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一角ネズミ  作者: 晴彦
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ブリテの森

 平原は結局体力の続く限り走り、ようやく終わりを見せた。大河であり、その先にはピンク色に魅せる森が広がっている。ピンクの森だ。カルエはとうとうブリテの森まできたのだ。

「短いが、だが長く感じた道程だった」ホワックがいった。

 彼らは川の前で休憩を取った。遅くなると暗くなる。その前に同行者の目的の一つくらいは達したい。一行はさほど時間を取らないで大きな橋を渡り、荒々しい川を超えてブリテの森に入った。ピンクの木々はエントンがいうにはベルモックという木の葉で、この時期に満開になるようだが基本的には一年中咲いているという。

「気をつけねばならぬのは森の住人と、人を惑わす幻魔です。住人は毒弓を使い、ウーリを信仰しています。彼らのテリトリーであまり騒ぎたてないように。基本的にはおとなしい連中です。一角鼠はこの森のどこかにいるはず。探してみてください。脚が速く警戒する動物なので、弓か術で動けなくしてしまうのがいいでしょ。身も栄養満点なので丸ごともっていくべきですね」

 ホワックが詳細に教えた昼闇平野の話はエントンをなかなか楽しませたようだ。

「あいつは単に俺たちの旅の話を聞きたいだけなのかね」ホワックが苛立ちも露わにいった。

「わからんが、何かを企んでいるわけでもなかろう。よっぽど娯楽のない場所なのか」アンリルがいう。

「奴は繋がっているかもしれない。この魔法世界のあらゆるものと。あいつに情報をあたえるのは、敵に情報を与えるのも同義かもしれない。ホワック殿、次からはあまり詳細な情報を与えないほうがいいかもしれません」ヨマが警告する。

「うむ」ホワックは頷く。

 ブリテの森の雰囲気は不思議としかいいようがなかった。あらゆる鳥や動物がいて、それぞれが楽しく森を楽しんでいるようだった。インコのような種類もいるしテナガザルもいる。ムササビの類が絶えず滑空している。中には凶暴といわれる大型の獣もいるがカルエ達には近寄ってこない。

 森の住人と思わしき存在が二人通りかかった。上半身は裸だが結界石を有しており、さらに術の扱いを助長する金の首輪を付けている。下には布のズボンを穿いていた。弓は、久遠の昔に作られた偉大なるものの量産型で、森の民族が持っているものとは思えないものだった。彼は知性的な目をしていた。エントンがいっていた印象とは少し違うようだ。

「ご機嫌よう」

 その挨拶は彼ら特有のものではないのだろう。彼ら流のユーモアをカルエは感じた。二人は特によそ者を歓迎するわけでも嫌うわけでもないようで、挨拶をすますとそのまま去っていった。彼らには冒険者などどうでもいい存在のようだ。

 ブリテの森の中央は盛り上がり、小山になっていた。エントンがいうには標高六十五メートルで、一角鼠がいるとすれば張角の部分のほうがいる確率が高いようだ。

 なるべくなら中央までいかず、もうすぐに遭遇すればいいのにとカルエは思った。カルエは捕獲用として小銃を持っていた。小さいが散弾し、被弾すれば仕留められなくとも動きを極めて鈍くする効果があった。カルエがよく村の周りで晩食として捕まえる大型の山鳥を狩るときに使っていたものだ。威力は低いので今回の旅で出くわしたどんな怪物にも効力はなかっただろうが、鼠くらいならなんとかなるだろう。

 ふわっと、カルエたちの周りに何かが飛んでいる。それは緑色に輝いていた。セミのような羽を生やしているが体をみると哺乳類か鳥類のようにも見える。頭部は鳥にも見えるし、蝙蝠のようにも見えた。

幻想的な生き物だった。ピンク色の木々の中で緑の羽を羽ばたかせている。カルエは感嘆と、その生物を眺めていた。

「妖精めいているな」ホワックがいった。

「みたこともない生き物です」ヨマがいう。

 害のある生き物がいるのなら、見て癒される生き物もいるかもしれない。

 あまり危険な雰囲気がしないので、カルエは歩いているうちに緊張を解いていた。ちらりとヨマをみると、神妙な顔つきをしているのでカルエは彼は何を考えているのだろうと首を傾げた。

肩に手を置かれる。ヨマだと思ったのだが、ミトソだった。

「大丈夫か」

何がだろう。

「いや……カルエが疲れていないか気になってね」

カルエはミトソの手がまだ肩に置かれているのを不愉快に感じた。大体、ミトソに肩を触って欲しくなかった。ヨマだったら肩を触られたくらいでこれほど不快な気分にはならないかもしれない。

「ありがとうミトソ。大丈夫よ」

「ならいいんだ。あんたのような華奢な子がこんなところで旅をすれば、すぐに参ってしまうかと思ってな」

ちらりとヨマのほうをみるも、ヨマは何か考えごとをしているようだ。心ここにあらずといった様子が気になった。

「私は大丈夫。ヨマやホワックさん達が守ってくれるもの」

「そうだな」

 ようやく手を離してくれた。手を置いたまま歩くのが大変になったのだろうか。撫でるように触ってきたミトソの手が不気味な触手なようにもみえた。

「まあ、あんたは見た目より強い心を持ってるんだろうな。俺はこんなところにいると不安で不安で……まあ、仲間がいるのは心強いよ。あんたみたいな美人が一緒なのは有難い」

 カルエは舞雪をみた。彼女はヨマに必死に話しかけているようだ。ヨマはおざなりに答えているものの、舞雪はそれでも十分楽しそうだ。

 ここはどこなのだろう? 恋人や想い人とピクニック気分でいられる場所なのだろうか。

 ともかくカルエはミトソの好意と思われる台詞がうっとおしく、彼には沼人に襲われたときのことをもう一度思い出して、すこし緊張感を持って欲しいと思った。カルエはミトソを反面教師に場の雰囲気にとらわれずに周囲を警戒しながら歩くことにした。

 ミトソはまだ話しかけてきたがカルエが素っ気ないので諦めたようだ。

 最前列のアンリルはときたま足を止め、アンリルが止まると全員が止まる。どうしたのか、カルエは気になった。このピンク色の妙だが美しい森で、アンリルはかなり警戒している様子だ。カルエはアンリルに何が気になるのか尋ねてみた。

「わからぬだろうな。エントン邸に着く前にみたやせ細った青い人型の妖魔。あいつの気配がするのだ。ついさっきは姿を見せた。一瞬だったが。だが思うに、あれは幻影なのではないかな。あんな妖魔が私の鍛えた目をそう簡単に逃れるとは思えないから。ともかくあいつは何か企んでる。気をつけなされ」

「接近してきても幻影なら斬り損だな」ホワックが言った。

 森は勾配を見せ始め、山へ登り始めていた。山は中腹に魔法石である浮遊台が置かれている。

「浮遊台を使えば九キロほど離れた西のニール鉱山に着きます。時間は十五分ほどですかね。ゆったりと空の旅を愉しむのも乙なものですよ!」

「残念だが我らには旅を愉しむという余裕はないようだ」

 通話を遮断されたのはどうやら障壁となる波が起きたからのようだ。山なので仕方はないが、この程度の距離でここまで途切れるものではなかった。

「なに、それだけ魔が濃いんだ。気にすることじゃない」

 アンリルはそういうと、不意に口をつぐみ、それからしばらく口を聞かなかった。カルエが気になってヨマにアンリルのことを聞いたところ、ヨマはアンリルが何かをみたのではないかと答えた。

「何か?」

「おそらく……嫌なものをみた、という様子だ。だがあれはどうも、アンリル殿の心のトラウマに触れたようだ」

 カルエにはよくわからなかった。

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