北へ
カルエは一人、旅立った。母親が正常な状態に回復するリミットは一月で、それを越えれば一角鼠の角ですら効果はないだろうとシャンハは言った。カルエはまず、北にある占い老婆の館に向かった。川沿いを進む。いつもは耳に心地よかったり、あるいは煩わしかったりする川のせせらぎも今の彼女の耳に入らない。見知った道をいき、見知った家々を超えて行く。そして村を出た。林道を少し進み、林を超えると広い広野に出る。広野の手前に、占い老婆の館はぽつんと立っていた。蔦が巻き付いた石造りの家はどこか不気味だ。
木の扉の入り口を開けて見る。カルエは驚いた。家の中は朝方だというのに、夜のように暗かった。
「きたかい、カルエ」
暗がりから現れたのはぼんやりとした青い光に包まれた黒衣の老婆で、名を落陽といった。
「シャンハからここにいくようにいわれて……」
「大丈夫。用件はわかっているよ。母親は呪いを受けた。魔が彼女を覆っている。母親を治すには、角鼠の角を煎じて飲むのが手っ取り早く、そして他に有効な手段はない。そしてあたしはあんたがこれからどの方角に行けばいいか、教えてやろう。真っ直ぐ北に! このまま、広野を超えなさい。そして中央山の頂上に行き、そこにある魔女の家を尋ねるんだ。魔女はあんたのいくべき場所を示してくれるだろう。この水晶の首飾りをもっていきなさい。これがあれば色々助かるだろう。ただし、ちゃんと返すんだよ」
カルエは広野に出た。ここから先はリン東北地であり、その先を超えるとエノンジに出る。中央山はエノンジにあった。中央山とはマート連山の中央に位置する連山の中でも一際大きな山だ。妖魔の類もいるらしいし、不思議な世界へと繫がっているという話も聞いたことがあった。
カルエは落陽から預かった水晶の首飾りを手にした。念じると、中央山までの道程と距離がわかった。
「ここから中央山までは四十キロ。すごい……きっとあたしじゃ手が出ない額なんだろうな、この水晶」カルエは感嘆して呟いた。
ひとまず広野の街道に出て、道なりに北へ。途中で商人の馬とすれちがった。立派な馬はおそらく最新の種であった。他の馬よりも体が大きく、逞しい脚をしている。そして馬蹄には鋼鉄にして軽く力の負担を軽くする蹄鉄を付けている。あの蹄鉄を付けると馬が少しの力を使うだけで驚くほどの距離を稼ぐことができるらしい。学のない少女にはその科学技術がよくわからなかったが、その性能を引き出すにはとある条件があるということだけは知っていた。
「太陽の光がなければあれは機能しないんだっけ」
呟きは乗っている商人に聞こえたようだ。
「そうとも可愛らしい嬢さん!」
カルエは顔を赤らめた。
日の光は彼女を優しく照らし、微かに吹く風も心地よかった。これなら進むのもさほど困難ではないと彼女は思った。
しかし……カルエの靴は長旅には不向きで、すぐに足が痛くなり、歩けなくなってしまった。林のそばで彼女は切り取られた丸太の上に腰をおろして途方にくれた。




