソの捨て身の守護に感銘と、戸惑いを受けて彼に対しどう対応していいのかわからなくなってしまった。
「一応呪詛の強さを弱めるような術を掛けておきましょう。気休めだけど」
包帯を巻き、舞雪の術を掛ける。ミトソは大丈夫そうだった。
呪い犬が殺された場合、殺害場所の周囲は呪われるという。実際死骸の周りには草木も生えないという事例が絶えなかった。呪いの影響を受けるのは御免なので一行はすぐにその場を離れた。
「魔法世界にもあの忌まわしい魔犬はいるのだな」ホワックがため息をついた。「どこにあっても遭遇したくない相手だ」




