戦士達の雑談
ヨマ達はカルエが寝てからもしばらく彼ら同士でこの先どうするかなど話していたが、途中で雑談に逸れていった。ヨマは同郷である遊馬の国のホワックとアンリルとの会話に華を咲かせていた。色々な話をした。遊馬の敵国エダ王シジンのやり手な話。ハプリアの戦士達の武勇伝。主に戦いの話であり、その中には笑いもあったが大半は真顔でなければ話せないような真に迫った危機を感じる話だった。ヨマはハプリアの聖地であり、周辺国にとっても神聖なる地である聖域ヤットコの危機を詳細に知った。しかし自分にとってそれがあまり意味を持たないこともわかっていたので、彼は複雑な思いだった。おそらくカンサルが戦乱に巻き込まれたとしてもヨマは旅を中断することはしないだろう。ヨマはすでに国を捨てた。放浪の旅は一時的に終えるだろう。しかし長くその場にとどまることはないだろう。ヨマはさすらい人となり、それは最後まで変わらない。安住の地を得るまで、ヨマはこうやって各地を回る旅を続けるつもりだった。各地の内戦や隣国との戦争はヨマにとって大きな意味を持たず、それが強い愛国心と高い信仰心を持つアンリルたちとの間との確執にならないか、ヨマはそんなことを考えた。
しかし、自分が剣を振るってくれと頼まれたのなら、それは応じるべきかもしれない。これもまた巡り合わせなのだから。
しかしアンリルもホワックもそのつもりはないようだ。彼らにしてみればヨマは若造の剣客修行者に過ぎず、また彼の戦いぶりもしらなかったからだ。
「我らの指揮する要塞は山の中だ。そこを抜けぬ限り敵はヤットコ内部にはたどり着けん。空からの侵入には迎撃の対空戦艦が多数用意してある。守りは鉄壁といえる。しかし攻撃は止まず、我らは疲弊している。そこで、神々の力を借りれないかと考えた。守護する地を持たない神はいる。邪悪な妖魔などではなく、ある程度意思疎通がとれる強力な戦神に力を貸してもらう。魔女の住み家から魔法世界へ行け、そこには戦を得意とする神々がいるという噂は信憑性のある話だった。だからこうしてわざわざ我らのような、戦いで名を馳せた勇士が戦場を離れてここにきたわけだ。要塞はもちろん、同じくらい優秀な者に任せた。やつの信任は篤い」
ヨマは神々を基本的には嫌っていた。神の力を借りるなど、そんなことができるのと半信半疑だった。
それから話は英雄譚になっていった。というのと彼らのような戦いを生業とするものたちはもう大昔となった群雄紀にみられるような名将たちが大好きで、酒を飲めば英雄の話をするものだった。そして特にエルタン歴物語後期の英雄たちの話はその手の話が好きな者同士なら盛り上がるものだった。誰もがその強さに震えたエルタン国のみならず群雄紀においてエテン最強の英雄、レリィノースの話は大いに盛り上がり、彼らには楽しい時間となった。
しかし雑談ばかりしてはいられなかった。ヨマはアラニーに積極的にこの場所のことを聞き出し、情報を探っていった。
「一角鼠はこのミャエステの奥ではどこでも捕まるが、一番見つけやすのはブリテの森だろうかね。中央が小山になっている場所だ。あそこにいくのは至難の技だが、一角鼠はどんな難病にも特効薬になるという究極の薬だ。探す価値はあるだろう。気をつけなければいけないのは魔物だ。ただの魔物ではない。人の心に入り込み、その繊細な部分を脅かす化け物。見かけて、それが敵意を明らかにしてきたら斬れ」
「そいつはどんな姿をしているのです?」
「そいつは幽鬼だ。人間に似ているが病魔を体現化したかのような薄気味悪い姿をしている。ただ、人前では別の姿を取ることもある。多くは語れない。あらゆる存在がいて、私にはわからないものも多いから。自分の心が揺さぶられるようなら無理しないで引き返したほうがいい」
それからアンリルとホワックが、戦神ウーリのことを尋ねる。
「ウーリは守る土地を持たない。八十四の神の中では人間らしい思考をする。あの方は気の優しい神だ。人型の神だが随分長身で、青い目をしている。戦になれば百人力だ。特に派手な魔術を使わないが単純に強いから。だが二級神を雇うのならそれなりの覚悟が必要になる。後は運だ。神々との契約のことは知っているだろう?」
「我らが王、碧の目は国宝の宝石を贈呈する予定のようだ。神々は歴史あるものが好きなのだろう。その宝石は千年前から存在し、絶えず魔術が込められている。誰もが欲しがる一品であることは間違いない」
ホワックの苦々しい顔を見る限り、彼は国からその宝がなくなるのを快く思っていないようだ。
「そしてそちらの方は貧しい村を助けるための金銭か……」ミトソに顔を向けたアラニーの大きな目がふっと陰った。「国が援助もできなくなっている。もうこのマートの国は駄目かもしれないね。だが駄目なのはマートだけではない。各地で戦乱だ。大きな戦争でも起こりそうな気配だ。……まあいい。北西の山にいけばニール金属の原石がある。大きなものなら、一振りだけで一千万をくだらない剣が作れる。だがあの山は野獣がいるぞ。大きな奴だ。虎よりやや小さく俊敏なのがな。これの特徴は獰猛かつ攻撃的なことだ。自分たちの危険よりもテリトリーに入ったものを攻撃することを優先する。機械的な連中でな、実際みてみればわかるが生物じゃない。昔、マートの商人たちが雇った武装集団が大挙して押し寄せたが、予想以上の魔物の攻撃に予定していた収穫にはまるで至らなかったという」
「うまい話はないってわけかい? だけど……俺はどうあっても村を貧しさから救いたい。結婚の約束もしている相手もいる。せっかくのチャンスだ。なんとしてもやり遂げる」
アラニーは複雑な表情をした。哀切と憐憫。哀れさのなかには、相手に対して愚かだと思う気持ちもあったのだろう。しかしミトソが何を言っても動じないのもわかっているようだった。
「私の助言として、君たちは一つだが目的の違う三つのグループだ。だがそれでも目的は違えど全員が同行すべきだ。魔法世界をなめちゃいけない。優秀な戦士が一人二人いようが運が悪くては虫けらのように潰されるのがオチだ。悪いことは言わない。全員で行きなさい。それが駄目なら帰還し、今度は大挙してくればいい」
「私たちには時間がない」
ホワックが立ち上がった。
「そうとも。このままおめおめ手ぶらで戻るわけにはいかんのでな」アンリルも立ち上がる。
「では気をつけて。神の加護があらんことを」
そのとき丁度カルエが起き上がってきた。ヨマは彼女が着替えていることに気付いた。
「よく似合ってるよ、お嬢さん。それは軽い割に分厚い生地なんだ。毒蛇の噛みつきだって通さないよ。ま、ここには毒蛇はいないけど」
白い皮のドレスに着替えたカルエは見違えるようだった。下には保温性のある赤いタイツを履いていた。ヨマは令嬢の礼装とは程遠いながらも汚らしい布服をまとっていた前のカルエとの違いに感銘した。彼女が美人だということを再認識する。写真に載せて雑誌に飾られても彼女なら十分に通用するだろう。
しかし、こんな場所では彼女の美しさなど何かの役に立つだろうか。かえってその美貌が傷つくのを悲しく思うだけではないだろうか。
「ヨマ、これ前に泊まった人の忘れものなんだって! ヨマも綺麗な服、着てみれば?」
「いや、私はいいよ」ヨマはカルエの眩しい笑顔に微笑で答えた。「そうだな、この冒険が終わったら少し着飾ることを覚えようと思う」
「カルエ殿もきた。ちょうどいい。出立するとしよう」
ホワックの声には前ほどの威勢が感じられなかった。




