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一角ネズミ  作者: 晴彦
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魔女の家

 初老のアンリルは剣の達人らしく、それらしく隙のない歩き方だった。相方のホワックはまるで鋼が動いているかのような頑強そうな体のため、カルエとしてはいい同行人が一緒になってくれたと思えた。ヨマも頼りになるが、こんな体躯の男とヨマが戦って勝てるだろうか。背はヨマのほうが高いとはいえ、膨れ上がった逞しい筋肉は先ほどの熊も楽々と倒してしまえるのではないかというほどだ。

 しかし、ヨマも巨熊を倒し、殺気だっていたもののすぐに余裕の表情を見せた。剣の武者修行をしているというヨマだが、実際彼がどの程度の腕前なのか、カルエは知らなかった。

とにかく、剣や体格はどうあれ、今この場で活躍しているのはミトソただ一人だけだった。彼は通り道を見出す天才のようで、カルエやヨマ、ホワックもただただ先頭を歩くミトソに感心するばかりだった。

「これはいい逸材に出会った。あんたは山のスペシャリストだな」

 ホワックはミトソを褒め、ミトソは愛想笑いを浮かべた。少なくともカルエにはそうみえた。ミトソという男は簡単に他人に心を許さない男なのかもしれない。

 長く歩き、カルエは休憩が欲しくなった。しかし他の誰もがまだ大丈夫そうにみえたのでそれをいいだすのが躊躇われた。

「お嬢さんがお疲れだ。休憩しよう。俺も疲れた。もう年だからな」

 アンリルがそういうとホワックが豪快に笑った。

「何をいう。あんたはまだ五十越えたばかり。まだまだハプリア最強の称号は健在だ」

「なに、お主のように常に鎧を着ているような鍛え方はしていないからな」

「なら一休みしようか。ミトソ殿、しばし休もう」ヨマがいった。少し苦々しい顔をしている。

 カルエは木の幹に腰を降ろし、体を休めた。アンリルは優しい中年のようだとカルエは思う。自分も疲れたといっていたが見た限りホワックよりも疲弊していないように見える。きっと自分に気を遣ってくれたのだろう。国が危機だという。小娘の疲労など構っている場合ではないというのに。

「大丈夫か、カルエ」

 横に腰を降ろし、ヨマが優しく尋ねてくる。

「少し休めば大丈夫だから。ありがとうヨマ」

ヨマの顔が陰った。

「こんなことに気づけない私は君のお供など失格だ。情けない話だ」

 ヨマの憂いの原因がわかったようだが、カルエはにこりと笑ってヨマの肩を撫でた。

「あなたがいなければ今頃死んでたかもしれない。ヨマ、とてもいい人なのね」

 ヨマは一瞬狼狽しつつも微笑みを浮かべた。

「修業の一環だ。君は気にしなくていいんだ。魔女のところにいけば一角鼠も捕まえられるさ」

 そうだといいが。カルエの顔が陰ったことにヨマは気づかない。カルエはずっと、母親のことを考えて気が気ではなく、そして一角鼠が見つからないのではないかという思いに囚われ、内心絶望を感じ始めていた。ヨマのいうように一角鼠が捕まってくれればいいが、ヨマは所詮当事者ではないのだ。希望的観測を持てる余裕もあるだろう。カルエに取っては、母親が世界の全てなのだ。焦燥感が募る。

 再び登山を開始する。もうすでに中腹を越えている。もうすぐだ。カルエはすでにペンダントと水晶の力を使って結界を作り、寒さを防いでいた。水晶の力は無尽蔵に持つわけではないが、かなりのエネルギーを蓄えているようなので数日間は持ちそうだ。さすがに占い師落陽の持つ水晶玉だけある。カルエは彼女と隣に住むシャンハに心から感謝した。

「そろそろ天辺付近だ。話通りならここらで見えてきても……」

 ミトソが必死に辺りの様子を探っている。カルエも周りを確認するも、木々だらけでわかりにくかった。魔女の家が木々に囲まれていたら見落としてしまうかもしれない。

「魔女の家というのはどんな外観をしているのかね」アンリルが疑問を口にした。

「俺にはわからねえなぁ」ミトソがいう。

「きっと魔女らしい、不気味なもんだろ。外界の童話みたいにお菓子の家ではないと思うが」

「そりゃそうだろ」ホワックの冗談にミトソは苦笑する。

「あれじゃないか?」

 ヨマが指差す場所は木々の間からほんのかすかに見える赤い屋根だった。

「なるほど。わかりづらいものだな」アンリルがにやりとする。

 道はないので仕方なく木々の間の狭い場所を無理やり通る。すると、石造りの通路が現れた。すでに周囲の木々もなくなり、どこか神秘的な空気の変化に、一同は息を呑んだ。もう魔女の家の庭に足を踏み入れていた。

 扉があった。一本の大きな幹をそのまま家にしたかのような外観の家に赤い真鍮の扉がついている。

 ノックしてみたのはカルエだ。扉がゆっくりと開いたが、誰の姿もなかった。

「失礼します」

 カルエが扉の中に入った。

「なかなか勇気のあるおなごだな」ホワックがカルエをそう評価した。彼はカルエに続き、他のものも次々と魔女の家に入った。

 そして、カルエ達は窓から陽光が仄かに射す場所で、立ち尽くしていた。ソファーもあるし、骨董品ともいえるテレビモニターもある。レトロなテレビゲーム機など外界のものがかなり揃っているところをみると、なるほど魔女は確かに異端者なのだろうと思えた。

「テレビなど……外界の言語など俺には話せない。字幕映画を見るのも億劫だ」ホワックがいう。

「単なるインテリアだろう」アンリルがいった。

「そのとおりさ」

 女の声に、一同は振り向いた。いつの間にか開いている扉の前に魔女はいた。何色も色がある長い髪の毛。赤い毛皮のコートにミニスカートといういでたちだ。コートはボタンを留めていないので腹が見え、へそが露わになっている。魔女は若く、狐目だった。派手な赤い髪に濃いめの化粧をしている。

 カルエは老婆あるいは中年女を想像していたので、彼女の姿には驚いた。そして彼女をみて、自分はなんて野暮ったいのだろうと思えた。田舎娘そのもの。

「あたしの家を見つけることができるような連中だ。優秀なんだろう。実は微細な結界が張られていることに気付いたと思うが。用件は? 魔女に会いにきたんだ、悩みがあるのだろう?」

「母親が悪霊に取り憑かれてしまって寝込んでいます。どうか母さんを治してくれませんか?」

 カルエが勢いよく願いを魔女にいった。

「あんたの名前と、母親の名前は?」

「あたしはカルエ。母親はリスリといいます。一角鼠のツノを煎じて飲ませれば母親は治ると聞きました。一角鼠はどこで捕まえることができるでしょうか?」

「一角鼠はある場所にしかいない。それはここから先にあるこのマートでは唯一魔法世界と呼ばれる場所にある。いくかい?」

「行きます!」即答する。

「よろしい。この扉の奥を進めば魔法世界、ミャエステにたどり着く。私の家はその魔法世界を行き来できる唯一の通行手段になっている。他からは無理だ。海の道を通って行き着くかも知れないが、正確な座標など誰もわからないだろうね」

「ミャエステか」誰にも聞こえない小声で、ヨマが呟いた。

 魔女が扉の前を退いたので、カルエはそのまま扉の奥へと向かった。

「一角鼠は魔法世界の北東、ブリテの森周辺に生息している。山があるからわかりやすいよ」

「ありがとう」カルエは礼をいい、あとは振り返らなかった。

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