カルエの旅立ち
エテンの地の話である。
大国マートの一部であるリン中部の小さな寒村に少女は住んでいた。彼女は母親との二人暮らしで、二人とも仲睦まじく、互いに助け合って生きていた。病弱な母親がいつ倒れないか、少女はよくそのことを気にしていた。
生活は厳しく、栄養の行き渡らない少女はほっそりと痩せていて、しかしそれでも美しい顔立ちのおかげで周囲からは評判がよく、すでに妙齢になった彼女は村の男から憧れの目で見られていた。
しかし当時大国マートは内戦が絶えず、隣国アルカニスとも険悪な空気が漂っていた。末期の悲鳴をあげている状態だったのだ。そのため村の若い男たちは次々と戦場に駆り出されて行った。酷く寒々しい時代で、そして希望を見出すことはできなかった。西のアルカニス大国との大規模な戦いを控えていて、内戦すら終わらぬマートが勝つことを予想するものは一人もいなかった。
少女は村で彼女に好意をもって接してくれていた男たちと次々と別れることになり、そして日が経ち、村に届くのほ訃報だけだった。恋とは呼べる段階になくとも、想う相手はいた。死んだと聞いたときは悲しんだ。しかしその男の母親が号泣するのをみて、同情と共に妙に冷静にもなった。きっと自分の悲しみなんて肉親に比べたらちっぽけなものだ。だが自分の母親が死んだら? 少女は立ち直れないかもしれない。
少女の名前はカルエといった。カルエはいつものように森で山菜を取って家に帰り、そして廊下で母親のリスリが倒れているのを発見した。すぐに容態を確認し、ベッドに母親を寝かせると隣のシャンハの元をおとずれた。リスリの友人である中年のシャンハはすぐに母親の様子を確認し、そして首を振った。
「悪霊が憑りついている……まともな生活はもう無理だろう。可哀想だが、リスリはこの先起き上がることもままならないよ」
「そんな!」カルエは叫んだ。「シャンハさん、なんとかならないの?」
「無理だよ。こう体が弱っていては……悪質なものがリスリにまとわりつき、彼女の生気を奪って行くんだ。治すには、一角鼠の角を煎じて飲むしかないだろう」
一角鼠。それはマートの北部に生息するといわれている鼻面に角を付けた黒鼠のことだった。その角は特効薬として使われ、あらゆる栄養が詰まっていて、そして魔を取り除く効果があるという。
「一角鼠なんて……でもそれしかないなら、あたしは一角鼠を探しにいくわ!」
シャンハは困り果てた顔をした。カルエの覚悟は本物なのだろう。しかし一角鼠は存在を確認されこそしているものの、幻だといわれる存在だ。そう簡単に見つかるまい。
しかしカルエは行くだろう。どんなに反対されても、愛する母親を治すために。
「ならあんたは携帯食糧とペンダントを持っていきなさい。ペンダントは微弱ながら抵抗の力が宿ってるから、あんたの身を少しは守ってくれる。寒くなったらペンダントに祈ることだよ」
シャンハに銀のペンダントを渡され、カルエはそれを首に掛けた。
「ありがとう」
「北の占い老婆の館には行っておいき。彼女の力を否定しないこと。あんたは今から神々の力を必要としなければならないからね。恙無くね。マート守護神マリオンの神の加護があなたを護りますように」
カルエは支度を調え、外に出た。




